第20話 【side親友】 大ショック

「お前ら! そこまでだ!」


いかにも不良な生徒で、腕章をつけた子が飛び出してきた。幼馴染とよく一緒にいる不良くんだ。


「くそっ」

「逃げねえと!」

「どっから来やがった!」


「偶然向こうの荷物小屋にいたんだ。声が聞こえたから応援を呼んでおいた」


 ザッザッザッ。たくさんの足音。風紀委員の腕章をつけた生徒がぞろぞろ軍隊のように足並み揃えて駆けつけてくる。幼馴染もいる。


「お前ら、覚悟しろよ」

「ひとりも逃さねーぜ」


 慌てて手を離されて、俺は解放される。急いでずり下げられたズボンを履き直した。風紀委員たちは物凄い手さばきと足さばきで、俺に襲いかかってきた三人を懲らしめている。


「もう駄目かと思ったよぉ」


 安心して、地面に寝っ転がる。幼馴染は最後の一人の背中を踏みつけて、こっちを見た。


「無事か!」

「ギリセーフ、何もされてないよ。えへへ、靴どっか行っちゃった」

「はい、どうぞ」


 不良君が俺の靴を拾ってきてくれた。しかも履かせてくれるなんて優しいね。


「ありがとう」


 俺のTシャツはビリビリに破かれてしまったので、ジャージのファスナーを首元まで上げて隠した。


 たくさんの風紀委員が応援に駆けつけてくれた。大事になっちゃった。


「連れてきました」

「くそっ、離しなさい」

「え? 副会長」


 風紀委員の腕章をつけた生徒に腕を掴まれて連れてこられたのは、生徒会副会長。さっきまで一緒に走る練習をしてて、会長に呼び出されて校舎に戻っていったんだ。


「向こうで隠れて見てた」


 風紀委員会が指さしたのは、今俺達がいる庭園の前から校舎の方にしばらく歩いたところにある、歩道脇の草むらの中に置かれた大きいゴミ箱の辺りだ。つまり副会長は、生徒会長から電話で呼ばれたけれど、俺が襲われたのに気づいて心配でゴミ箱の影に隠れていたってこと?


「助けを呼んでくれたの?」


 俺が襲われたのを見て、風紀委員に電話してくれたのかな。


「会長から連絡なんて来ていません。先程のはアラームですよ。練習中に鳴るように設定したんです」


 副会長はスマホを俺に突き出した。アラーム設定の画面が表示されている。


「なんで、そんなこと」

「私が用事で先にここを離れた隙にあなたを襲うよう、命令しました」


 目線をそらしながら、サラッととんでもないことを言う副会長。


「なんの恨みがあるんだよ!」


 俺の隣で、幼馴染がブチギレた。俺はまだ状況が理解できなくて、怒れなかった。


「聞いてしまったんです! 生徒会長が、副会長の座をあなたに渡すと言っているのを」

「俺が副会長に」


 

 そんな話、俺は一切聞かされていなかった。寝耳に水だ。それに生徒会長は、そんな素振りを全く見せなかったじゃないか。


「そうですよ、生徒会長の代わりに仕事をしていたのは私だったのに。なぜ、ぽっと出の貴方に居場所を奪われなければならないのか」


 そうだ。生徒会長の仕事を代わりに全部やってきたのが副会長だ。絶対に俺より副会長の方が、副会長の座につくのにふさわしい。会長は俺のことを気に入ってくれたから、役職をつけようとしてくれたのかもしれない。しかし、それは副会長のありがたみに気づいていない。


「こんなことをして、君には失うものがたくさんあるのに」


 副会長としての立場、親衛隊から愛されている立場、進学にも関わってくる。


「ありませんよ、失うものなんて。私は次男なんです。家を継ぐのは兄、生徒会にいれば点が稼げるはずだった。将来も自分で全部掴まないといけないのに。どうして魔法なんて意味のわからないものが。あれさえなければ、生徒会長もあんなにおかしくはならなかった。あなたにうつつを抜かすことにも、権力を振り回すような人にもならなかったのに」


 すべて明らかにした副会長は、皮肉にも表情が今までで一番豊かだ。副会長にとって副会長としての立場は凄く大切なものだった。俺たちが思ってるより、人生に関わってくる大切なもの。だから副会長は仕事をサボらなかったんだ。


「俺が許すのは簡単だけど、君みたいな反省のない人を学校においておくのを容認はできない。しっかり風紀委員と先生にすべて話させてもらうからね」

「構わないと言っているでしょう」


 悪いことをした人を、許して処罰から逃すことが良いこととは、俺は思わない。駆けつけてきた風紀委員長が、目を丸くして副会長を見ていた。副会長はどこかに連れて行かれた。


 俺は保健室に連れて行かれて、校医の先生から擦り傷に絆創膏をしてもらった後、ジャージを貸してもらった。それから先生とか、風紀委員が引っ切り無しに代わる代わる来て、俺は未だに信じられない気持ちで、同じようなことを話した。


「ほんとうに申し訳ない」


 とうとう理事長まで来て、校医の先生まで追い出して幼馴染と俺と三人で話した。理事長は椅子に腰掛けて、腿に手をついて深々と頭を下げてきた。


「こちらこそ申し訳ありません。せっかく俺たちを信じてくださったのに」


 依頼してくれた相手にこんなに心配を掛けてしまって、俺は謝るしかなかった。幼馴染も一緒に頭を下げてくれる。


「もう少し、時間をください。お願いします」


 そうだ、ここで終わったら今までの全てが無駄になってしまう。せっかく問題の生徒会長にこんなに接近できたのに。もう少し、もう少しでなにか大事なことが分かりそうなんだ。


「俺からもお願いします! もう危険な真似はしませんから」


 俺もお願いした。幼馴染が驚いてこっちを見た。


「お前はもう帰って良いんだ。これ以上、無茶させられない」


 小声で幼馴染が言う。やっぱり、また一人で頑張ろうとしてたんだ。


「生徒会に入ったのは俺だよ。そしてこれから、副会長になる」


 無事だったことも伝えて、理事長を説得した。理事長はただただ頭を下げて、よろしくと言って戻っていった。これ以上頼むのは申し訳ないけれど、他に頼る人がいないという葛藤があるようだった。


「心を許してくれたと、思ったのにな」


 なんだか涙腺が熱くなって、俺は上を向いた。


「無理するなよ」

「ううん、実は嫌われてたのがショックだっただけ」


 とりあえず、すべての手続きをして寮に戻った。もう人気のないところに一人で行かないようにと風紀委員長に釘刺されちゃった。


 シャワーから上がった俺を、幼馴染は色んな角度からジロジロ見てきた。


「怪我、ないか? あ、ここ擦りむいてるじゃないか」

「気にしすぎだよ」


 幼馴染の肩に手をおいてなだめる。すると、幼馴染は俺を抱きしめてきた。こうされると、幼馴染は小さいから、顔が見えない。


「心配させちゃって、ごめんね」


 何も言わずに俺を抱きしめ続ける幼馴染を抱きしめ返した。


「お前のこと信じてるけど。どうしても心配になるんだ。俺、お前のこと好きだから」

「知ってるって。君が俺のこと好きなのはいつも教えてくれるからね」

「違う。お前が思ってるより、もっと好き」

「そうなの。俺も、君のこと、君が思ってるより好きだよ」

「それは初めて聞いた」

「どれくらい好きか、教えてあげる」


 手を引いてベッドに連れて行く。幼馴染はされるがままで、まんまるお目々をキョロキョロさせていてとても可愛い。


「チューしていい?」

「うん」


 幼馴染の小さい唇にかぶりつく。


「口開けて?」

「んぁ」


 顔を傾けて舌を入れる。口内を舐めると、幼馴染は肩を震わせて俺を強く抱きしめてきた。幼馴染の舌を吸う。可愛い喘ぎ声が聞こえてきて、俺は完全に興奮してしまう。でも、何も知らない無垢な幼馴染に、これ以上のことはできない。


「これくらい好き。今日も抱きしめて寝ていい?」

「いいよ」


 ぼんやりしている幼馴染を抱きしめて、腰を撫で回しながら眠りについた。深い眠りについた。なんだか幸せな夢が見れた気がする。

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