第19話 【side親友】走る練習 with 副生徒会長

「絶対に出たくありません」


 頬を膨らませて首を振っているのは副生徒会長。美人でクールなイメージがぶち壊しだよ。副会長はどうしても体育祭に出たくないみたい。俺はどうしたら良いか分からなくて、なんとか説得してるんだ。


「みんな期待してるよ?」

「そうだぜ、早く走れるかどうかじゃなくて、副会長が参加してるかどうかなんだよ。親衛隊のみんな楽しみにしてるぜ?」


 チャラ男会計も机に片肘ついて頬杖を付き、副会長を説得しようと試みている。


「だいたいテメェが運動音痴なことくらい全校生徒が知ってるだろ」


 ソファに座ったオレ様生徒会長が、親衛隊を両脇に抱えて両手に花の状態で副会長に吐き捨てた。なんのフォローにもなってないし、仕事をしてほしいな。


「あなたはバレーをしていたから、さぞ足も早いのでしょうけど」


 副会長がチャラ男会計に視線をやった。会計は小中バレー部だったらしい。道理で細くてしなやかな体躯をしている。背が高いから、アタックとかしてたのかな? 詳しくないけど。


「オレ? バレーやってても速く走れないよ」


 関連性はないらしい。俊敏になれそうだけど。謙遜する性格じゃないから、多分ガチ。


「子猫ちゃん副会長と一緒に練習したら?」


 双子のお兄ちゃんが俺に言った。俺は小さいから、双子から子猫って呼ばれてる。あんまり身長変わらないのに!


「そうだよ、子猫ちゃんもどうせ運動音痴でしょ」


 双子の弟が言った。失礼だけど、ホントのことだ。俺は引きこもりからの定時制高校だったから部活も体育もしてこなかった。


「俺は別に出なくても」

「親衛隊の子たちが悲しむんじゃなかったの?」

「言ってたよねー」


 双子が揃って追い打ちをかけてくる。流石に俺だけ逃れるってわけにはいかないか。


「しかたないね。俺と一緒に走る練習しよ?」

「一緒でしたら、まぁ」


 渋々頷く副会長。


「じゃあ決まりだね」


 俺まで運動する羽目になったけど、みんなが期待してる副会長を体育祭に引っ張り出せそうでよかった。


 練習は校舎から庭園に続く長い歩道を使うことにした。クールなイメージの副会長が汗かいて地道に練習している様を見られたくないという本人の気持ちを組んで、人気のない場所を選んだんだ。


 二人で歩道を横一列に並ぶ。


「よーい、どん!」


 俺の合図で全力ダッシュ。


「ちょっと、フライングしてましたよね、今」


 副会長は息を切らしながら怒っている。庭園のところに先についたら勝ち。今回は俺の勝ち。副会長、想像の上を行く運動音痴だ。


「次は副会長がよーいどんしていいですよ」

「ええ、今のはあなたがフライングしたからなしです、なし」


 負けず嫌いなのが面白くて、ニコニコしてしまう。じんわり額に汗をかいている。真剣な顔も美人さんだな。化粧無しでこれは羨ましい。


 休憩の合間に、化粧浮きを抑えるパウダーを塗る。もしも汗で化粧が落ちたら、本当は高校生じゃないことがバレちゃう。


「あなたって親衛隊みたい」

「化粧してる子って大体、会長か会計の親衛隊に入ってるもんね」

「私も化粧、似合いますかね?」

「せっかくお肌が綺麗なのにもったいない。そのままで美人さんなんだから」

「あなたと私、同い年な感じがしません」


 ギクリ。高校生っぽくない言い方だったかな?


「お姉さん、って感じがします」

「せめてお兄さんがいいんだけど」


 プンスカ怒ったら、ちょっと笑った。氷の副会長の珍しい表情が見れてラッキー。あと、俺が学園に潜入してる大人だってこと、バレてなくてよかった。


 毎日この場所で、こっそり練習した。親衛隊の間では広まってしまったようだけど、副会長の運動音痴を知られたくないという気持ちを汲んで、知らないフリをしてくれているらしい。自分たちだって金持ちの息子なのに、あこがれの人が好きな紅茶を把握して、お茶に合う菓子を用意して、ティーパーティーの用意をして、秘密は守る。化粧だって毎日してて、授業だって受けないわけにはいかない。しっかりしてるなぁ。


「明後日ですね、体育祭」

「だいぶ速く走れるようになったよね、俺たち」

「ええ」


 今日もいつもの場所で走る練習をしていた。だけど、突然副会長のスマホが鳴った。スマホ画面を確認する副会長。


「すみません、会長から呼び出されてしまいました」

「じゃあ、今日はこれくらいにしとこうか」

「ええ、すみません。あなたはゆっくり休憩してから帰っていいんですからね」


 そういって、小走りで副会長は校舎へ戻っていった。さっきまで走ってたのに元気だなぁ。俺は運動終わりのストレッチをしてから帰ろう。走った後に使った筋肉を伸ばすと、次の日の筋肉痛が少ない気がするんだよね。


「ん? 誰かいるの」


 植物園の横にある低木がガサゴソ動いた気がする。山の上だから、小動物とかいたりして。


 そう考えているうちに、低木の影からこの学校の制服を着崩した、体格が良くてガラが悪目の生徒たちが飛び出してきた。三人いる。ずっと隠れていたんだ。


「なに、なになに!」


 こっちに向かってきて、手首を掴まれた。やばい、ずっと俺が一人になる瞬間を狙ってたんだ。誰の恨みを買ったんだろう。誰か生徒会の親衛隊? 俺みたいな転校生が生徒会に選ばれたのが気に入らなかったから?


 幼馴染から聞いた話を思い出した。風紀委員に入った幼馴染は、毎日こういう輩を追いかけて、生徒が襲われているところを体張って止めに入ってるって。電話、幼馴染を呼ぼう。そう思ったら、反対の手も他の人に掴まれてしまった。おしまいだ!


「こいつで合ってるよな?」

「悪く思うなよ」


 こいつら俺のこと、直接知らないんだ。やっぱり誰かに命令されているに違いない。思い切り蹴っ飛ばしてやろうとしたら、足首まで掴まれた。終わった。頭しか動かせない。幼馴染はこんな感じで悪漢を蹴散らしてたのに。


 殴られるのを覚悟して、目をつぶって腹筋に力を入れる。痛いのやだな。

 そして俺が着ていた汗で湿ったジャージのファスナーを開けられる。


「やめて! 誰か! 誰か助けて! たすけてー!」


 顔を空に向けて大声で叫ぶ。けれど今いる植物園は他の建物から結構離れているから、誰も助けには来れないかもしれない。


 Tシャツの前を力づくで破かれる。勝手に肌に触れられて、顔が青ざめていくのが分かる。気持ち悪い。頭が混乱してきた。なんでこんなことするの? 元々俺にこういう事をしようと企んでいたの? この学園にはこんなことをする生徒までいるの?


 ズボンをパンツごと一気に下げられた。ほんとにピンチ。いや、今どんな格好になってる? 靴もどっか飛んでった。水着で隠れる所を人に見せたり触らせたりしたら駄目なんだよ。


「嫌! 許して! そこは触らないで!」


 心が体から離れていくような感覚に襲われる。何も感じない。まるで自分のことを幽体離脱して近くから眺めているみたい。きっと、俺が自分の心を守るために防衛本能が働いているんだ。


 尻肉を掴まれる。意識が一気に戻ってきた。


「ふざけるなぁ! やめろ!」


 できる限り暴れる。太ももを抑えられているから、膝から下で蹴り上げるように動かす。腰をぶん回してヒップアタック! 脇から腕を通して抑えられているから、ぐるぐるパンチだ!


「くそっ、暴れるな」

「急に元気になりやがった!」

「生きが良すぎる!」


 三人のならず者たちは俺を抑えることに必死で、特に何もされなくなった。助かった。後は体力勝負だ。この調子でずっと暴れてやる。

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