第18話 人気のない場所で爽やかくんとふたり

 風紀委員に入ってから、俺は授業を免除されて、常に学校の見回りに励むことになった。そしてもうすぐ、風紀委員会の仕事が増えるイベント、体育祭がある。


 体育祭中は校舎が空になるから、問題を起こす輩が出てくる。見回りを厳重にするから、気を引き締めるようにと風紀委員長よりお触れがあった。


 風紀委員に入って初めての学校行事だ。ふつうに生徒としても体育祭に参加するし、それ以外の時間は委員会活動をすることになる。時間確認はしっかり頭に入れて置かなければならない。最悪、400メートル走ってすぐ、校則を破っている生徒を全力ダッシュで追いかけ回す羽目になる。


 そして、体育祭の出場項目を決める授業で、俺はリレーに推薦されてしまった。


「え、俺あんま足早くないよ」


 教室の前、窓際の方で担任のホスト教師が相変わらずの派手なスーツを着て、脚を組んで座っている。先生の代わりにクラス委員長が黒板前で取り仕切っている。


 短距離走や障害物競走、借り物競争や二人三脚に綱引きはやりたい競技に手を挙げる方式だったが、リレーだけはクラスメイトが推薦して、多く票が集まった生徒が出場することに決まっていた。爽やかくんが選ばれるのは当たり前として、まさか俺まで選ばれるなんて。


 不良も足が早そうだが、顔が怖くて誰も票を入れることができなかった。爽やかくんと俺は平気で不良に票を入れたが、結果マジで2人揃って不良から睨まれた。


 リレーの練習が放課後にある日は、風紀委員会の仕事を休ませてもらう。他の生徒も部活を休んだりして練習に来るんだ。

 爽やかくんはストレッチひとつとっても本格的だ。準備運動を怠れば、二十歳過ぎた俺はアキレス腱を切りかねない。しっかり爽やかくんの動きを真似させてもらう。


 体育の時間が二倍になった感じで、正直しんどい。しかしグラウンドで夕方の冷たい空気を思い切り吸いながら、のびのび走ることができるのは健康に良さそうだ。カッコイイフォームで走るアンカーの爽やかくんにバトンを渡すのが俺のポジションだ。


 学園が山の上にあるから、空気が美味しい。肺に冷たい空気が送り込まれ、心地よい風を浴びながら、地面を蹴って走る。バトンを受け取ろうと構えている爽やかくんが、緩やかに走り出す。


 俺は勢いをそのままに、爽やかくんの手にバトンを渡す。バトンを受け取った爽やかくんが、スピードを上げる。引き締まったふくらはぎの筋肉に力が入って、つま先が地面を蹴りつけて地面が土煙を上げる。見惚れるような速さでグラウンドを走る爽やか君。あれ程の速さで走れたら、さぞ楽しいだろう。


 バトンを受け取る練習に、渡す練習。走り出しの練習に総合練習。日が落ちて、グラウンドを囲む大きい電灯が点いてグラウンド全体を照らした。夜風が前髪を揺らし、夜特有の匂いがする。


 全身が程よく疲れている。今日はよく眠れそうだ。ようやく練習から開放されると、爽やかくんと一緒に寮まで帰る。


「お前すげぇ、かっこよく走るな」


 俺は首にかけたスポーツタオルで額の汗を拭きながら、隣の背が高い爽やかくんを見上げて言った。爽やかくんの首に汗が伝っている。


「あのさ。チャンス今しかなさそうだから、ちょっと俺に時間くれないか」


 爽やかくんが、寮とはどこか別の方に繋がっている歩道を指さした。


「ちょっと歩きながらさ」

「うん、いいけど」


 突然なんだろう。人がいると話しづらいことだろうか。


「ほら、お前忙しくて二人になる瞬間ないから」


 そう言う爽やかくんは、俺の方をじっと見ている。前見て歩け、転ぶぞ。たしかに俺は風紀委員会の仕事にかなり時間を割いているから、風紀委員会に入ってから爽やかくんの顔を見る時間が凄く減った気がする。たまに最低限必要な授業に出るときに顔を合わせるくらいだ。


 人気の少ない歩道を、爽やかくんと並んで歩く。爽やかくんは深呼吸をしたと思ったら、意を決したようにこちらを向いた。


「前からずっと、お前のことが好きだったんだ。一目惚れっていうか」


 俺は立ち止まった。ポカンとして爽やかくんの顔を見上げると、緊張してガチガチになっている。


「ありがとう。でも俺、自分より背の高いイケメン全般嫌いなんだよね」


 見てるとムカつくからね。


「え?」

「お前の走り、かっこよかったよ。体育祭、頑張ろうな」


 俺は拳を爽やかくんの方に突き出した。爽やかくんも、ハッとして拳をコツンと俺の拳にくっつけてくれる。


「ずっと、いつ言おうか迷ってたの」


 道を引き返して寮へ向かう。


「うん」


 ちょっと落ち込んでる。しかし、流石に付き合うわけにはいかない。俺は実際のところ成人男性だから。まあ、この学園にはホストみたいな見た目で生徒と関係持ってるやつがいるけど。


「明日から無視とか、やめてくれよな」


 これからも、いつもどおり話したいと思ってるから。


「好きな子いるの」

「いない」

「好きなタイプは」


 俺より背が小さい子。それから、もうひとつ。


「一生懸命な人。あと一緒にいて面白い人」


 いやなんか、このタイミングでルックスの話するのは違うのかなって。流石に俺も空気を読んだ。


「ふーん、ふんふん」


 爽やかくんがすごい頷いてる。傷つけずに断れたかな。可能性があると思わせずに、相手の存在が素敵だということまでは否定しない。そういう落とし所を作りたかった。俺は説得とかは上手くないから心配だけど。


 こっそり爽やかくんの顔を覗き込んだ。スッキリしたような顔をしている。吹っ切れるのが早いな。


「リレー、一番取ろうな」


 爽やかくんがニカッと笑った。


「おう!」


 涼しい夜風がリレー練習で火照った体を冷やす。豪華な学校の建物たちの明かりが煌々と夜空を照らし、夜空を星あかりが飾っていた。

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