第21話 風紀のお仕事、いざ生徒会へ催促!

 窓の外は曇り空。遠くの町並みは霞んでいる。この時期にしては、ちょっと肌寒い。俺が掛け布団を避けたときに、同じベッドで寝ていた友人も目が冷めたようで、唸りながら寝返りを打っている。


 昨日は、友人といいことをした。されるがままだった。でも思いが伝えられて、気持ちが一緒だとわかった。学園から出たときは、もっとちゃんとした場所でちゃんと、付き合いたいと伝えたい。


 リビングのテレビをつけて、もう友人も起きていることだし、テレビの音量を上げる。しばらく学園にいる間に、世間では色々な事件が起きていたようだ。ニュース番組を見ながら、ゼリー飲料を強く握って一気に飲み干す。洗顔に歯磨き、着替えて、友人のご飯を冷蔵庫から出してあげる。


 のそのそと起きてきた友人が、顔を洗って、ソファに座って、まだ眠たそうにご飯を食べ始めた。俺は遅刻しないか心配で時計を見る。


「やっぱり俺ひとりで」

「俺のこと信じてくれるって言ったじゃん」

「うーん言ったけど」


 言ったけど、大変な目にあったし怪我したじゃん。そう思ったけど、友人は生徒会ですごい情報を手に入れていたんだ。もう少し二人で頑張りたい。もちろん、友人が帰りたいといったらいつでも帰すけれど。本人が頑張るって言ってくれているうちは、俺は友人を守る。


 ご飯を食べ終わって化粧をバッチリした友人に、ネクタイを締めてあげる。


「生徒会長が誰かに会いに行ってる?」

「そうそう。会長の親衛隊の子たちも置いていくの」


 友人曰く、生徒会長は生徒会室で親衛隊を囲って遊んで過ごしているらしい。寮の部屋にも代わる代わる部屋に呼び込んでいるという。そんな親衛隊とどこでも一緒の生徒会長がひとりで行く場所ってどこだろう。


「俺らの知らない部屋があるのかな。女か酒かタバコ、それか賭博かも」

「ああ見えて高校生だよ?」


 俺たちは玄関で靴を履く。


 あのライオンヘアーのオレ様会長がかわい子ちゃんを放置してまで行く場所、俺は十中八九、秘密の遊び場だろうと踏んでいる。


「よし、次に生徒会長がどこか行こうとしたら俺に連絡くれ。こっそり追ってみる」


 寮から一緒に出て、校舎のエレベーターホールまで一緒に登校する。今日も食堂の入り口からいい匂いが漂ってきて、渡り廊下が美味しそうな匂いで充満している。それを通り過ぎて校舎のロビーに出ると、エレベーターホール前は生徒で混み合っていた。


「一人きりになるなよ、あと生徒会のやつと二人きりにもなるな」

「うん。君も、絶対に無理しちゃ駄目だからね」

「ああ。あの件、よろしくな」


 あの件とは昨日話していた、生徒会長が一人でどこかに向かったら、電話をしてくれという話だ。毎日ではないようだから、いつ連絡が来るかは分からない。いつでも駆けつけられるように、気を引き締めておこう。


 エレベーターが降りてきて、三年生が一気に乗り込んだ。友人を見送る。


「それじゃ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 次に空のエレベーターが戻ってきたときには、俺含む二年生が乗り込む。ギュウギュウに押し込まれて、俺はカバンを自分の胸に抱えて立った。全員が斜め上を向いている。俺もなんとなく階層表示を眺めた。内臓が重力で下がっていく感覚とともにエレベーターが止まる。一気に生徒が流れ出て、流れに任せて俺も教室に向かう。


「おはよう」

「よっ、おはよう」


 クラスメイトとおしゃべりしてた爽やかくんが振り向いて挨拶を返してくれる。周りも挨拶を返してくれた。転校してすぐは爽やかくんと不良以外のクラスメイトと距離感を感じていた俺だったが、風紀委員会に入ってからはマシになった。


「あいつもう風紀室行ったのか」


 不良の机脇にカバンが掛かっている。俺より先に教室に来て、荷物を置いて先に委員会に向かったらしい。俺も提出物をカバンから出して、カバンは机脇にかける。教卓に置かれた他の生徒の提出プリントに重ねて置いて、教室を出た。


「がんばー」

「おう」


 爽やか君の挨拶を背に風紀室に向かった。爽やかくんの告白を断ってから、どうなるかと思っていたが、変わらず元気に挨拶してくれるし、普通に話せて嬉しい。


 エレベーターで風紀室がある階まで登る。風紀室に入ると、委員長が机に座って、必死に書類を読んだり、サインしたり判を押したりしていた。昨日、生徒会副会長が問題を起こしたことで、すぐに生徒会の人員入れ替えが決まった。これ、すごい量の書類が必要で、今まで生徒会の書類を風紀委員長が催促に行くと、仕方無しに副会長が仕事してくれていたのだ。それがいなくなったから、おそらく風紀委員長は朝から生徒会に行って会長と大喧嘩してきたのだろう。なんかボロボロになっていて、頬に絆創膏、手首に湿布をしている。


「おはようございます」

「おはよう。申し訳ないが、足りない書類があるから生徒会室に催促に行ってくれないか。俺はこの書類にサインしないといけないんだ」


 確かに書類には絶対風紀委員長のサインじゃないと駄目なところがあるが、生徒会室に書類を催促しにいくのは正直、風紀委員長以外でもいいからな。


「すみません、あいつ知りませんか」


 あいつとは、俺がペアで行動することに決まっている不良のことだ。教室にカバンがあったから、もうこっちに来たのだと思っていた。


「ああ、職員室に早めに出さないといけない書類を出しに行ってもらっている。彼が戻ってきたら二人で行ってくれ」


 初日、食堂で生徒会長を投げ飛ばして大騒ぎになったことを、まだ風紀委員長はしっかり覚えていたらしい。その際はお世話になりました。俺が一人で生徒会室に行ったらまた乱闘が始まると思っているようだ。あれから会っていないから、どういう態度を取られるか分からない。ただ、そもそも風紀委員会自体が生徒会から嫌われているようだから、すぐ追い返されるだろう。


「戻りました」

「よっし、生徒会室いくぞ」

「はぁ?」


 不良がドアから入ってきた。そのまま不良に一息つく暇を与えず、一緒に生徒会室に行く。


「失礼します、風紀委員会です。委員長に代わって提出書類の受け取りに来ました」


 生徒会室に入ると、砂糖の甘い香りが鼻を突いた。毛足の長いラグが敷いてある場所で、生徒会長や会計、双子が親衛隊と思われる生徒と楽しそうにおしゃべりしたり、ボディータッチしたりしている。この香りは紅茶と菓子のものか。


 何度も風紀委員長が書類の催促に来たせいか、もはや生徒会の面々は俺たち風紀委員をスルーしている。


 当たり前だが、俺に突然キスしてきた前副会長の姿はない。代わりに共に学園へ潜入してきた親友が必死に書類を書いている。


「ごめんね! 今書いてるんだけど」


 肩丈の髪を耳にかけて、前髪を適当にピンで止めている。素早くシャーペンを走らせては、消しゴムでゴシゴシ消している。


 俺は親友のいる机に歩み寄った。不良は遊んでいる親衛隊を追い出しに掛かっている。生徒会室は生徒会以外、用事がない時に入ってはいけないという校則がある。


「再三催促していますが、副会長の入れ替わりに関する書類を出していただかないと、新副会長の活動が認められません」


 俺は親友に他人行儀に話しかけた。友達としてではなく、生徒会と風紀委員の関係で、一学年上の生徒と話しているからだ。

 そのうえで、黙って親友から書類を奪い取り、勝手に続きを書いてやる。大学時代に会社を立ち上げた俺にとって、面倒な書類は書き慣れている。親友は交代が発生した理由について書いたり消したりしていたようだ。こいつのことだから、おそらく自分の主観が入っていないか、何度も考え直したのだろう。


「ありがとう」


 親友が俺の耳元で囁いた。

 まだ生徒会長は外出していない。結構のんびり過ごしているし、しばらく例の謎の場所には行かないのだろう。


「あんたがハンコ押すとこあんだよ、早くハンコ貸せや」


 不良は生徒会長に仕事をさせるのを諦め、ハンコだけ借りて代わりに押すつもりのようだ。首を斜めに傾けて、メンチを切っている。ちなみに親衛隊たちは全く帰るつもりはないらしい。


「庶民が会長様に汚い口聞いてんじゃねえよ」


 お前の口の聞き方が汚ねぇよ。顔はチワワみたいなのに、これじゃ会長の番犬だ。

 生徒会長からハンコを奪い取った不良が、書類の束をバラバラ捲って、朱肉にしっかりハンコを押し付けると、片っ端から判を押していく。力強く押して、一切掠れていない。


「はい、おっけー」


 不良が書類をまとめて小脇に抱えた。


「ありがとうございました。失礼します」


 俺はお辞儀して生徒会室を出た。ちょっと友人に手をふる。不良は挨拶せず、とっとと先に風紀室へ行ってしまったので、小走りで俺は追いかけた。


「委員長、勝手に判子押してきました」

「それで構わん、それを寄越してくれ」


 風紀委員長はちらっとこちらを見ると、またすぐ書類仕事に戻った。左手を不良の方に伸ばしていて、不良はそばまで歩いていって紙束を手渡している。


「きちんと中身を書いてあるじゃないか」


 風紀委員長が手にしたペンを机に戻す。


「新しい副会長が全部仕事してました」


 不良が言った。


「昨日から散々な目にあってるな。無理してないといいが」


 風紀委員長の言うとおりだ。襲われたかと思ったら、副会長に就任させられて、次の日には全部の仕事をあいつがやる羽目になっている。人によっては泣いて逃げ出してもおかしくないレベルだ。


「職員室に提出してくる」


 風紀委員長が席を立った。

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