全部ちゃんと覚えててくれる幼馴染の少年

 誰かを好きだって口にすることって、こんなに怖かったかな。一人で部屋の中、考えてる。昔はもっと素直に言えたような気がするんだ。

 ありがとうの後も、ごめんなさいの後も、おはようの後も、おやすみの後も。私はずっとずっと君に大好きだって言ってた。なのに、どうして今こんなに怖いのかな。

 私の想いが変わらなくても、それ以外のものは全部変わっていく。背丈も考え方も環境も、全部昔とはまるっきり違う。

 もしかしたら私が好きだって言ってたことすら、覚えてないのかも。

 いや、きっとそう。

「もし伝えて、私たちが離れ離れになっちゃったら、何を楽しみに生きていけばいいの」

 怖い。怖くて仕方がないよ。私たちは生まれてからずっと一緒に育ってきた。子供のころから、お互いの好きなものも嫌いなものも、全部全部教えあってきた。

 君のことなら何でも知ってる。誰よりも追いかけてきたから、知ってるに決まってる。

 だからこそ怖いんだ。自分が感情を届けることで疎遠になってしまうのが、嫌になるほど怖いんだ。好きなままでいさせてほしい。だけど好きなだけじゃ苦しくて、そう思ったらもうじっとはできなくて。

 爆弾、だと。そう思った。張り裂けそうになる胸の内が、どうしようもなく苦しい。言ってしまえば楽になるのかもしれないけれど、その果てに自分が立っていられる自信がなくて。もし自分がその爆弾を止められなかったせいですべてが終わってしまうとしたら。そんな仮定が脳の奥にこびりついて止まらない。

「君の笑う顔が好き、怒る顔も泣いてる顔も、照れてる顔も、眠ってる顔も、全部好き」

「君がいろんな顔をするその場に私をいさせてくれるところが好き」

「困ってたら当たり前みたいな顔して助けてくれるところが好き」

「泣いてたら黙って隣にいてくれるところが好き。好き、全部好きなのになぁ……」

 どうして、言えないのかな。

 声が震えているのが分かった。もう多分、ほとんど泣いてた。きっとこれは今の距離感も好きだから。大事にしたいと思っているから。

 私がこんなに君のこと好きじゃなかったら、こんなに苦しむこともないのにな。

 君がもっと私のことを見てくれるなら、もっと勇気が出るのかな。

「好きだよ……」

 虚空に放った言葉だった。

 誰にも受け止められず、壁に染み付くような、そんな言葉だった。

 なのに。

「俺もお前のこと、好きだけど」

「ひゃっ……!?」

あろうことか、それを勝手に拾う人がいた。幼馴染だった。

いつの間に入ってきたの。

「ごめん。何回呼んでも出てこないから入ってきちゃった。今日おばさん遅いから二人で飯食ってろってさ」

「そ、そう……え、今の、全部聞いてた?」

「うん、え?今の俺の話だろ?」

 自意識過剰、と人は言うのだろうか。実際のところ、君の話だから何も間違ってはいないんだけど。丸い瞳を不思議そうにしばたかせる彼は、どことなくあどけない顔立ちをしているのに、でも大人びた背丈をしている高校生。

 彼は当たり前のように私の隣に座りながらテレビをつけた。私の部屋にあるテレビなのに、いつも彼の方がこのテレビの前にいる。

 慣れ親しんだ距離感で、落ち着く匂いなのに、どこかそわそわするようないつもの光景。

「あれ、今日部活は?」

「なんか部長に『幼馴染が一人なんで帰ります』って言ったら爆笑されてはよ帰れって言われた。絶対俺たちのこと夫婦か何かだと思ってるよあの人」

「うっ」

 ちくり、と胸が痛んだ。そうだ、彼はただ幼馴染だから放っておけなくて私に会いに来ただけ――

結婚してないのにな、俺たち。意味わかんね~」

「ひぃっ!?」

 ――というわけでも全然ないらしい。普通に将来を見据えられていた。

「なんだよさっきからダメージ喰らったみたいな声出しやがって。あ、そういやさっきコンビニでアイス買ってきたんだった。お前これ好きだろ。暑いからちょっと溶けてるけどごめんな」

「い、いや……ありがと、ごめんね、お金は出すよ」

「え、キモ。何その気遣い。いっつも俺の方が世話になってんじゃん。こんなんいちいち気にすんなよ。はい、どうぞ。コーヒー味が好きだったよな、お前」

 言うが早いか、自分の分は口に咥えて「ん」とちぎったもう一つを差し出してくる。二人で食べるために作られたアイスを、当たり前のように自分と分けるために選んでくれるところも、また好きだった。

「なんか帰ってきたときびっくりした。すげ~泣いてるんだもんお前。何?どうした?いじめられた?」

「別に泣いてなんか」

「は?お前が泣いてるかどうか、俺が間違えるわけないだろ。何回ウソ泣きされてきたと思ってんだ。あと大体なんで部屋の電気も付けてないんだよ。不在かと思ったじゃねえか。心配させんな」

「なんでもないし、そういうのに気づくとこ、本当にきらい、ばか」

「好きって言ってるようにしか聞こえないんだよな、それ」

 あはは、と楽しそうに肩を揺らす彼は、どうにも変わらないままだ。大きくなって、ちょっと違うコミュニティにはいるけれど、それでもずっと私のところに帰ってくる。

「俺は意地張ってるお前も好きだけどな。かわいいし」

「またすぐそういうこと言う」

「言わないで後悔するよりはいいだろ。別に。人間いつ死ぬかわかんないし。お前も言っとけよ。俺に好きだって」

「なんでそんなに自信満々なのさ」


 私がそう訊くと、彼は不思議そうな顔を作って、次いでふっと笑った。

 大好きな彼の表情の中でも、私が一番好きな、優しい顔だった。


「? だって今までずっと言ってくれてたじゃん。ちゃんと覚えてるからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る