好き嫌いが多い女

「これ、食べて」

「食えないもの頼むな」

「私はメインディッシュだけ食べに来た」

「僕も自分の食べたいものだけ食べに来たんだけど?」

 時刻は19時ごろ。幼馴染と僕は近所の定食屋さんに来ていた。ごはんお代わり自由で味噌汁が美味しいお店だ。今日は僕の両親も幼馴染の両親も家を空けている関係で、二人で食事をとりに来た、というわけなのだが。

「お前好き嫌い多すぎるだろ。普段どうやって生活してるんだ」

「別に。貴方がいないときはアリさんにご飯あげてる。貴方がいるときは、貴方にあげてる」

「僕とアリさんは同格かよ」

「アリさんは無数にいる。貴方は一人。代えの利かない存在という意味では、貴方の方が上。よかったね」

「ほかの人にあげることもできるだろ」

「嫌だよ、恥ずかしい。そこまで人間やめてないよ私だって」

「羞恥心のアンテナバグってる?常識が通用してないなさっきから」

「だいたい大根も人参もほうれん草も全部食べなくても生きていけるじゃん」

「食育を真っ向から否定するな。食べた方が健康的に生きられるだろ」

「嫌いなものを食べて生きていくことが健康なのかどうかは一定の議論の余地があると思う。私は、不健康だと思う」

「つべこべ言いながらどさくさに紛れてきのこを渡してくるな。マジで何食べたくて頼んだんだよ」

「豚肉」

「じゃあ生姜焼きとか頼めよ。豚肉がメインのものを頼め」

「生姜、私嫌いなんだよね。知ってるでしょ。生姜抜きで頼めばいい話だけどさ」

「いいわけないだろ。生姜焼きの生姜の部分失くなったら損失がでかすぎる。あと箸の持ち方、違う」

「箸なんて食べられればいいじゃん。キーボードのホームポジションにこだわる人?」

「お前のためを思って言ってるんだよ。百年の恋も冷めるって言うだろ、そういうの。将来そんなんで躓かれたら僕も微妙な顔になるから」

 僕がそう言うと、箸を加えたまま彼女は不思議そうに首を傾げた。

「貴方はさ、私のこと嫌いになる?箸の持ち方が下手だったら。もし嫌いになるんだったら改善する」

「いや僕は別にお前の箸の持ち方とかどうでもいいが」

「じゃあ気にしなくていいじゃん。私は貴方に冷められなければ特にほかの人に何思われようとどうでもいいし」

「お前僕のこと好きなのか?」

「好きだけど。何?不満?こんなに私が可愛いのに?ありえない。ほんと見る目ないよね」

「まだ何も言ってないだろうが」

 告白なのか、普段の悪乗りなのか、ともかく、返事よりも前にバッシングを受けるとは予想していなかった。これ僕が悪いのか?

「で、どうなの?」

「別に。不満とかはないけど」

「何その態度。私は貴方が私のことが好きかどうかを訊いているんだけど」

「流れるように話を捏造するな。好きだけど」

「知ってる。昨日私の名前呼びながらベッドの中でもぞもぞしてたのも知ってる」

「何で知ってるんだよ」

「私はその貴方を見ながら昨日もぞもぞしていたため」

「反応に困る答えを返すな。困るだろうが」

「これ、誘っています。分かりにくい?もっと直接的になにをどうしたいかとか、言った方がいい?そういうのが趣味なら私も協力する」

「すぐ人に濡れ衣を着させようとするな」

「まぁともかく、今日はうち、泊っていくよね?この話の流れで何事もなく家に帰られたら私もしんどいっていうか、我慢できずに乗り込んじゃうと思うし」

 拒否するつもりもなかったが、そもそも目の前の人間は拒否されるとも思っていなさそうだし、拒否したところで受け入れる態度でもなさそうだった。とにかく何でもいいから確認の形で僕に許可を取り付けたいだけのようだった。

 僕たちは適当に会計を済ませて店を出る。家に帰るだけだというのに、なぜかいつもより緊張している。

「ねぇ、どっちの家でしたい?」

「何の話?」

「言わせる?」

「大体察した」

「んで、どっちがいいの。私は断然貴方の部屋がいい。連れ込まれている感があって興奮するから」

「マジで身勝手すぎる理由だな。別に僕はどっちでもいいから、僕の部屋にするか」

「ん。そして最中にお義母さんに帰ってきてほしい。慌てる貴方の顔が見たい」

「本当に終わってるな。お前も終わるぞ」

「孫の顔見せるって言えばすべての怒りは静まると思う。任せてほしい」

「お前さっきからずっと適当に喋ってるよな。あ、そこ段差あるから気をつけろよ」

「今更貴方の家の構造で知らないところなんてないよ。余計なお世話。あ、ゴムってまだあったっけ」

「なんで僕とお前が普段からそうやって爛れた関係みたいに言うんだよ。お互い特にしたことないだろうが、そういう行為」

「でもどうせいつかはって思って準備してあるんでしょ?引き出し三段目のノートの下とかに隠してなかったっけ」

「隠してないよ」

「ほら、あった。こういう時のために隠しておいたんだよね」

「隠したのはお前かよ。とんだ叙述トリックじゃないか」

「文句が多いね」

「…………」

「…………」

「明かりはつけたままの方が好き?」

「消して」

「ん」

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