起こしに来いというくせに全然起きない後輩

「あと五年……」

 惰眠とはまさにこのことを言うのだろう。胡乱なことを口走るのはパジャマ姿の後輩の姿だった。羊のかわいらしいイラストが散りばめられたパジャマだが、盛大にはだけている。恥じらいという概念を完全にかなぐり捨ててしまったのだろうか。それとも僕には肌を見せてもいいと思われているのだろうか。まぁどちらにせよ女の子としてその辺は意識した方がいいんじゃなかろうか。

「おい、朝……っていうかもう昼だぞ。今日は映画に行くんじゃなかったのか」

 僕は今日、朝10時に後輩に声をかけに来た。先日学校帰りに『先輩!映画行きましょう映画!なんかすごいやつ!』と言われたからだ。我ながら律儀だと思う。

 問題なのは幸せそうに眠るこいつがいつまで経っても目を覚まさないことだ。眠り姫なんてかわいいものではない。外見がかわいいだけで、やっていることはダメ人間だった。

 今の時刻はもう14時を回っている。信じられないかもしれないが、こいつは人を呼びつけておいて4時間も眠り続けているのだ。人としてどうかと思います、僕は。

「……んぁ、先輩」

 と、ここで。ついに眠り続けていた後輩が僕に気が付いた。とろんとした瞳、ぼさぼさの髪の毛、大きなあくび。あまりにも無防備だった。人を信頼しすぎではないだろうか。

 寝起きの後輩の傍に近寄ると、僕は呆れ顔で言った。

「お前、僕がいるのにいつまで寝てるんだよ」

 ベッドの近くに寄った僕に向かって後輩は言った。

「ぁ……すみません、先輩も一緒に寝たかったですよね、どうぞ……」

 そしてそのまま僕の身体をがっちりホールド。先刻まで眠っていた人間特有の暖かな体温が全身にまとわりつく。あと素肌の感覚が密着して変な気分になってきた。

 特に身構えていなかった僕は後輩に引き込まれるようにしてベッドの中へ。脳の奥まで後輩の匂いがする空間だ。普段は正直異性というより手のかかる妹のように接してはいるけれど、それはそれとして意識はする。いいだろうが、意識しても。

「ぅ……先輩、つめたい」

 そんな僕に対して、ベッドの主は不服そうに唸っている。

「無理やり引き込んでおいて文句を言うな」

「でもいい匂いだからいいですよ……」

「褒められたら褒められたで微妙な気持ちになるんだよな」

「……うれしくなったりとか」

「別に、悪い気はしないけど……正直意識はそれどころではないというか」

 きっと後輩としては僕を信用しているからこそこのような行動をとるのだろう。それはいい、それは素直にうれしい。でも今感じている嬉しさは恋情というかもっと汚い劣情というか、とにかくそうしたジャンルにぶちこまれて然るべき感情なのだ。

「それどころじゃないって、なんですか。どきどきしてるんですか」

「いや全然、ドキドキとか、してないけど」

 嘘である。嘘というか、大嘘である。鼓動が触覚ではなく聴覚を通して伝わっていそうなほど、心臓は早鐘を打っている。

 しかし後輩は気が付いていない様子だ。いつも目ざとく僕の粗さがしを完遂する後輩らしくない。普段からその調子でいてくれればもっとお前のことを愛せるのに。いや好きだけど。結局今の方が好きだけど、まぁそれはそれとして、扱いやすいよねって話。

「なんか、悔しいですね」

「何が」

「いや、私ばっかり好きみたいで」

「めんどくさい彼女かよ」

「確かに私が先輩の彼女だったら面倒くさくなってしまような気はしますが。しますが、いけないんでしょうか。面倒くさくても私ほど真剣に先輩のことが好きでなおかつこんなにもかわいいのに、いけないんでしょうか。もうアドですよアド。『かわいい×後輩×めんどくさい』は最強コンテンツだと思うんですけど」

「急にどうしたの」

「いや、先輩が悪くないですか?普通女の子が無防備に寝てて4時間もスマホいじってたりしませんよ」

「え、起きてたのかよ。だったら起きろよ」

「正論言わないでください、泣きますよ。年甲斐もなく」

「別に高校生の女の子が泣くのは年甲斐もないとは言えないだろ。大の大人だって泣くときゃなくよ」

「そういう話ではないんですが」

「なんで俺が怒られてるんだよ」

「私が言いたいのは、先輩がどうして眠っている私を襲わなかったのか、という点についてです。どういう了見なんですか?信じられません」

「どう考えても普通の了見だろ。そんなことできないって、大事な後輩に」

「……そういうとこ、本当にずるいですよね」

 そして不意に訪れる静寂。互いの呼吸と時計の音だけが静かに響く。

「何黙ってるんですか。だんまり、ですか」

「だって、何言えばいいんだよ」

「そりゃ……うーん、私に対する愛をささやくとか」

「普通俺にそんなことされたら泣くほど気持ち悪がるよ。お前僕のこと好きすぎるだろ。」

「先輩だって私が何時間寝坊してもハチ公みたいにおとなしくずっと待ってるじゃないですか。絶対私のこと好きですよね。はっきりしたらどうなんですか」

 互いの呼吸が混ざるベッドの中で、責めるような後輩の視線が突き刺さる。

「いや……それは、まぁ…………」

「……それは?」

また一瞬の静寂を挟み。

「えっ、ちょっとまって、ほんとに今この流れで言って大丈夫?」

僕は思いっきり日和った。

後輩は結構ちゃんとキレておなかに軽くパンチをぶち込んできた。痛い。

「あ~っ、もう!なんでそこで日和るんですか!もう正直バレバレなんですから改めて宣言してくださいよ!そしたら気兼ねなく付き合えるじゃないですか。頭撫でてもハグしてもキスしても何しても全部許される関係になれるんですよ?」

「いやムードとか雰囲気とかあるかな、とか」

「そういうの意識するのはプロポーズのときだけでいいですから!もう高校生活って一瞬なので、今すぐにでも付き合いたいんです!先輩!私に向かって『好き』は?」

 噛みつきそうなほど近くに詰め寄ってくる後輩。

「お前のこと、すき、だけど……」

 僕が声を裏返しながら言うと、後輩は一転、耳まで真っ赤にして照れた。

「……そ、そう、ですか!じゃあ仕方ないですね、つっ、つつ、付き合いましょうか、私たち……!」

 後輩は思ったより、本気で嬉しそうだった。

 なんだこいつ、かわいいな。


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