何から何まで人任せな気だるげな先輩
「お、ちょうどいいところに。トイレ連れてってよ。そろそろマジで漏れそうなんだよね」
幽霊部員ばかりの文芸部、その部室。普段誰も足を踏み入れない離れた校舎のその奥の奥。若干埃が積もっていて、妙に広いそこに気だるげな声が響いた。パイプ椅子に腰かけた彼女は全身を机の上に投げ出したまま続ける。
「いや~今日は着替え持ってきてないから漏らすと大変だったんだよね。危うく人間としての尊厳を失うところだったよ」
「どうして一人でトイレも行けない高校三年生に人間としての尊厳があると信じていらっしゃるのか不思議でならないんですけど」
「え~何~?聞こえな~い」
頬っぺたを机に押し付けるようにして脱力する彼女は文芸部の先輩にして、天性の面倒くさがり屋。どれくらい面倒くさがりかというと――
「いいじゃんトイレくらいさ、今日だってご飯全部私の口に運んでくれたでしょ?私箸の持ち方とかわかんないし助かってるんだよね」
箸より重いものは持てない、というよりそもそも箸を持とうとしない。僕に出会うまでどうやって生きてきたのかが本当に謎だ。だれかおかしいと思わなかったのか。それとも狼に育てられたとかそういう話だろうか。まぁとにかくこのように日常的な動作すべてを面倒くさがってやろうとしないのだ、この人は。
そのくせ勉強は信じられないくらい出来るのだから質が悪い。常に成績は学年トップ。ここ一年の文芸関連の活動でも賞をいくつも獲得しており、書籍化を控えている作品もあるという。
「はやくして、漏れる」
だが現実はこれだ。そもそも賞を受賞した文芸作品の打ち込みは全部僕がやった。信じられないことにタイピングすら億劫らしい。間延びした声で文章を読み上げる先輩に代わって僕がすべての文章を打ち込んだのだ。助演男優賞くらいはもらえるくらいの大活躍だったはずだけれど、なかなか日の目を浴びることはない。完全に貧乏くじだ。負担としては僕の方が多いのに。
「分かりましたよ……さすがに歩けますよね?」
「無理かも、今日は限界まで我慢してるから……下半身に下手に力入れるとその瞬間に決壊する、と思う」
「ほんとに先輩日常生活どうやって過ごしてるんですか、いつでも僕が一緒にいられるわけじゃないんですよ?」
先輩を背中に背負いながら僕は怒った。こんな生活ではまともな人間として活動していくことすら難しい。
「じゃあ一生君が私の傍にいればいいじゃん、そしたら私がしたくない行為をすべて一任できるし」
「人を奴隷のように使い潰す気ですか」
「もうちょっとときめきなよ、かわいい先輩が一生一緒だって言ってるんだよ」
「恋人って言われるんなら少しは照れますけど、これ完全に介護じゃないですか。どうせお風呂にも一人じゃ入れないんでしょう?」
「なんでわかるの?覗いてる?かわいい後輩君も実は狼みたいな男の子だったってことか、それはそれでうーん、ありだな、次回作はそういう官能小説にしよう」
「推理です、人を性犯罪者みたいに言うのはやめてください。というかそんなイロモノ書かないでくださいよ。入力するの僕なんですよ」
「別に私が君に性的な眼差しをぶつけられるのは今に始まったことじゃないじゃ~ん、いっつもトイレ連れてってもらうとき露骨によそよそしいし」
「分かってるならなんで僕に頼るんですか」
「だって面倒くさいし~……別にいいよ、私君のこと好きだから。かわいい後輩君でも頼れる彼氏君でも、どっちでも好きなのには変わらないから」
「彼氏って……」
「あ、もしかしてセフレの方が良かった?別にいいけど、人の心無いね~」
「僕を何だと思ってるんですか?」
「私のことが大好きで仕方のない幼気な少年、かな……」
「ムカつくなぁ。着きましたよ。降りれますか?」
先輩の戯言に付き合っていると、気が付けばもうお手洗いの前までやってきていた。薄暗い雰囲気で、不気味っちゃ不気味だ。掃除なんかの担当は振り分けられているだろうが、それにしたって人間の痕跡がない。使用されないまま朽ちて言っている印象がある。
「何度見ても不気味だね、これ。お化け屋敷って看板つけとけばわが校の名物になるよきっと」
「胡乱なこと言ってないでさっさと行ってきてくださいよ」
「ついてきてくれと言っているんだけど、察しが悪いね」
「ハイコンテクストすぎるでしょ、読むべき行間が多すぎる」
文句を言いながら先輩を女子トイレへと押し込む。本来なら人間として女子トイレに入ることをそれなりに躊躇わなければならないのだけど、この先輩と一緒にいるときは別だ。
「あーつかれた、もういいですよね?」
「良くないよ。まだ服脱いでないだろ私。着衣の方が好みなら私も吝かでないが」
せめて吝かではあってほしい。こういうのって異性の前じゃ躊躇するのが普通なんじゃないだろうか。
「……?脱げばいいじゃないですか」
「いや……本当に服脱ぐのが一番面倒くさい。でも脱がしてくれないと出来ない、早くして。君が脱がして」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます