メンヘラの部活仲間が胡乱なことしか言わない

「自分ね、世界を獲りたいんですよ。なんかこう、受賞して」

「はぁ……」

 足を組んで机の上に投げ出しながら雑誌を読んでいたこの女は不意に言い放った。若干呂律が怪しい。飲酒を疑うレベルだが、本人曰く舌足らずなだけらしい。本当だろうな。

「考えたことないですか。自分いっつも考えてますよ、宇宙人が攻めてきたら、しぬじゃないですか、人間は。せめて誇れるものがある人間として死にたいんすよね、自分」

「原動力が杞憂なのかよ」

「はい、自分メンヘラなんで」

「マジで本気で悩んでる人たちに謝りなね」

「失礼な、自分だって悩んでますよ。君とだって自分を比べちゃうし。どうして自分はこうなんだろうって毎日思って悩んで、気が付いたんすよ、自分の価値を裏打ちするものが欲しいんだなって」

「それで、世界」

「はい、魔王みたいでかっこよくないですか?どんなやつと比べても『でも自分、世界一位だからなぁ』ってなるとメンタリティが最高になると思うんすよね。マウントがメンヘラへの特効薬だということはみなさんご周知のとおりですし」

 大きく口を開けてあくびを一つして、彼女は続ける。

「メンヘラってなんかこう、恋愛とか友達とか、とにかく不安定な外的要因に心めちゃくちゃ預けるじゃないすか。自分そうなんで全員がそうであってほしいんすけど」

「まぁ……イメージとしてはそうかな。全然知らんから滅多なこと言えんけど」

 自分の中に満たされなさが慢性的にあって、その穴埋めの方法を知らないまま育ってしまったり素直に実行できない心の枷があったり、というような話を聞いたことがある。だから自分を肯定してくれる外的要因に縋ってしまって苦しい、とか。聞いた話によるとそうらしい。

「なんで、こう、世界的に評価されたいんすよね。端的に言えばちやほやされたい。お前はすげえやつだ、お前には勝てない、世界中の人間にそう言わせたい。あ、でもこれも外的要因すね、誰かに認められたいって。自分以外の何かに指標を投げちゃってる。あー気づいちゃった、これガチ凹みかもっす、もう終わり。もう酒飲んで忘れるしかない。世界には絶望しかないんすわ。おしまいおしまい」

 そして急激にこの女は凹んだ。噂によればメンヘラは扱いが難しいらしい。下手につつくと爆発しかねない。というかこの状況の正解が分からない。近づけば『お前にはわからないよな』と毒を吐かれ、離れれば『どうして放置するのか』と詰問される。

 僕には経験値がない。どうしよう。てか酒は飲むな、僕たち高校生だろ。

「あー待ってください、そんな難しい顔しないで大丈夫っす。自分も子供じゃないんでテレパシーで会話とかできないって理解してます。いや、できた方が夢ありますね。でも今はテレパシーの気分じゃないんで何してほしいかは口で言います。なんかこう、気を紛らわしてくれると嬉しいです。バッド入るとそのことしか見えなくなるんで。ムー大陸の話しましょうムー大陸」

「そういえばここオカ研だったな。でも僕お前に誘われて入っただけだからオカルトとか知らないよ。全然」

「じゃあ好きな寿司の話で。自分は回転ずしで食べるウニです。ミョウバンの味が堪らないんですよね」

「それ好きなのウニじゃなくてミョウバンなんじゃないのか。味わえよ、素材を」

「ソザイ族……?」

「人を勝手に部族に仕立て上げるのはやめろ。なんだソザイ族って」

 僕が憤慨するとこいつは得意げに鼻を鳴らした。マウントをとっているのか?この状況で?何に対して何をどうしたら得意げになるんだよ。

「調味料・添加物をこの世から無くそうと日夜活躍している戦隊です。知らないんですか」

「ニチアサも落ちたもんだな。特定の思想に染まり切ってるじゃないか」

「まぁ自分は仮面ライダー洗脳の方が好きですけどね」

「ないよ、そんな低俗で過激な仮面ライダーは。電王みたいなノリで言うなよ」

「知ってました?敵幹部が脳髄を侵されて自殺するように仕向けられるあの有名なシーンは寄生されたカマキリがモチーフらしいですよ」

「知らないし知りたくなかったよ。寿司の話をしてたのに最悪な論点のすり替えが発生してる」

「話を振ってきたのは君じゃないっすか。なんで被害者面してるんです?当たり屋?」

「僕はウニをウニとして食えよって言いたかっただけの被害者だろうが。事実無根の言いがかりはやめろ」

「いやいや、強がらなくてもいいんですよ、自分に論破された事実は変わらないんで」

「お前が僕のどのあたりの論を破壊したんだよ、ぶっ壊したのは文脈だろうが」

「おっ、いいね。お見事。降参!」

 手を叩いてけらけらと楽しそうに笑うメンヘラ女。むちゃくちゃなことを言いながら煽ってくるけれど、でもさっきの暗い顔よりは幾分かマシかもしれない。



「もうここにいてもやることないなら帰るぞ。ここなんか呪われそうで気分悪いし」

「あ、帰ります?この藁人形さんとか可愛いんすけどね。じゃあこうしましょう、あとでお寿司屋さん行きましょう」

「マジで言ってる?」

「はい、今日もどうせ両親は朝まで帰ってこないんで。なんならうち泊まっていきます?」

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