常に一緒に行動しようとする常軌を逸した後輩

「先輩先輩、私、同級生の男の子にデートしようって言われちゃったんですけど」

「よかったじゃん。おめでとう」

「先輩は彼女いないんですよね」

「そうだけど今僕の傷をえぐる必要は特になかったよね?そうだけど」

 帰り道。同じマンションに住んでいる後輩と僕は並んで歩いている。後輩は僕の左腕を抱くようにしてくっついている。柔らかい感触が当たっているような気がするが、これを指摘してからかわれたりドン引きされたりすることは避けたい。おとなしく黙っていよう。

「じゃあ明日、土曜日じゃないですか。一緒にお出かけしません?どうせ暇ですよね。予定があったとしてもこんなにかわいい後輩のお願いに優先する事象なんてないですよね?」

「……僕ゲームしようと思ってたんだけど」

「そんなの帰ってから私がいくらでも付き合ってあげますよ。先輩のおうち泊まりに行っちゃいます。だから、ね、ここはほんとお願いしますよ」

「なんでそんなに必死なの。別にいいけど、僕気とか利かないよ」

「知ってます」

「フォローくらいしろよ、僕の後輩なんだったら」

「だって本当のことじゃないですか。そういうところが先輩のお気に入りポイントでもありますが」

 いたずらっぽい笑みで僕の顔を覗き込んでくる後輩。人懐っこい笑みだ。こんなの見せられたら誰だって好きになる。あと本人には絶対言わないけどめっちゃ可愛いし。やや釣り目のツインテール、めっちゃ好きだし。

「えっと、何の話でしたっけ」

「どうして僕を連れていくのかって話。そもそもどこ行くの」

「えーっと……確か、水族館?ほらあるじゃないですか、最近リニューアルされたっていう」

「あぁ、遊園地もセットになってるっていう、アレ。土曜日なんて信じられないくらい人多いんじゃないの」

 ただでさえ人が多かったのに、遊園地まで併設ときたら家族や恋人たちで修羅の巷が形成されることは間違いない。うへ、嫌だな。後輩こいつじゃなかったら一考の余地すらないレベルで嫌だ。

「はい、なので先輩がいたらイライラせずに過ごせるじゃないですか。列に並ぶようなことがあっても先輩とお話してるだけで楽しいし」

「お前にそう言われると断れないの知ってるだろ、犯罪者?」

「失礼な。私は先輩のことが大好きでかわいくて素敵な後輩でしかないんですが。明るみになった前科も特にありませんし」

「闇に葬られた前科はあるんだ……」

 僕は後輩の過去についてなるべく触れないようにしようと決めた。

「ね?いいでしょう?ってか正直嫌なんですよ先輩以外の男の人とデートとか、せめて私の所持品枠で参加してくださいよ」

「……なんて?」

 聞き間違いか?こいつ今ニコニコ顔で何言った?

「だから、明日のデート一緒に来てくださいよって言ってるんです。暇なんでしょう?いいじゃないですか。何が不満なんです?」

「僕じゃなくて相手側に不満が続出するだろ。聞いたことないよ男連れてデート来るやつ。メンタルバケモンだろ」

 僕だったら落ち込むとかいうレベルの話じゃない。恨むよ。そんなに二人きりが嫌なら断れよって顔になるに決まっている。

「じゃあなんですか。先輩は私がどこの誰とも知らない男に連れられて遊園地と水族館で散々疲弊して、名前の知らないお酒をしこたま飲まされてホテルでおいしく食べられてもいいんですか?」

「それはよくないけど、後半はそもそもダメでしょ。僕が許しても法律が許してくれないよ」

「よくないなら一緒に来てくださいよ~一生のお願いですから。おねがいっ、この通り!」

「あぁ往来で土下座とかするな、僕がとんでもない極悪非道のカスゴミ男みたいじゃないか」

 きっと僕はこのままツイッターでバズって特定されて炎上するんだ。そうして僕の人生を終わらせる気なんだ、この後輩は。自分が守られる側であるということを理解している。

「なんですか、土下座を辞めさせるってことはついてきてくれるんですか。やった!」

「ずるいだろ、即死コンボじゃないか」

「はい」

「はい、じゃないが」

「はい?」

「殺すぞマジで……でも大体、デートの相手が男連れてきたら僕なら気まずくてさっさと解散すると思うけどな」

「おや、経験がお有りで?」

「あるわけないだろ、お前みたいな荒唐無稽なやつ他にいないよ」

「ですよね、照れます」

 いや別に褒めてないが。

「でもでも、それだったら私と先輩二人でデートできますね!楽しみ~!えっとまずはイルカショー見て、それからアシカさん見て……あれもこれも全部やりたいです!」

「その前向きな姿勢をその相手にもぶつければいいだろ、嫌ならなんで引き受けたんだよ」

「だってモテてると気分いいじゃないですか。私からの愛情は先輩へだけですけど、それはそれとしてもらえるものはもらっておいた方が絶対に得ですよね。美味しいもの奢ってもらえるし、プレゼントももらえるし!」

 小悪魔というレベルではない。鬼だ。

 すりすり、と。頬を僕の腕にこすりつけてくる猫のような後輩だが、どこか気が抜けないのはこういうクズな側面があるからなのかもしれない。


「でもでも、先輩のことだけは特別です!他の人がどれだけ長文で愛を並べても先輩が『……ん』って言いながら話聞いてくれる方が嬉しいですし。私は先輩だけを愛していますので!」




「全員に言ってそうだな、信用できない」

「失敬な!」

「自業自得だ、バカ後輩」

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