声が出なくてもあらゆることを先読みしてくれる敏腕幼馴染

「あ”………あ”……」

 朝起きてすぐに聞こえたゾンビのようなうめき声が、自分の喉から発生しているということに気が付くのにしばらく時間がかかった。額に手を当てる。幸いなことに熱があるというわけではないらしい。最近の乾燥した空気のせいだろうか。喉からまともな声が出ない。

 とはいえぐずぐずしていては学校に遅れてしまう。毛布を体から引きはがしながら、僕はリビングへと向かった。

「あ、おっはよー。寝坊助だねぇ」

 リビングへと続く扉を開けると、ほんわかした雰囲気の女の子がロールパン片手にこっちを見ている。僕の幼馴染だ。彼女の両親は基本夜勤なこともあり、朝食は僕たち家族と一緒にとることが多い。今日もそんな感じだろう。といってもうちも両親は仕事に行っているから、残っているのは僕たち二人だけなんだけど。

「あ”ー……え”っと……」

 喉が少し痛む。できるならあんまり声を出したくはない。だけど状況を説明しないわけにもいかず悩んでいると、彼女は「もしかして……」と切り出した。猫のような目だった。

「君、今日喉の調子悪いんでしょ。なんかそんな顔してる。もしあれだったら良くなるまで私が通訳してあげよっか」

 驚いて慌てて頷く僕。どうして分かったんだろう。

「どうしてわかったの?とでも言いたげだね。そりゃもちろん私が君のことをたくさん見てきたから。君の思ってることから現在の体重まで誤差なしでまるっとお見通しだよ」

 僕に向かって親指と人差し指で輪を作り、その中を覗きながら視線を向けて彼女はそう宣言した。怖い冗談を言う人だ。冗談じゃなかったらもっと怖いけど。

「とにかく、それ食べたら学校行こ。今日は私がつきっきりでお世話してあげるよ」

 つきっきり?僕とこいつが?高校生の男女が?妙な噂が飛び交うに決まっている。高校生は常に身内のゴシップだけを追い求めて生きているといっても過言じゃない。それは彼女的にも困るはずだろう。

「え~?君と噂されるって今更そんなこと気にする?小学校でも中学校でもずっと言われてきたじゃん。そんじょそこらのカップルより一緒にいるし仲良しだって自信はあるから特に不満でもないしさ」

 けらけらと笑う彼女は本当に気にしていない様子だ。正直僕としても満更でもないから彼女がいいならいいんだけど。

 食器を片付けてから僕たちは家を出る。家からほど近い学校に通っているから、すぐに到着。ゆっくり寝ていられるのはこの場所に住んでいる利点だな。

 幸いなことに同じクラスの僕たちはそろって教室に入り、隣り合った机で身支度をする……のだが。

「おはよ。なぁなぁ、昨日のサッカーの試合観た?すごかったよな、アディショナルタイムのスーパーゴール!」

 前の席の友達がこちらを向いて話しかけてくる。でかい声と背丈で有名なこいつはやたらと今日興奮している。あまり眠れなかったのか、目元にはうっすらと隈がある。

「あ”……」

 一瞬隣の幼馴染を見る。彼女はアイコンタクトに気が付くと、ため息をついてから嬉しそうに「仕方ないなぁ」と口を開いた。なんでうれしそうなんだ?

「ごめんね、この子ちょっと喉の調子がだめみたいでさ。うまく喋れないんだ……でも昨日の試合はテンション上がりながら観てたよ。楽しそうだったなぁ。僕もあんなのやってみたいってずっと言ってて私もあんまり眠れなかったんだ」

 何故か僕ではなく隣の彼女がしゃべり始めたのに一瞬面くらっていた様子だったが、それなりに事態を受け入れるつもりでいるらしい。一言も喋らないのに会話が進展するって不思議だな。

「え、そうなのか……大変だな。気をつけろよ。最近寒いし、風邪ひいたらだるいし。ってかうるさくて眠れなかったって……お前らって一緒に住んでるの?」

 そんなわけないだろ。……とは言い切れない距離感なのは認めるけどな。こいつ僕の家の合鍵持ってるし。苦笑いしかできない僕と幼馴染。そう、なんだよな。ほかの人と一緒に暮らす想像なんてしたことがない。なんとなく、お互いそうなんだろうなという確信があった。

「あはは、さすがにまだ一緒じゃないよ。でもご両親とも仲良しだし、私たちが結婚する未来は遠くないかもしれない」

「マジ?じゃあその時は結婚式呼んでよ、気合い入れるから」

 まだ付き合ってすらないのにめちゃくちゃ先の話まで展開されている。気が早いとかのレベルではないような気がするけどな。

 楽しそうに笑う幼馴染。その横顔を見ながら、どこか違和感を覚えている自分がいることに気が付いた。いや、言ってること自体に何の間違いもないんだけど……


 ってかそもそもなんで昨日僕がサッカー観てたの知ってるんだ?隣に住んでるこいつにまで聞こえるほど大きな声で叫んでたつもりはないんだけど。

 なんで喉だけピンポイントで痛む?風邪のひき初めにしては僕自体が元気すぎる。

 それにそもそも僕が説明するよりも先に喉が痛いって気づいたんだ?


 思考が頭をめぐる。

 そんな僕と、幼馴染の視線が交錯する。

 すっ、と。一瞬だけ彼女の瞳が剣呑な光を宿したような錯覚。

 僕に近づくと、僕の耳元に彼女は唇を寄せた。

 思考を縛るような声だったのを覚えている。


「余計なことは、考えなくていいんだよ。私が君の全部で居たいだけだから」

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