破滅願望あるけどなんだかんだ今日も生きている彼女

「人生ってさ、思うようにいかないよね」

 月の下。缶チューハイを片手に彼女は切り出した。世間話のような気軽さだったけれど、どこか鉛のような、重苦しい響きを孕んでいたように思う。

「『上手くいかないから面白い』なんていう人がいるけど、あんなのは嘘っぱちだよ。人生は上手くいく方が面白い。上手くいかないから面白いっていうのは、単なる負け惜しみさ」

「そんなこと……」

 言いかけて僕は言葉に窮した。そんな僕を見て彼女はため息をつきながら笑った。

「無いって本当に言い切れるのかい?わかってるんじゃないかな、君だって本当は。っていうかそもそも否定する必要ある?君だってどっちかっていえば人生うまくいってない方でしょ。私と同じ」

 だったら私の言いたいこと、分かるでしょ。細められた彼女の瞳は、妖艶で剣呑な鋭さを孕んでいて。

「私の人生も上手くいってない。良かったことを強いて言えば君に会えたことくらいかな。同じように人生に疲れていて、それでいて私のように死に切る度胸もない弱くて情けない人」

「酷いな」

「褒めてるんだよ。君の好きなところなのだから、自信を持ちたまえ」

「そう?」

「うん。君ったら毎日お酒飲みながら死にたい死にたいって言っているだろう。まるで自分を見ているようで安心したんだ。私は一人じゃない。私は全然珍しい存在じゃないんだって。悲しくてどうしようもない時だって、私と同じように情けない人がいるって考えるだけでそれなりに救われるものだよ」

「そうだといいんだけど」

「もちろん、『明日も頑張ろう!』なんて思えはしないけどね。それでも『死ぬのは明日にしよう』って思って今を誤魔化すことができる。だから君に会えてよかったのさ、私は」

 彼女はくるくると踊るように言葉を紡ぐ。掠れた糸だ。細くて、脆くて、今にも千切れそうなくらい張りつめているけれど、なんとか繋がり続けている。

「ねぇ、ひとついいかな」

「ん?なんだい」

 僕が口を開くと、立ち上がりながら彼女は振り返った。

「僕も、君に会えてよかったなって、思ってる」

「っ、あはははは!何を言い出すかと思えば、そんなことか!」

 僕がそう口にすると、酷く愉快そうに彼女は笑い出した。

 背を丸めて、大声を上げながらけらけらと笑っている。

 馬鹿にされているのだろうか。

「む、笑うことないだろ」

「いやいや失敬。まさかそんな風に言ってもらえるだなんてね。君はいつも私の意表をついてくるね。こうして笑顔になれることをきっと幸せだというのだろうね」

「冗談でしょ」

「本気だとも。私は君の彼女なのだからね。可愛い彼氏に『君と会えなかったら僕はもうどう生きていけばいいか分からなかったよ。一生大切にする』なんて言われたら嬉しくて小躍りしてしまうさ」

「言ってないだろ」

「でも、思ってはいるだろう?」

 僕は再び答えに窮した。

「ほら、図星じゃないか。強がって見せたところで君が私のことを大好きなことは変わらないのだから、諦めて素直になればいいのに」

「うるさいな。もう話が済んだなら戻るよ。身体冷えるといけないし」

「それなら一緒に風呂でもどうかな、最近別々で寂しかったところなんだ」

「狭いだろ」

「恥ずかしいとかじゃないんだ、理由。私はまだ恥ずかしいのに」


 まだ彼女は生きている。

 言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず今はそれで十分だ。

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