告白というか脅迫をしてくる地味で可愛い女の子

 刃物が眼球の直前まで迫っている。微かに身を捩っただけで僕が光を失うかもしれない。血の気が全身から引いていく。立っていられなくなりそうだ。

「あは、付き合う気になった?」

 突きつけられたカッターナイフのその向こう。丸眼鏡の女の子がいる。剣呑な目つきだ。光の差さない瞳は深海みたいな悍ましさを秘めている。

 声は底冷えするような色をしていながら、どこか楽しげでもあった。

「なに、してるの」

「何って、交際を申しこんでるんだけど。本当は私だってこんなことしたくないんだよ。ただ君があんまりにも鈍感だからこうやって直接お話をしに来ているだけでさ」

「……こんな夜に外で僕を捕まえなくても、学校とかで」

「君が私に学校で構ってくれたことある?名前すらきっと覚えてくれてないよね。私は君の趣味も住所も帰宅ルートもルーティンも性癖も全部知ってるのに。これって不公平じゃない?もっと私のことを知るべきだよ」

 有無を言わさぬ口調だった。全身を密着させながら、彼女は満足げに目を細めて笑う。街灯の光が微かに照らすその表情があまりにも綺麗で、こんな状況にもかかわらず、心臓がとくんと跳ねる。めっちゃ可愛い。好きだ。

 仲の良い友人としか話さないから、教室の隅でいつも本を読んでいる彼女と話すことは今までなかったけど……こんなに魅力的な子だっただろうか。正直関わりがなかっただけで全然友達に居たらもうとっくに告白していると思う。性格ヤバそうなのもめっちゃ好きだ。

 僕がそんなことを考えているとは知らずに、彼女は続ける。

「だから、私と付き合おう。それでいいと思わない?別に束縛なんてしないよ。私が好きなのは私に管理された君じゃなくて、ただ自然に生きてる君だから。でもその世界に私も置いてほしい、傍にいてほしい、ちょっとだけその願いを叶えてくれるなら私は満足」

 だったらどうして刃物を持ちだしているのか。こんな脅迫じみた真似をしているのか。そう問いたいのに言葉が喉につっかえてうまく出てこない。てかそんなことしなくても全然付き合いたい。

 彼女はそんな僕の感情を察することなく続ける。

「なんでこんなことしなくちゃいけなかったかって?だって君、私のこと振るでしょ。興味ないとか陰気臭い女は嫌いとか、どうせそういうこと言うんだ。だから君が私の告白を受け入れてくれるようにお手伝いしてあげてるの。こうすれば君は少なくとも一旦は受け入れてくれるでしょ。そうしたら私のことを好きになってくれるかもしれない。こう見えて私結構顔はいいんだよ。人と関わるのとか全然できないけど」

「……え、っと……とりあえずこのカッターを」

「だめ。外したら逃げるでしょ」

「逃げない、逃げないから」

 両手を上げて降参のジェスチャーをする。

「なんのつもり?手首も拘束していいの?」

「どれだけ信用されてないんだよ、ほんと怖いからそれ……」

 真剣な声で話しかけると、彼女の声が一瞬静まる。

 そして。

「……じゃあ、好きって言って。私のこと。付き合いたいです、結婚したいですって言ってみてよ」

「好きだ、結婚を前提に付き合ってくれ」

「そんなの言えるわけ―――え?」

 僕が当たり前のようにそう口にしたことに動揺したのか、彼女の手からナイフが滑り落ちる。乾いた音を立てて、地面に転がったそれを、素早く僕は脚で遠くへと蹴り飛ばした。

「……やられた」

「いや、別に嘘を言ったつもりはないけど」

「え……??」

 悔しそうに歯嚙みする彼女に向かって、僕は言葉を向ける。彼女は何か勘違いしている。

「僕だって君みたいな可愛い彼女が出来るなら願ったり叶ったりというか、特に不満はないんだよな」

「いや、いやいや、なんで。こんなコミュ障拗らせたキショ女のこと普通に受け入れてんの。今ナイフ突きつけてたんだよ、目に」

「それくらいヤバい方が好きだしな……まともな人間と付き合ってもしょうがないし」

「えぇ……」

 人間は本当に心から他者に理解できない感情を抱いた時、こういう顔をするのだろう。混乱が顔に出ている。

「じゃあ、今みたいなことしても嫌われたりとかしてないの」

「むしろ好きになったかな」

「私、コミュ障だよ。人との距離感とかわかんないし、さっきみたいな失礼なこともしちゃったりとか」

「まぁ……怪我だけしないように気を付けてくれればそれで」

「え、えっと……陰キャだよ、根暗だよ。もさっとしてるし……いいの?」

「性癖知ってるんだったらわかるだろうけど、僕陰キャが好きでさ。垢ぬけてない程かわいい」

「わ、わわわ……い、いいんですか、私で」

 冬の路地裏。先ほどとは完全に形勢が逆転している。

 これは僕の持論だけど、女の子は自分に自信がないほどかわいい。その自信の無さがあの脈絡のない暴力性に繋がっていると考えると、それすらも可愛らしく思えてくる。

「こ、これからよろしくお願いします……」

「なんでそんなに自信なさそうなの。彼女なんだからもっと堂々としてていいのに」

「ひゃい……!」

 返事を噛む女の子。其れもまたかわいい。

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