最近できた彼女についていろいろ訊いてくる元カノ

「久しぶりだね。せっかくだし一緒に帰ろうよ」

 アンニュイな表情が、すっかり暗くなった世界に踊る。力なく笑っていて、それでも目はしっかりと僕を捉えている。冷たくはないけれど、ずっと触れていると凍えてしまいそうな剣呑さが垣間見える瞳だ。

 通学路を歩く僕を追いかけてきて、隣に並ぶ。ぴったりと。

「あ……でも、僕は」

「いいじゃん。君の新しくできた彼女、今日は何か用事があるって言って帰ってたよ。なんで他の男が一緒だったのかは知らないけどね」

 僕の心を透かしたみたいに肩を竦める少女は、今年の春まで付き合っていた僕の元彼女だ。別れた理由は彼女の愛が重かったから。

 束縛というほどではないにせよ、全てを知ろうとする彼女の振る舞いを窮屈に感じていたのだ。

「それよりさ、訊きたいことがあるんだけど。いいかな。どうせ暇だよね。家着いていっていい?」

「……嫌って言ってもついてくるんでしょ」

「うん。でも君は嫌がらないでしょ。結局私の重さが苦手なだけで、私のこと好きなままなんだし。分かるよ。自分を愛してくれさえすれば、なんて思えるような生半可な愛情は私、注いでないつもりだけど」

 自信満々というよりは、単純に事実を口にしているような表情だった。当たり前のことを当たり前に主張しているだけ。

 そしてその主張は実際、正しいのだ。

 僕は未だ、この子のことが好きなのだから。

「君とこうやって並んで歩くときもそう。君、最近歩くのが遅くなったでしょ。君の今の彼女、歩くの遅いもんね。遅いくせに一緒に帰ろうって言われて電車逃したこともあったんじゃない?」

「なんで知ってるの」

「知らないと思う?私が」

「それは……知ってると思う」

「だよね。だって今でも私は君のことが好きだって、公言してるもん。いつでも帰っておいでって伝えてる。どうせ君は私のところに帰ってくるに決まってるから。私なら君が歩幅の調節なんてつまらないことは考えないようにできるし、ご飯の好き嫌いも全部把握してる。脂っこくて君が嫌いなウィンナーも、入れたりしないよ」

 思わずその言葉に冷や汗が出た。今日僕が今付き合っている彼女から貰った弁当にウィンナーが入っていて、食べきれずにまだそれが弁当箱に残っていたからだ。

「そもそもね。お弁当を作ってあげるってのは相手の食事を強制すること。ちゃんと下調べしてからじゃないとそんなことをする資格はないと思うんだけど」

「そんなことは……無いと思う」

「うん、そうだね。少し言い過ぎた」

 彼女は一瞬息を吸ってから、でも、と続ける。

「――?」

 僕は答えに窮した。その通りだと、思ってしまった。

「君に対する愛情表現。お弁当もそう、普段会話する内容、スケジュール管理も、君とのセックスも。全部私の方が上手だよね。自信あるよ。君のことを毎秒考えているんだから。趣味や娯楽で付き合おうとしている人間が私に勝てるはずない」

 隣を歩く彼女は、僕と指を絡ませ合うようにして手をつなぐ。俗にいう恋人繋ぎ。もうとっくにその関係は終わっているのに……何故だろう。やっぱりこの子と手を繋いでいる時の方が嬉しくて、安心する。

 絶対に離さない。何があっても逃がさない。暴力にも似た愛情は、それでもちゃんと熱を孕んでいて。他の体温では満足できなくなるくらいには魅力的なのだ。

「ねぇ、今からでも帰ってきなよ。もうわかったでしょ。君はもう私以外じゃ満足できなくされてるってこと、もうとっくに理解してるはずだよね。私と別れてから意地張って他の女の子と付き合ってみて、それがよりはっきりしたんじゃないかな」

「そんなことは……」

「ない?本当に?よく考えてよ。私、君に嘘つかれるとき辛い気持ちになるんだ。本当のこと言ってごらん」

「……今の彼女だと、物足りなくなっている節は正直ある」

「お、よく言えたね」

 偉いよ、と空いている方の手で撫でられる。その感触も泣きだしそうなほど愛しい。何百回何千回と僕を撫でてくれたその掌が恋しくて、気が付けば繋がっている彼女の手を強く握りしめていた。痛いくらいに。

 こんなこと、正直に言うわけにはいかないけど。

『元カノなら……』と思わなかった日はない。自分から逃げ出した手前、どれだけ受け入れられようとも僕からよりを戻そうとは言えなくて……その結果逃げるように他の彼女を作った僕は、結局他の誰かではだめだということに気が付いただけだったのだ。

「君の彼女さんには私から伝えておくよ。君が傷つくようなことはしない。全部私が悪いということにしたって構わないよ。何か弱みを握ったことにでもしておこう。だから大丈夫。君は私のことを愛して、ちゃんと自分が誰のもとに帰ればいいかそのDNAに覚え込ませればいいだけ。難しいことはしなくていい」

 彼女は心地よい毒を吸わせるように、そっと身を寄せてくる。

「もう今日は君のおうち泊まってもいい?最近彼女さんの相手しててよく眠れてないでしょ。ぎゅってしながら添い寝してあげる」

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