それっぽいこと言うけどマジで会話に中身も脈絡もない先輩

「君も男なら、好きな思考実験の一つや二つくらいあるものだろう」

「そりゃないことはないですけど、その偏見は違うと思います」

「偏見ではない、期待だ。勘違いせぬように」

 此処は文芸部。

 一つまるまる教室を借りて偉そうに文芸部の活動などと言っているけれど、此処にいるのは僕と先輩だけだ。人数はその辺を通りがかった新入生を捕まえて先輩が強引に名前だけ借りているので、活動しているメンバーが2人だけでも、データ上は30人以上の部員を擁する大規模な部活動だ。

 部を存続するためだけなら5人で十分なのだけど、それでは大きな教室が借りれないらしい。別に走り回るわけではないのだから小さな会議室でも借りればそれで十分なのに。そもそも僕たちも特に何もしてないし。日が暮れるまで中身のない雑談に興じているだけだ。

「ほら、男ってのはそうだろう。古代レムリアだのフィラデルフィア実験だの、胡乱な歴史や事故に執着する。人生のうち一度くらいは大まじめに考えたことがあるだろう。トロッコ問題とか」

「まぁありますけど。てかその足の組み方するとスカートの中、見えますよ」

「おや、これは失礼。もっとしっかり見せたほうが良かったかな」

「話聞いてます?注意しているんですけど」

「状況を考えたまえ。夕暮れの教室。二人っきり。垣間見える下着。これぞまさにトロッコ問題だよ」

「何が?」

「そりゃあれだよ。どちらを見捨てるか。君が私に欲情すれば君の人生は終わり、ここで君に何の反応もされなければ私の人生は終わる。明らかに痴女だからね」

 何がどうあれなんだ。

「なんで俺が自分の人生を捨てて先輩に手を出さなくてはいけないんですか」

「んー、私のことが好きだから?」

 現代のナルキッソスが僕の方を見つめて笑う。黙っていれば本当に様になる人だ。

 パチッとしたつり目には泣き黒子があしらわれている。妖艶とも呼べそうな余裕のある大人の表情。話している内容は意味不明だが、顔だけは良い。名前を貸してくれた子たちも全員この顔につられたのだ。あまりに中身が残念過ぎて幽霊部員と化してしまったが。

「自己肯定感バグってない?」

「低いよりいいだろう。それとも、甘やかさなければ死んで仕舞う兎のような弱々しい女が良かったかな?」

「別に嫌いじゃないですけどね、そういうのも」

「いや~やめておきたまえ、面倒くさいぞ。君は私を好きになった方がいい。催眠術でも勉強しておこうか」

「催眠ではなく自分の魅力で売り出そうという気はないんですか」

 真っすぐ邪道をひた走ろうとするのが先輩らしい。馬鹿だけど。

「だいぶ売り出しているつもりなんだけれどねぇ。これでも私、可愛いと昔のころから評判だったんだ」

「まぁ可愛いですけど、ガワだけですよね可愛いの」

「言っていいことと悪いことがあるだろう。特に異論はないが。でも本当に自立してない女はやめておきたまえ。一時の遊びならまだしも、将来を見据えるならそんな人間と関わるのは害でしかない」

「言いすぎでしょ」

 先輩はメンヘラに故郷を燃やされたのかもしれない。

「大体君はいい加減私と付き合いたまえよ。好きなんだろう。この場所には私と君しかいないし、関われば三日以内に相手に嫌われる私と1年以上関係を持ち続けてくれているのに理由がないわけがない」

 正直先輩の言うことは当たっている。正解だ。でなきゃこんな何の生産性もない活動に1年も時間を割かない。

 だけど。

「素直に認めるのは癪なんで一旦フっていいですか、先輩のこと。嫌いってていで通したいです」

「マジで素直じゃないな君」

 先輩は呆れるというよりビビりながら僕の顔を見ている。耳は赤い。照れているのがまるわかりで少し可愛らしい。

「だって、僕が先輩のことを好きだなんて知られたらもう婿に行けないじゃないですか」

「なんで私のこと好きなのに他所に婿入りするときのことを危惧しているんだい」

「それに仮に先輩と付き合うことができたとして」

「まぁ私は君に告白されるのを延々待っている生き物だからね、仮にとか言わなくても付き合えるよ」

「それは分からないじゃないですか」

「分からないことはないだろう。…それで?」

「親にこの人がお付き合いさせていただいている彼女ですなんて紹介できないじゃないですか。酷すぎて」

「君本当に私のこと好き?」

「はい。不本意ながら」

「せめて好きの感情くらいは本意であってほしいものだが……?」

「それはちょっと」

「私が無理難題言ってるみたいな雰囲気を出さないでよ……え、じゃあ何、本当に付き合ってみる?」

「いいですけど、付き合うって言ったって僕たち何したらいいんですか?平日は毎日放課後二人で意味わかんない話してるし休日も先輩の家で意味わかんない話して過ごしてるじゃないですか。何も変わらなくないですか?」

 僕が尋ねると先輩は脚を組み替えて逡巡した後、丁寧に言葉を紡ぐ。

「その関係に名前が付くのがなんか特別感があっていいなぁ、って言うのが恋愛関係であると私は考えているけどね」

 僕は答えた。

「関係に名前が付かない方が唯一無二というか、型に嵌まらない感じがしてアリだと思いますけどね。独自の関係っていうか」

「……久しぶりに文学部っぽい会話をしたような気がするな。君、小説や詩歌の類は出来るんだっけ」

「できなくはないですよ。一応文芸部なんで」

 すると先輩は納得したように頷いて、人差し指をピンと立てて提案する。


「よし、関係に名前がある方がエモいかどうか、それぞれ作品を創り上げて勝負しよう。より相手をうならせた方が勝ちだ」


 こうして僕は1週間ほどかけて作品を作り先輩と戦わせることになったのだが。

 結果だけ言うと、付き合って恋人になった方がエモいと結論が出たので付き合うことになった。可愛いけど、いずれ親に紹介しないといけないのだと考えると、気が滅入る。

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