男装して弟面してれば往来でくっついてもセーフと思ってる女の子
「ね、もっとくっついてもいい?」
細い体のラインを綺麗に活かす白いシャツ。すらりと伸びた綺麗な手足。真っ白な頬は心なしか赤く染まっている気がする。
繁華街を歩きながら、僕は答えた。
「ダメって言ったら?」
「ここで君に関してあることないこと言って泣きわめくけど」
「脅しじゃん、それ」
「でも悪い気はしないでしょ?それに、今は男の子同士なんだしこういうのも普通だって」
僕より少し低い身長の彼……いや、彼女は嬉しそうに微笑んで僕の腕をがっしりとホールドする。多分傍から見れば仲睦まじい兄弟のように見えるのだろう。今日のメイクは僕に似せてきたらしいし。なんで?
「いや~やっぱ外でいちゃいちゃするなら男の子の格好に限るね」
「まず僕といちゃいちゃする必要があるのかが怪しいんだけど」
そもそも別に僕たちは付き合ってない。互いに距離感がバグっている自覚はあるけれど。
「え~いいじゃん。私君といちゃつくの好きだよ。あったかいし、TPOを弁えながらえっちな目を向けてくれるし。優しいし楽だし、傍にいるだけで常にご機嫌的にお得なんだよね」
「そりゃ君は可愛いし僕も悪い気はしないけどさ。いっつも距離近すぎて学校で変な目で見られてるじゃん。僕と君がなんて言われてるか知ってる?」
問いかけに、彼女は薄い胸を張って答えた。
「もちろん。磁石でしょ。引き剥がしても三秒後にくっつくって有名だもん。その名前流布したの私だし。いいよね~ネオジム磁石みたいな二人になろうね~」
「お前かよ。今すぐ辞めさせろ」
「文句が多いなぁ。君が私と絡み過ぎて女癖悪いって思われてたらどうしよう~って言うからしょうがなく男の子の格好してるんだよ。見た目は男の子、でも触れる感触はどう考えても女の子で……どきどき」
「正直興奮はするけどなんか本人の口から解説されると興醒めする」
「え~?私は微かに君がドキドキしているのを感知したのだが?」
「腕をとったのはそれが目的かよ」
「心臓の鼓動まではコントロールできないからね。それに、一緒にお手洗いにも行けるし、この格好だと。コスプレが趣味で良かった~誰にも気づかれない」
「誰か気づいた方がいいと思う。でも完成度が高すぎてな……」
声が高いのは声変わり前っぽくて逆にガチ感があるしな。胸はもともとぺったんこな彼女だから断層が良く似合う。本人に言ったら「感度がいいので問題なし」と言われたことがある。一体何が問題ないのか分からない。早く教えてほしい。
「あ、ゲーセンある。プリ撮ろうよ。お兄ちゃん」
「誰がお兄ちゃんだ」
「なんか今日はそういう気分。お兄ちゃんとデートしてる健気な弟ってことで今日はやってみない?ホテルまで付き合うよ」
「倒錯的すぎるだろ、同級生に男装させてお兄ちゃん呼びさせながらホテルに連れ込むのは。変態史に残る」
「めっちゃ興奮するけどな私。あ、ちょっとまってあのお店見ていい?アクセショップ最近できたんだよね」
指さす先にはこの地域では初出店となるらしい女性向けのアクセサリーショップ。若い女性が出入りしているところを見ると、僕たちの格好では浮くのでは?
「ねぇねぇお兄ちゃん!これ買って!チョーカー!」
「分かった、分かったから騒ぐな」
チョーカーを強請る弟面。お手上げの僕。口々に『かわいい男の子……』とこぼす周囲のお客さん。
そういう微妙な構図が広くはない店内に満ちていた。彼女の手の中には小さなリングが付いたチョーカーが握られている。値段は1000円しないらしい。お得だった。
出費は僕だからお得というか、損なのだけど。
「すみません、これお願いできますか」
「あ、はい……包装いたしますか?」
「いえ、もう使いたいみたいなのでタグ切ってもらえればそれで」
「わ、お兄ちゃんありがとう」
「もういいから静かにしてくれ」
仲睦まじい兄弟が兄におねだりしているように見えるかもしれないが、実際は男装した女の子を弟として連れまわしているという事実をチラつかせているだけだ。恐喝と何ら変わらない。
「ふふん、どう、似合う?」
「似合う。外してほしい」
「なんでさ」
「似合ってるとマジで本当に自分が戻れないところまで来てしまったんだなって感覚に実感がわいてくるんだよ」
「別に私たち今更どこにも戻れなくない?行くとこまで行っちゃおうよ」
そして彼女は僕の腕を引いてゲームセンターのプリコーナーへと入っていく。男二人でというのはなかなか珍しい組み合わせだったけれど、猫なで声を発する弟役が可愛らしすぎたのか……特に誰からも変な目で見られることはなかった。
「ねぇ、キスプリ撮ろうよ」
お金を入れて撮影ブースに入るや否や、真顔で彼女はそう切り出した。
「どこまで僕に十字架背負わせる気なんだよ」
「いや、なんか楽しくなってきちゃって。倒錯的で興奮する。首輪つけられてお兄ちゃん呼びさせられて、次は何をされちゃうんだろうって考えたら」
「なんで僕が強制したみたいになってるのさ」
「この状況、どっちが発言力あるか考えてから不平不満は言った方がいいよ。君が何言ったって、私が泣いて君をなじれば全てが君を責めるわけだからね」
等と言いながら。
シャッターに合わせて彼女は僕に口づけをする。
何度も触れた感触だけど、状況とシチュエーションはその慣れすら狂わせる。
ブースから出た僕に、彼女は嬉しそうに笑った。
悪戯っぽい、性悪でうんざりするほど可愛らしい笑みだった。
「さ~て、これで過去最高級の弱みを手に入れちゃったなぁ。ねぇお兄ちゃん、次はどんな設定でデートしよっか。今から楽しみだね」
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