学校ではめっちゃお堅い生徒会長のブラコン妹

「ただいま~」

「……ん」

 帰ってきて一番最初に視界に現れるのは何だろうか。人によってその答えは変わるだろうが、俺の場合は携帯を弄りながら頭を差し出す妹だった。

 美しさすら感じさせる黒髪ストレート。同じ遺伝子が含まれているとは思えないほど整った顔立ち。モデルみたいにすらりとした手足。眉目秀麗、品行方正、文武両道と来ている。最近は自由研究が何処かの省庁の大臣賞を獲得していた。

「ん」

 その妹が、今一度声を発した。急かすような声だった。

「はいはい、手を洗ってからでもいいかい?」

「だめ。はやくして、にーちゃん。このために今日も一日頑張った」

 空いている左腕を伸ばして、僕の右手首を掴んでくる。ひんやりとしていて細い、綺麗な指先。だけど篭る力は万力よりも強い。下手に抵抗すればこのまま捩じ切られてしまいそうだ。

「……ん」

 今度は満足そうな声。頭の上に僕の掌を載せた妹は、何かを訴えるように僕を見ている。撫でろということだろう。

 昔からそうだった。妹は僕に懐いてくれていて子供なりに兄として慕われることに喜びを覚えていた。

「ん……ふふ」

 含み笑いを零す妹を撫でる。若干気持ち悪い笑い方をしているという点に目を瞑れば、普通の可愛い妹だ。

 中学生になってまで兄に撫でられたがるというのはなかなかレアだろうが、兄としては妹に慕われて悪い気にはならない。まだ、これくらいのレベルなら。

「にーちゃん、おかえりのちゅー、は」

 が、これはいくら何でも、アレじゃないのかとは思うのだ。新婚の夫婦でも玄関でのキスを実践している世帯はごく僅かだろう。

 ましてや兄妹間でなんて。

「……にーちゃん。おこるよ」

「……はい」

 さすがに高校生の兄と中学生の妹がキスをするのは問題なのでは、とは思うのだけど。僕は結局、妹と視線を揃えるように腰を落とした。

 唇に感じる柔らかい感触。瑞々しいそれは妙な中毒性があって、離れていく瞬間、それが妹のものだと分かっていながら僕は名残惜しさを感じてしまう。

 自分がそんなことを考えていることに対して背徳感が生まれ、結果としてあってはならない満足感が今日も僕の脳内に満ちた。

「ん、よし」

 妹は腕を組み、満足そうにうなずいた。さながら軍曹の出で立ちであった。

「これ本当に必要?」

「必要。妹はにーちゃんにとことん愛されないと死ぬようにプログラムされてる」

 僕は頬を掻きながら妹に尋ねる。妹は大真面目な顔で意味不明なことを口走っていた。もしそうなら神様の性癖が概ね透けて見えることになる。

「今日は学校、どうだった?」

「ん、普通。ずっと生徒会の資料作ってた。先生に任せてたら夜まで掛かるから」

「生徒会長ってのも大変だな。自由に遊べる時間とかもなかなか確保できないだろ」

「……私には、にーちゃんがいるからいい。けっこんしよ」

「またそういうこと言って」

 ぎゅううう、と。音がするくらいの強さで僕に抱き付いてくる妹。僕の通う高校と妹の通う中学校は隣接しているのだけど、妹は有名人なのか、ちょくちょく話題に上ることがある。

 曰く、氷の生徒会長。理不尽な校則を強いる生徒指導部の教師を生徒総会で言い負かせたことすらあるらしく、生徒からは畏怖と敬愛を込めて氷と呼ばれているらしい。

「にーちゃん、今日も一緒お風呂入ろう」

 が、家ではこうである。甘えたい年頃なのだろう。いくら多彩であるとは言っても、まだまだ中学生なのだから。氷とはかけ離れたデレっぷりであった。

 一方兄の方は心中穏やかではない。

 いくら年下の妹とはいっても、身体はもうとっくに成熟を始めている。長く一緒に過ごしてきた妹だから目にしたところで気になりません、というわけにはいかない。

 湯船の中で妹がじっとしているはずもない。甘えるように抱き付いてくることもいつものことだ。その度、人間として、兄として、試されているような気分になる。

「にーちゃんと一緒にいるときがいちばんうれしいから、できるだけ一緒に居たい。一緒にいないときは、寂しくて、かなしくなる」

 だけど、こんな風に言われて甘えられたら兄として妹を大事にしてあげたいという気持ちにもなるわけで。希望を叶えることで妹が満足するのなら、とついつい甘やかしてしまう。

 今日も多分このまま僕のベッドにまで妹が付いてきて潜り込んでくるのだろう。

「妹、兄離れをしてみようとか、思わない?」

 訊いてみると、ふるふると首を横に振る妹。

「思わない。にーちゃんから離れる必要がないから」

 全く自らの発言に疑心を持っていない真っすぐな眼差し。

 妹は至極当然の事実を語るように、僕に説く。

「にーちゃんはいつも我慢しているけど、妹にだって手を出してもいいと思う。少なくとも、私は困らない。妹だからとか兄だからとか気にするだけ無駄。法律的には結婚できなくても、一緒に住めるし子どもも産める。だから、私がにーちゃん離れをする必要が無いように、にーちゃんも妹離れをする必要がない」

 僕のことを抱きしめたまま、妹は頬ずりをしながら笑う。


「やさしくても、乱暴でも、どんな愛情でもにーちゃんからの愛情なら大丈夫。全部を受け入れるつもり、だから。これからもずっと一緒に居てほしい」


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