田舎の山奥の寂れた神社にいるヤンデレのカミサマ
人生に疲れた。人間には大体そういうときがある。別に死にたいとかじゃないけど、今いる場所からは逃げ出してしまいたい。そう思って僕が出向いたのは田舎の祖父母の家だった。
とはいっても祖父母はもう他界している。ただ空き家があって、僕はたまにそこを寝泊まりに使わせてもらっている。田舎は一日が長い。面白いことがない、というわけではないけれど、やはり時間の流れ方が違うような気がする。息をするのも難しい、人で満ちた都会とは雲泥の差だ。
「……はぁ」
普通の高校生が、消えてしまいたいと思う理由はなんだろうか。自分が異端と思い込む中学生のような神経はしていないけど、でもやっぱり特に理由もなく消えたいと思うのはおかしなことなのかもしれない。
単純に感性がおかしくなっているのかもしれないけど、こんな内容ではカウンセラーも心療内科もなんのフォローもしてくれない。こうなるに至る過程がないからだ。
普通はもっと人間関係が拗れたとか、借金がどうとか、そういうのがあるんじゃないかなって思うんだけど……僕はそうじゃなかった。
孤独感、と言えばいいのだろうか。世の中にあるのは健常者たちの理屈だけじゃない。異常者たちの理屈だってある。類型化された果てに分類できる、異常の枠がちゃんとある。でも僕の枠は無かった。だからつま弾きにされてるような気がするのかもしれない。
「ここでいろいろ考えてても気が滅入るな」
部屋の中でじっとしているだけでは都会の自分の部屋と大して変わらない。僕は手早く着替えて散歩の準備をした。
山は秋ということもあって綺麗な紅葉の装い。僕は導かれるように落ち葉を踏みしめて、山の中へ入っていく。
ざく。ざくざく。鳥の声と、足裏で子気味いい音を立てる落ち葉。木漏れ日が顔を擽るように降り注ぐ。土の香りが混じった澄んだ空気を浴びながら、僕はどんどん奥へと進んでいく。
「あれ……こんなところに」
ふと周囲を見渡すと、寂れた神社が目の前にあった。長らく手入れされていないのだろう。賽銭箱から本殿に至るまで全てが苔むしている。生え放題の雑草は、長らく人に踏まれた形跡がない。
けれどどこか不思議な荘厳さがあった。無条件に敬意を抱かせるような威厳が宿っている。
「せっかくだから、ご挨拶でもしておくか。今まで山の中好き放題歩かせてもらったし」
僕は小銭入れをポケットから取り出す。こういうの、十分にご縁がありますように、とかそういう理由で15円を入れたりするものらしい。でも綺麗に15円無かったから、迷った末に20円いれることにした。
願い事は、何にしようか。ここでも僕は迷って、それから決めた。
「僕に居場所が見つかりますように」
両手を合わせ、そう願った瞬間だった。
「こんにちは」
しゃらり、と。鈴の音色。それと声が聞こえた。綺麗で透き通った声だった。
振り向くと白の着物に青い帯。柔和な表情をした女の子が立っていた。
背丈が僕よりもかなり低いから女の子、と表現したけれど……本当のところは分からない。雰囲気や所作立ち振る舞いは僕よりもよっぽど気品があって大人びている。何歳だと言われても信じてしまいそうだ。
「ええと……」
「こんなところに人が来るなんて、珍しいこともあるんだね。立ち話もなんだし座りなよ。本殿、開けてあげるね」
「本殿って……」
少女から目を離す。周囲は見違えるように綺麗になっていた。伸びていた草は綺麗に刈り取られ、年季が入ってボロボロだった柱にも綺麗な木目が浮かんでいる。
まるで時が遡ったみたいに異なる景色に困惑する僕を見て、愉快そうに微笑む少女。
「ほら、何見回してるの。おいで。こっちだよ」
「うん……」
「君、今日は一人なの?こんな山奥に足を踏み入れるなんて、酔狂な人間だね」
どこからか淹れてきてくれたお茶を僕に手渡しながら、彼女もまた本殿に腰を下ろした。奥ゆかしい仕草の少女に心臓が跳ねる。
「ごめんね、緊張させてしまったかな。人間と話すのは久しぶりでね。何やら寂しそうだったから思わず声をかけてしまったんだ。迷惑だったらごめんね?」
「いえ、迷惑だなんてそんなことないですよ」
「ふふ、こんな
からから、と楽しそうに笑う少女。この世のものとは思えない可憐さだった。子どもの姿に異常なまでに大人びた振る舞い。アンバランスなそれが途方もない魅力を生み出していた。どことなく、この人には敬意を払わなければいけないような気がしたのだ。
「だがまぁ、殊勝な心掛けだとは思うよ。それより、どうしてこんなところに一人で来てしまったのかな。何か悩み事でも?」
「悩み事、といいますか」
「ふむ」
「悩みがないのが悩み事といいますか」
「ふむ、また面白いことを言うね。結果として悩んではいるのに、その過程に悩む理由が見当たらない……といった具合だろうか」
「!……その通りです。なんとなく、普段生きている場所が辛くて、消えてしまいたいって思うようになって。でも具体的に何が辛いかっていうのは分からないんです。ただなんとなく居心地が悪くて」
そこで少女が理解を示すように息を吐く。
「ははぁ、だから君は居場所が欲しいだなんて願ったんだね。そんなに苦労しているわけではなさそうだったから疑問ではあったのだけど、今それが解けた」
「聞かれてました…?」
そこで少女は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「聞かれているも何も、私に聞かせていたんだよね」
「……えっと?」
「大丈夫、私にもできることはあるよ。今君に起こされるまで眠っていたような不甲斐ない存在だとしてもね」
「話が、見えないのですけど」
僕が言うと、少女はそれを無視して続けた。
「居場所が欲しいと言ったね」
「はい」
「じゃあ簡単だよ。ずっとここに居ればいい」
あっけらかんと、けれど一切嘘は言っていない様子で少女は笑った。目の奥には得体の知れない光が宿っている。
「私と君が出会った時、もう君の居場所はここに定義されたんだよ。君が願うなら応えるのがカミサマの役割だからね。カミサマってのは信じてもらわなくちゃ存在できない。信仰が先立つ場合と威光が先立つ場合とがあるけれど、どっちにせよ義理堅さが大切ってことさ。応えてくれないカミサマに人間は興味を失ってしまうものだからね」
でも、それでは僕はここから――
「もう帰れない、と思っているならそれは正しいよ。ここはもう独立した、君と私だけの居場所だ。よかったね、君はここにずっといられる。私という可憐なカミサマのおまけつきだ」
「それは、困ります……!」
「困るというのは妙な話だね。もし自由に立ち寄ることのできる安息所が欲しいのであればそう頼むべきだったんだ。恨むのなら曖昧に願った君自身を恨むといい」
少女は笑いながら白い腕を僕の頬へと伸ばす。
凍てつくような、信じられない冷たさだ。同じ人間ならとっくに死んでいる体温。
それが生きているということは、要するに、人間ではないということを示していて。
「私も一人でずっと寂しかったんだ。そこに現れた少年がこんなに都合の良い願い事をしてくれんだ。だったらもう――捕らえて自分のモノにしてしまうのが一番いいに決まっている」
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