全身で抱きしめて自分の匂いを移してくれる女の子

「今日も暑いねぇ。溶けちゃいそうだよ」

 ぱたぱたと下敷きで自分を仰ぐのは同じクラスの保健委員。ヘアピンをクロスして前髪を留めている。いつもは下ろしている白髪はくはつも、この暑さでは結ばないと暑くて仕方がないらしい。

 高校に進学してから、なんとなくこの子とは付き合いが続いている。

「いや~君と知り合ってからそろそろ4ヶ月くらい?もうずっと仲良しだって気がするよ。学校じゃ君くらいしかまとも話してくれる人いないしさぁ」

「お互い人見知りだもんね。僕もあんまり君以外と話してないかも」

「でもでも~、最近女の子に話しかけられる回数多いんじゃないですかぁ、正直どうなんですかぁ」

「アレは授業の内容訊かれてるだけだからノーカンだろ。あんなの女の子との会話にカウントしてたら卑しすぎて自分に絶望するわ」

 きっかけは同じクラスになったこと。他人に自分から声をかけるということに抵抗があった僕たちは、あぶれて焦りを感じた者同士で二人組を作る機会が多かった。

 話せば意外と面白い、というか単純に趣味が合うのでそのままずるずると二人でつるむことが増えたわけだ。

「いやぁ、よかったよ本当に。私一人ぼっちになっちゃうところだったし、中学校では実際そうやって孤立してたから……うぅ、思い出すだけでつまらない学生生活が蘇る」

「あはは、そっか。僕もあんまり友達は多い方じゃなくてね。楽しいならよかった」

「楽しいなんてものじゃないよ~。こんなこと言ったら重い、って思われるかもしれないけど、他の人と君があんまり仲良くなくてよかった!って思うんだ」

 花が咲くようににっこりと笑う彼女。正直、僕はこの子のことが好きだ。友達のいない僕が、同じように人生を共有できる女の子の友だち。日に焼けていない真っ白な肌には染みひとつなく、表情も多彩で愛嬌もある。どうして彼女に友達がいないのかは不思議だが、僕こそ光栄だ。

「そこまで言ってもらえると嬉しいけど、なんだか照れるな……」

「てっ、照れないでよ、私までなんか恥ずかしくなっちゃうじゃん。もう」

 照れ隠しのつもりなのか、彼女は僕の肩をばしばしと叩いてくる。彼女が生まれてこの方できたことのない俺の心臓は、目の前の女友達から触れられるだけで妙な挙動を始める。

 そして香ってくる女の子の匂い。世界のどの香りにも似ていないそれに、理性がぐちゃぐちゃに乱れる。だからと言って理性が途切れることはないけど、心中は全然穏やかではない。

「……匂い」

 思わずぽつりと言葉が零れる。するとものすごい勢いで彼女が遠ざかっていく。

「におい…………っ、やば、私……汗臭い?ごめん、今日近寄らないようにする……」

「あ、違くて……えっと」

「いや、遠慮しなくていいから!ほんとごめん、ごめん無頓着で!」

 一瞬ドン引きされたかと思ったけど違った。汗臭さを指摘されたと思ったらしい。全然いい匂いするし、そもそも汗かいてる女の子を嫌いな男子っていないと思う。いや、世界は広いしいるのかもしれないけど、少なくとも僕はこの子が汗をかいていることに興奮はしても興醒めはしない。何言ってんだ僕。

「僕はただ、いい匂いだな……って思っただけで……いや、やっぱごめん今のキモかった、死ぬから許して」

「……え」

 完全に余計なことを言ってしまった。恐る恐る彼女の方を見ると……少しずつこちらの様子を伺いながら近づいてくる。

「私……いい匂いするって、本当?」

「うん……そう思うけど」

「自分じゃ分からないんだよねぇ、こういうの……」

 そう言って彼女は僕の背中に抱き付いてくる。柔らかい女の子の感触と、さっきとは比べ物にならない程濃密な匂い。

 シャツどころか僕の身体にまで、彼女の匂いが染み込んでいくような気がする。

「…………これでよし」

「よしって、何が」

「……君に、私の匂いが付いたかなぁって」

「そんな猫みたいな――」

「……その通り。猫と同じ。大体、君が悪いんだよ、私以外の人とも関わろうとしてるから、私もこうやって対抗しないといけなくなるんだよ。他のところに行くんだったらちゃんと匂い付けて、私のだぞ~ってアピールしときたいなって思うの」

「私の……って」

「不満?」

「いや嬉しいけど」

「じゃあいいじゃんか。今までずっと私の匂い嫌いだったらどうしようってずっと思っててできてなかったけど、直接いい匂いとか言われちゃったらさ、我慢とかできないなぁ……って」

 言いながら彼女は僕の髪の中に鼻先を突っ込んで深呼吸を始める。背中越しに彼女の肺が膨らんで萎む。思いっきり吸ってる。

「せっかくだから私も君の匂い貰っとくね……」

「なにがどうせっかくなのか分かんないんだけど……」

「いいから……いま、いいとこ……じゃましないで……」

 結局、昼休みが終わるまで彼女は僕に密着したまま過ごしていた。周囲のクラスメイトや先生に不思議なものを見るような目で見られていたけど、彼女は一切お構いなし。

 あとで聞いたところ「私が話すのは君だけだし、周りからどう思われてるとかは些細なことだよ~」と言われた。いいのか、それで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る