言葉が足りな過ぎて基本的に語弊がある同級生

 眠たい朝。気怠い身体を引きずってなんとか今日も学校までやってくる。月曜日というのはどうしてこんなにも億劫なものなのか。どうにかならないのか。

 文句を言っても詮無き事とは分かっていても、不平不満を垂れ流してしまうのは現代人のさがだろう。昨晩日付が変わってもなお友達とゲームをやっていたのが悪いと言われれば、まぁその通りではあるんだけど。

 三階にある教室まで這う這うの体で辿り着いた僕は、教室の後ろ側のドアを開ける。

「おはよう」

「うわっ」

 ドアを開けた瞬間、至近距離で僕を見つめる女の子が視界いっぱいに現れる。

「びっくりした……」

「毎朝のことだから、慣れてほしい。私はいつでも貴方を待ってる」

「過言だろ」

「過言じゃない。本心。とにかく、貴方とは話したいことがある。HRまで少し時間がある。付き合ってほしい」

 言うが早いか、僕の手首を掴んで自分の席まで引っ張っていく。力が強いわけではないけれど、柔らかくて細い女の子の指を振り払えるほど僕の肝は据わっていないし、僕の席も彼女の隣だから、特に逆らう必要もない。

 わくわく、そわそわ、といった雰囲気の彼女は、両手を自分の前で握って僕に話しかけてくる。何のポーズなんだ、それ。

「おはよう、今日も元気?」

 丸い瞳がこちらを見る。亜麻色の髪。引くほど整った西洋人形みたいな顔立ち。無機質でありながら、遠くに居ても聞こえる通る声。ふんわりとした天然パーマの彼女は、僕の顔を覗き込んでいる。

「うん、今日も元気だよ。少し寝不足気味だけど」

 答えると、彼女は小さく頷きながら真面目な顔つきで言った。

「仕方ないよ、昨日は激しかったから。あんなことをすれば、私も貴方も熟睡できないのは当然だし」

「……ゲームの話だよね?」

 彼女の声はよく通る。クラス中が会話を中断してこちらをぎょっと見ているのが分かる。視線が痛い。静まり返った教室の中、彼女は気にせず話し続ける。

「何度やっても、毎回へとへとになる。硬いし、大きいし、一気に奥の方まで入ってくるし……でも気持ちいいから、他のじゃ満足できなくなる。今日もまたしよ?」

 とんでもない語弊のデカさだった。

 何度やっても、というのは昨日二人で挑戦していたクエストのこと。硬いのは敵の防御で、大きいのは敵の攻撃範囲。奥まで入ってくるというのは、一気に距離を詰めてくる突進攻撃のこと。気持ちいいのはまぁ多分達成感とか、そういう。確かに他にはないものだから、結局何度も挑戦してしまうのだけど、にしたって言い方があるだろ。

 周囲の様子をちらりと見る。面白がるとかいう以前に単純にドン引きしていた。しかもその視線は僕の方に向いている。多分僕が夜遅くまで彼女に激しく、こう、手を出していたとか、そういう風に思われているんだろう。誤解だ。心外だ。

「めっちゃ誤解が生まれそうだけど、わざと……?」

「……?」

 なんで首をかしげるんだよ、そこで。

「特に昨日のは凄かった。あんなに(回復薬)準備したのに全部使いきっちゃうなんて。途中で新しく買いに行った分までなくなっちゃうとは思わなかった。それに今日は喉の調子も変……声、出し過ぎたせいかも。昨日は本当に一晩中叫びっぱなしだった。ずっと『やめて』とか『もう無理』とか『許して』とか言ってた気がする」

 周囲の目が氷点下の冷たさを孕み始めた。多分今後僕は陰で絶倫呼ばわりされてしまうだろう。不服だ。もはや名誉棄損だろコレ。

「ちょっ、うん……確かに言ってはいたんだけど、えっと……ちょっとさ、もうちょっと言い方っていうか表現の仕方が……」

 さすがに僕が止めに入ると、不思議そうな表情が返ってくる。一瞬自分が間違っているんじゃないかと錯覚しそうになる。

「?昨晩あったことをそのまま話しているだけ。何も間違ってないと思う」

「うん、間違ってはないのが問題で……えっと……」

 だめだ、別にこいつがいかがわしい直接的なワードを使っているわけじゃないから指摘できない。そのまま昨日の出来事を話している、というのは全く以てその通りなのだ。

 だから指摘したらしたで僕が変態だというレッテルが剝がれるわけではないし、なんなら目の前の可愛い女の子の友達からもキモがれられる。てかなんか軌道修正を促せば促すほど不都合な事実を隠蔽して誤魔化そうとしてるやつみたいになってない?もしかして詰んだ?

「…?どうしたの。私、何かおかしなことを言った?」

「いや……言ってない。大丈夫。……それよりさ、今日はちょっとやめておこう」

 このまま話を続けていては良くない。無限に誤解が深まるだけだ。今更取り返しがつくかは分からないけれど、それでもより深めるよりはマシだろう。慌てて僕は話を終わらせに掛かる。

「そっか……うん、いいよ。何もなしってのはちょっとせつないけど、確かに毎晩だとハード。私は大丈夫だけど、貴方は毎日だと辛そう。今日は我慢する。早めに一緒お風呂入って早く寝よ」

「…………」

 もう、諦めたほうがいいかもしれない。僕は分かる。この子が言ってるのは『ゲームで一緒に遊べないのは寂しい。私は睡眠少なくても平気だけど、貴方が辛いなら今日はタイミング合わせて早めにお風呂とかいろいろ済ませてから、いつもより早いタイミングでゲームを切り上げよう』という意味だ。この子とはゲームを通してたくさん話しているから、多少足りなくても言わんとすることは理解できるようになってきた。

 でもそれは伝わるという話であって。

 今ポケットに入っている携帯電話が暴れている。この話を聞いた友達からひっきりなしに連絡が来ているのだろう。もう勘弁してほしい。

「う……でも、でもさ」

 泣きそうな声。見れば少し俯いた彼女が、寂しそうに僕を見ている。

 潤んだ瞳の上目遣いだ。

「どうしても……だめ?私、貴方が(使っている装備が)欲しくて、このままじゃ夜眠れない……欲しい、欲しいよ……」

「わ、分かった。分かったから泣かないで、言うとおりにするから!」

「……っ、本当?やった……!」

 結局断り切れない僕は、高校生活の前途を憂いながら、一週間のスタートを切るのだった。

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