まだ互いに未練がある4年ぶりに再会した元カノ

 そよ風、と言うには少し強い風が吹いていた。町中がクリスマスムードに賑わう、寒い冬の日。この辺りでは珍しく雪が積もっている。慣れない足元に気を付けながら、僕は喫茶店のドアを押し開けた。ドアに設置されたウィンドチャイムが子気味いい音を鳴らす。

「あの、一人なんですが」

 僕が言うと、お盆を小脇に抱えた店員さんは、申し訳なさそうに言った。

「大変申し訳ございません、只今満席でして……」

 見れば席は埋まっている。もう世間はクリスマスシーズン。店内は家族連れや恋人でにぎわっていた。吹雪から逃げるように舞い込んできて独り身には、居場所はないらしい。

「そうですか、ではまたの機会に」

「申し訳ございません。またのお越しを――」

「……あれ、アンタ、こっち帰って来てたんだ」

 背後に謝罪をする店員さんの声を聴きながら、今しがた開けたばかりの扉に手をかけたところで懐かしい声が耳朶を打った。

 剣呑さと柔らかさが同席するような声。以前より少しだけハスキーになったような気がするけれど、間違いない。

「久しぶり、だな……」

「いつぶりだっけ」

「4年、かな」

 高校卒業を機に別れた、僕の元カノだ。

 すらりとしたリブタートルネックが細身の彼女に良く似合っている。気怠い印象の垂れ目が僕を捉えた。

「アンタも一人?丁度良かった、リア充ばっかで気まずかったんだよね。ちょっと話付き合ってよ」

「まぁ、構わないけど」

 以前見た時より、綺麗になったと思う。あの時は未だ、幼さの残る顔立ちだったのだけれど……今はもう、素敵なお姉さんだ。以前とは違った魅力がある。

「何じろじろ見てんの。……あ、店員さん。この人に珈琲一つ。砂糖とミルクを――」

「砂糖は結構です。ミルクだけください」

「……へぇ、昔は入れてたじゃん」

「飲めるようになったんだよ」

 注文を済ませながらソファ席へと腰を下ろす。机の上には読みかけの本が置かれていた。昔から彼女が好きだった一冊だ。

 僕は窓の向こうの雪景色を見ながら言った。

「僕があげたそれ、まだ読んでるんだな」

「まぁね。愛読書ってやつ」

 会話はそれきり、一旦途切れた。

 店員さんが珈琲をテーブルの上に置いて、追加の伝票を入れて帰っていったのを見て、彼女は再び口を開いた。

「最近、どう」

「どうって、別に普通だけど」

「それじゃ話広がんないでしょ。アンタ、大学時代に友達とかいなかったの」

「いたよ」

「あっそ、じゃあ彼女は?」

「……それについては、なんといえばいいのか」

 僕は少しだけ口ごもってから続けた。

「いなかったわけじゃないんだけど……なんか合わなくて。好きだって言ってくれたのが嬉しくて付き合いはしたんだけどね。こんなことを言うのは、その…気持ち悪いなって思うんだけど」

「私なら、とか思った?最悪じゃん。そりゃ長続きしないよ」

「え、なんで分かったの」

「そりゃアンタのこと世界一見てきた自信あるから。アンタのお母さんにも負けないくらい」

 彼女は僕の指先を白魚のような指で握りながら、昔と同じ表情で笑う。

「それにさ、私も同じだから」

「同じ?」

「そ。私ってさ。結構モテるじゃん」

「まぁ、そうだね。綺麗だし」

「……っ、またそういうこと言う」

「本当のことだし」

「……はぁ、なんで私照れてるんだろ。で、話が逸れたけどさ。私結構お仕事してる時に連絡先の交換とかお食事のお誘いとか頂くわけ」

「やっぱりそうなんだ」

「うん。でもどこ行って何食べても、結局アンタと一緒にコンビニではんぶんこした肉まんの方が美味しかったなとか思うわけ」

「それ、僕大学時代に付き合ってた他の女の子に言ったことある。めっちゃ泣かれた」

「嬉しいけどなんか複雑。てかアンタ今も私のことめちゃくちゃ好きじゃん」

 照れたように少しだけ視線を逸らす彼女。

「好きっていうか……なんて言えばいいのかな。結局僕の中で君を超えられないんだよな。他の人たちに魅力を感じないわけじゃないんだけど」

「全体的に物足りなかったり余計だったり、ちょうどいいのがここなんでしょ。分かるよ」

「それだ。今みたいに上手に言語化してくれるのも君だからね」

 互いにこの人しかいない、なんてのはドラマチックで幻想的なエモい何かだと思っていたけれど……実際はこういう、相手の魅力を忘れられずに未練を引きずる生き物の常套句なのかもしれない。

「じゃあ、もっかい付き合う?」

「いや、ちょっと考えさせてほしい。あと十分くらい僕に頂戴」

「……まぁそれくらいなら待つけど、目の前で交際を10分躊躇われる側の気持ちも考えてほしい」

「躊躇ってない。決心しようとしてるだけ」

「じゃあさっさとより戻せばいいじゃん。何、アンタしばらく会わないうちに腑抜けた?」

「いや、付き合ったら本当にいよいよ戻れなくなるなって思って」

 僕が言うと、彼女はため息をついて、僕に向かって身を乗り出した。

 ナチュラルなメイクを施してはいるけれど、その奥の可愛らしい表情は変わらない。


「何言ってんの。お互いに戻れるところなんてもう此処しかないんだからもっかい始めようって言ってんの。クリスマスどうせ予定空いてるんでしょ。そのまま開けときなさい」

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