アイドルやってるけど家ではだらしない彼女

「ねぇ~、まだアイス余ってる?チョコバニラのぐるぐるソフトみたいなやつ」

「……お風呂入った後は服着て出てきなさい。はしたないよ」

「え~、いいじゃん。私の家なんだから私が服着てなくたって。貴方も私の身体好きでしょ?特に誰も困ってないし、お互いにとって幸せな関係。ここに一つの平和な世界が実現されたのだ」

「仮にもアイドルでしょ」

「今はオフで~す。お、レモンハイあるじゃん、ラッキ~」

 服どころか下着すら身に着けていない彼女は、その姿のまま冷蔵庫を漁っている。ここで洗濯物を畳んでいる僕は男なのだけど、そうした恥じらいはないのだろうか。

 単純に僕が男として意識されていないだけなのかもしれない。

「そのレモンハイ僕のだけど……まぁいいや、あげるから服着な。風邪ひくよ。最近ドラマのお仕事決まったんだから体調には気を付けないと」

 取り込んだ洗濯物の中から適当なものを見繕って彼女に放り投げる。面倒くさそうな顔でそれをキャッチする彼女。そんなに服が嫌いか。

「……黒かぁ。最近買った白のかわいいやつない?」

「お風呂入る前まで使ってたやつ?」

「あ、そっか。さっきまで使ってたんだ。急いで取ってくる」

「待って待って、綺麗なの使ってください。ってかもう洗濯機回したからびしょ濡れだよ」

 何ナチュラルに下着使いまわそうとしてるんだこの人。ダンスのレッスンがあるって言って一日中運動してたから汗とかいろいろ吸ってるだろうに。

「びしょ濡れでもいいよ~」

「よくない」

「え~。どうせ下だけじゃん。ブラは夜付けないしさ~、ダメ?」

「僕に媚びるな、ファンに媚びろ」

「貴方だってファンじゃん……あ、ほら丁度私の特集やってるよ?『次世代のテクノユニット』だってさ。嬉しいね」

 指さす方向を見れば、テレビに映った彼女がいた。この前までやっていたライブツアーの映像だ。白くてタイトでサイバーな衣装に身を包み、激しいダンスと高レベルな歌唱をきっちり決めている。ファンサービスも欠かさないあたり、さすがはプロだというべきだろう。家ではこんなんでも、名前くらいは誰でも知っている有名人なのだ。

「あ、見て。ここのファンサ、マジでエロくない?いや~我ながら天才すぎる~。こんなのされたら物販で散財しちゃうよね、うんうん。ありがとうございます」

「ほんと君そういうところあるよな」

「媚びろって言ったのは貴方でしょ。それに、私はこう見えて小学1年生のころから貴方一筋なんだけどなぁ。キモいプロデューサーと枕したこととか一度もないよ?」

「芸能界ってやっぱそういうのあるの?」

「そりゃあるよ。お金とちんちんを握らせ合って汚い芸能界は成り立っているのだ」

 ちんちんは握らせ合っちゃおかしいだろ、と思ったけど黙っておこう。世の中には知らなくてもいいこともある。

「でも私はね、そんなのしなくても可愛いし、ダンスも演技も歌も全部できる天才だからさ~。そのうち私を舐めてたやつらの方が必死に頭下げに来るようになってたよ。あ~気持ちええ~」

「君のそういうところ好きだよ。カスっぽいけど理にかなってるクズなとこ」

「全然褒められた気がしないんだけど。でも私のことがそんなに好きならあれ見る?ブルーレイ、まだ発売されてないやつだけど貰ってきちゃったんだ~」

 彼女は徐に鞄を漁りだす。なお今も全裸。いい加減着ろ。

「え~っと、どこやったかな~……これ、じゃなくて。これでもなくて」

「鞄、整理しなよ。やっておこうか?」

「あ~だめだめ、全部いるんだから」

「え……ほんとに?そのぬいぐるみとか何に使うの?」

「ぬいぐるみ……?あ~これか……なんか……なんかに使うよ。多分」

 全く具体性のない回答だった。それなりに場所をとるくせに、使っているところ見たことがない。本人も今存在を思い出したみたいな反応だった。本当に使うのか。

「ん、あった。これだ~。ではでは、これより上映会を実施しまーす。洗濯物を畳んでくれている人もソファに集まってください。ぶ----」

「最後のは何」

「ブザー音」

「あぁそう……じゃあせっかくだから見せてもらおうかな」

 促されるままソファに腰かけると、彼女は隣ではなく僕の上に乗ってきた。向かい合うような形だ。対面座位だろこれ。

「……見せる気ある?」

「ないことはないよ~。ほら、私の方が小さいし、ぎゅってすれば背中越しに見えるでしょ。これで大丈夫」

 鼻歌交じりに微笑んで、彼女はそのまま抱き付いてくる。細くて綺麗な肢体だけれど、女性的な柔らかさは失われていない。ハニーミルクのような甘くて優しい香りが脳髄を浸す。

 画面の中ではアイドルとしての彼女が登場し、大歓声に迎えられ、それに応えるようにファンサを返す。お手本のようなアイドルとしての立ち回りだった。

「えへへ、ちゅーしよ」

「……そういうこと」

「いいじゃん、誰も損しないしさ。するとしたら幻想抱いてる童貞オタクたちだけだよ~」

 普段はステージ上で熱い視線を受けて輝いているアイドルが、今、一糸まとわぬ姿で僕の上に跨って甘えている。背徳感で頭がおかしくなりそうだった。

 重なった唇の向こうから、率先して舌が割り込んでくる。

 生暖かい体温が咥内を蹂躙するように蠢いて、何かを啜るように絡みつく。

 どれくらいの時間そうしていたのかは分からない。一瞬だった気もするし、ずっと長い間そうしていたような気もする。

 いつしかテレビの中の会場のボルテージは最高潮に達していた。

 舌同士の間に、名残惜しむように銀色の糸が垂れて、消えていく。

「会場も盛り上がってきたことだしさぁ~……このまましちゃおっか」

 耳朶を溶かすような強烈な誘惑が理性の原型すら無くしていく。


「貴方も好きでしょ、こういう悪いことしてる気分になるやつ。……いいよ、今日大丈夫な日だから。ライブ映像見ながらアイドルとゴム無し生セックス、しよ?」

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