何処の方言かよく分からんけどかわいい方言ガール

「なぁなぁ、今日の授業あんまわからんかったんやけど、ここってどうやって解くん?教えてくれん?」

「別にいいけど授業終わってからにしたら…?先生めっちゃこっち見てるけど」

「え~いいやん別に。先生も私のこと好きなんよ、君と同じで」

「僕を巻き込まないで……」

「じゃあ嫌いなん?うちより先生が好きなん?」

「その二択だとギリ先生やな……あぁ、嘘、嘘だから、叩かないで……」

 今は五限目。昼食後の睡魔が襲ってくる時間帯だけど、僕にゆっくり寝ている暇はない。原因は目の前のこいつだ。最近転校してきた同級生の女の子。席は僕の一つ前。クラス委員ということもあって、いろいろ彼女には案内や説明をしてやれ、と担任の先生からは仰せつかっているのだけど。

「やっぱうちのこと好きやんな、分かっとるよ~見たら分かる」

「授業中だから。先生が凄い顔してるからやめなよ、そういうこと言うの」

「じゃあ、あとでやったらいいってことやんな。ほんとはうれしいっちゃろ?素直やないね~」

 なんとか僕が注意を促すと前を向いてくれた彼女。話してみるとご近所さんだということが判明して、朝から帰りまで特に予定のない僕は一日中この子について回ることになった。顔は可愛いし愛嬌はあるし素直で明るくいい子だけど、まぁ有り体に言うと馬鹿だ。可愛くて人懐っこいから許されているだけの犯罪が無数にある。そして何故か僕に懐いている。

 正直好みではあるから悪い気はしないけど、それはそれとして悩みの種ではあった。

「あ、そうそう、この問題なんやけど――」

「前向いて十秒でもっかいこっち見るな、後で僕が見るから今は先生の話を聞いてくれ」

「はーい、お世話になりまーす」


 とかなんとかあって、放課後。

 夕焼けが差し込むホームルーム終わり。これがエモなのだろうか、と思っていたらやかましいのが絡みついてきた。

「やー、待った?」

「待ったも何もずっと君も僕もここにいたでしょ」

「あれ……『今来たとこ』って都会の人は答えるって聞いちょったけど、そうやないん?うち騙されてる?」

「どこに住んでるとか関係なく、状況によるでしょ、それは」

 えへへへ、とすこしだらしなく笑った彼女は僕の髪を摘まみながら「引き抜いてもよか?」と訊いてくる。ダメだよ。

 僕は無視して続けた。

「で……さっき分からなかったって言ってたところってどこ?多分大体解説は出来ると思うけど」

「あー、それな?驚かんで聞いてほしいんやけどさー」

「…?」

「何が分からんかったかが分からんくなってたんよね。ねぇ、どこが分からんかったんやっけ?覚えてる?」

 至極真面目な顔つきで小首をかしげている。もう僕はこの子の面倒を見ることができないかもしれない。

「君のことは幼児か何かとおもって接したほうがいいかもしれない」

「あ、そういうのが好きなん?……うちは、いいけど」

 僕の言葉に、照れたように目を逸らす彼女。

「何か会話に齟齬がない?」

「いいんよ、別に。ただちょっと男の人とそういうのするん、はじめてやけ、緊張しとる……帰り道一緒やし、うち寄ってく?」

「い、いやいや、そうじゃなくて……」

「あ、自分の部屋に連れ込みたいとかそういう……」

「違う、もっと違う」

「そうなん。いけずやわぁ」

 にこにこと笑いながら楽しそうに告げる彼女。もしかしたら揶揄われているのかもしれない。会話を続けても埒が明かない。僕は帰ることにした。

「あ、帰るん?待って待って、うちも一緒帰るー!」

 鞄を持ち上げると、ひな鳥のように彼女は付いて来た。可愛らしいが、危なっかしさすら感じる人懐っこさだ。

「僕がまともな人間で良かったね」

「え、何急に、こわいんやけど」

「なんでもないよ。……って、なんで手を繋ぐんだよ。人に見られたらどうするの」

「いや……うちさ」

「うん」

「モテるやんか……?」

 甘えるような声音と視線がこちらを向く。あざといが可愛い。一抹の苛立ちを覚えた。

「……それが?」

「やけ、君に彼氏役やってほしいなぁって思うんよ。君はどうせ彼女もおらんやろうし、可愛い彼女役が出来たらそれはそれでラッキーやろ?うぃんうぃんってやつ」

「失礼な」

「おるん?彼女」

「…………」

「おらんやん、絶対」

 沈黙が全てを語っていた。何故僕は勝てない戦いを挑んでしまったのか。

 校舎を出て通学路を歩いている最中も繋がれた手は離れない。なんか変な汗かいてきた。

「……なんか喋ったらどうなん?仏頂面で手つなぎよるカップル気持ち悪くて仕方ない気がするわぁ」

「そんなこと言われてもな、カップルじゃないしな」

「あ、またそげなこと言って、いかんよ。役作りは己を騙すとこから始めなやん」

 頬をぷくっと膨らませた彼女は拗ねたように言った。あまりの可愛さに、すれ違った人たちが思わず二度見している。

「僕恋人いたことないから、分かんないよ。恋人って家に帰りながら何の話をするもんなの」

 僕が訊くと彼女は小さく笑った。

「うちも分からんよ、友達居らんし」

「恋人がいないどころの騒ぎじゃなかった」

 ふふっ、と空いてる手を口元に当てながら再び可愛らしく笑う。

「うそうそ、君はほんとに楽しそうにリアクションしてくれるからボケてて楽しかね。でもほんとに恋人とかおらんかったけ、うちもわからんのよな……練習、しよっか」

「僕でいいの?」

「当たり前やん、ってか君こそうちが他の人のとこ行ったら嫌やろ?」

「それは、そうかも」


「やろ?そういうことなんよ。虫よけに使わせてな、君のこと。うちのことはお洒落なアクセサリーかなんかやと思っててよかけんね」


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