めっちゃモテるけど彼氏と長続きしない女友達

「ねぇ聞いて~、また振られた。今月だけで3人目ですよ。ほんと勘弁してほしいって感じ」

 夕焼けが照らす並木道を歩く。伸びる影は二つ。

 歩きなれた通学路はすっかり秋の装いだ。足元に溜まった落ち葉を時折踏みつけながら僕たちは、もう何度目かも分からない彼女の元彼氏の話を聞いていた。

 青みがかったショートカットに白い肌。モデルみたいに小さな顔には、アクアマリンみたいな大きな瞳が二つ埋まっている。ドールみたいな顔立ちだ。僕は生まれてこの方、彼女より可愛い人間を見たことがない。決してお世辞だとか付き合いの長さからくる贔屓目とか、そういうのじゃなくて、本当に可愛い。

「大変だね君も。今回はどんな人だったの?」

「えっへへ、聞きたいですか」

「話したいんでしょ。顔に書いてるよ」

「にゃはは~、バレてますか。まぁあなたのリクエストにお応えして話しちゃおっかな」

 悪戯っぽく笑う彼女に肩を竦めて苦笑を返す。何をやっても、何を言っても、いちいち映える子だ。この一瞬ですら映画のワンシーンかと錯覚しそうになる。

「今回の彼氏の期間から発表するね~。ちなみに予想も聞いておこうかな、どれくらいだと思う?」

「傾向と対策を意識すると…うーん、5日間」

「あ~惜しい、3日間」

「ショボい連休みたいで面白いね。早すぎでしょ」

「ほんと失礼だよね~、向こうから告白してきたんだよ?百本くらいのバラ持ってきて『君を一生大切にする!』ってさ。ウケちゃった。面白そうだから付き合ったんだけど、すっごい性欲強くてさ。めちゃくちゃヤろうとしてくるんだよね。勝手に一生終えて来世に突入するのやめてほしいです」

 眉を八の字にしながらげんなりとした表情を作る彼女は、これもこれで可愛らしい。表情差分がどれも芸術品だ。すごい。

「先週泊まりに来てたのはそれのせいか。急にうち泊めてって言いだすから何事かと思った。どうせ『友達と夜遊ぶ予定があるんだよね』とか言って逃げてきたんでしょ」

「やっぱあなたはなんでも私のこと知ってるな~。かんぺきじゃん。だいせいか~い」

 よく考えれば泊まりに来てたのは丁度3日間くらいだった気がする。この子は以前からたまにふらっと僕の家に滞在しに来たりするからあまり気にしてはいなかったけど、そういうことだったのね。

「その節はお世話になりました。それでね、その人にデート?かなんかに付き合わされたんだけどさ」

「もうデートかどうかの意識すら薄いのほんと君って感じがする。面白半分で付き合ってたのが露骨だよ。そういうとこ好きだからいいけどさ」

「失礼な。面白全部だよ」

「より悪いじゃん。それで?」

「でね、その人に連れていかれたとこ、お洒落なパスタ屋さんだったんだよね。ほら、こういうとこ。雰囲気いい感じじゃない?」

 彼女は「ピザも美味しそうで気になってるんだよね。今度一緒に行こうよ。あなたのおごりね」とか言いながらスマホの画面を見せてくる。手描きの看板や並んだワインの瓶、控えめなシャンデリアが本格イタリアンの雰囲気と親しみやすさを上手に醸し出していた。

「わ、ほんとだ。美味しそうだね。ドリンク代くらいは出してあげるよ。でも自分の分は自分で出してください。僕は石油王ではないので」

「ほんと?やった~!言ってみるもんだね~。じゃあ今週の日曜ね。どうせ暇でしょ」

「僕のことなんだと思ってるの、暇だけど。暇にするけどさ」

「流石だね、流石私の彼氏枠」

「枠とってるだけで別に正式な彼氏じゃないのがミソだな……」

「君の彼女枠だからね~私は。彼女面の一つや二つさせておくれよ」

「はいはい、身に余る光栄です。僕の可愛い彼女枠が今日も可愛い」

 雑に頭を撫でると嬉しそうにはにかんで目を細める。呼吸してるだけで価値があるな、この生き物。

「でねでね、ここちょ~っと見てほしいんだけどさ。私の隣のカウンター席、自撮りしたとき写り込んでる人がいてさ」

 細い指先で画面をスワイプ。見せてくれた写真は、彼女が料理と一緒に写り込んでいる写真だったのだけど。

「これ、前の彼氏じゃん。気まず」

 隣の金髪ピアスはその一個前の彼氏だった。確かこの人は4日間続いたんだっけな、1週間だったっけな。どっちでもいいか。

「でしょ?相手も完全に気が付いててさ。私も変な笑い出て止まんなかった」

「そりゃ君みたいなのが来たら気が付くでしょ」

「あはは、褒め上手なんだから」

「まだ褒めてないよ。可愛いから目立つねって褒めようとしたけど」

「言わなくても分かるよ。私とあなたの仲なんだから」

「またこいつ、彼女面を」

「嫌なの?」

「いや全然。嬉しいけど」

「じゃあいいじゃん。でまぁその後のデート?もよく分かんない微妙な空気のまま進んでって、昨日あなたと会ったあとぐらいに別れ話切り出されたわけですよ」

「昨日…あぁ、僕が妹と歩いてたら背後から抱き付いてきたやつな」

「そうそう、あの時あなたから一口貰ったジェラートすっごい美味しかった。また食べたいな」

「一口って量じゃなかったけどね。半分くらい持っていかれた」

じっとりとした視線を送ってみると、舌をぺろりと出して目を逸らされた。あざといのに可愛いから特に文句は言えない。可愛いから。

「細かい男は嫌われるぞ。あなたは別だけど。……でね、その様子を見ていた元彼氏……あれ、名前なんだっけ。え~っとね、う~ん……」

「悩んでも出てこないのかよ。可哀想だな」

「私にとってもうどうでもいい人だからね。名前とか覚えている必要もないわけだし。カスでごめん~」

「いいよ、君はカスでもいいんだよ」

「ありがとう」

「どういたしまして。で、元彼氏はなんて?」

「なんか真剣な思いつめた表情で『さっきの男と俺、どっちの方が好きなの』って訊いてきたんだよね~。両肩必死に掴んでさ、痛かった」

 常識的な反応だとそうなるよな。特に彼氏という立場からしたらデート中に彼女が知らん男に抱き付きに行ってジェラート啄んでくるとか、キレないだけ優しい方だと思う。

「それで、君はなんて答えたの」

 僕が尋ねると、けろっとした表情で彼女は笑ってから。

 いつも通りの悪戯っぽくて可愛い表情で、悪びれもせずにこう言った。


「そりゃもちろん、『さっきの男の子の方だよ』って言ったよ。そりゃそうだよね~。数日前に付き合い始めた彼氏より、長年一緒で私のことよく知ってるあなたの方が大好きに決まってるもん」

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