隣の席のお手本みたいなツンデレガール

「あ、今日も来たんだ。どうでもいいけどあんま近づかないでよね」

「来るよ、今日も学校あるんだから」

「それ以上近づくの禁止。私の半径2mにはどういう事情があっても近づかないでっていつも言ってるよね。私」

「そうはいっても僕の席君の隣だからな」

 腕組み。足組み。きりっとした眼差し。可愛らしい顔と小さめの背丈の女の子なのだけど、態度と姿勢と表情がその印象を打ち消している。

 季節は六月の中旬。じっとりとした暑さが身体に纏わりつく今日この頃。隣の少女は今日も機嫌が悪い。僕に向かって突き放すような言動を朝一から浴びせてくる。

「暑いのはアンタのせいだからね。アンタが近いから、こうやって暑くなる。湿気も増える。雨も降る。あれもこれもぜんぶアンタが悪いのよ」

「とんでもない言いがかりだ。僕だって涼しくできるならそっちの方がいいよ。あれだったら使う?一応ハンディ扇風機あるけど」

「…ん、アンタが使わないなら借りてあげる」

「素直じゃないなぁ。此処のボタン押せば動くからね」

 最近買ったそれを彼女に手渡すと、徐にスイッチを入れる。これで少しでも機嫌がよくなってくれるといいんだけど。

「あ…いいね、これ。涼し…。ありが――」

 そこまで言って不意に言葉を止める。どうしたのかと思って視線を向ければ、顔を真っ赤にしてフリーズしていた。

「…なんでもない。アンタにしては気が利くじゃないって言っただけ」

「いや今完全にありがとうって」

「言ってない!ばか!言いがかりはやめてよね!」

 拳を丸めた彼女は、隣の席に座っている僕の膝の上に乗り込むようにしてぽかぽかと叩いてくる。全然痛くない。っていうか君から近づいてくる分にはセーフなのか、と思ったんだけど、言うのはどう考えても藪蛇っぽいので放っておく。

「私はね!アンタみたいなのが嫌い…ってほどでもないけど、でもえっと…好きじゃない…こともないけど、とにかく…そう!気に入らないの!」

「日頃の恨みつらみが今ここで。ちなみに具体的にはどういうとこが気に入らないの」

「えっと…そうね、例えばそういうとこ」

 膝の上の少女は、僕の首元にその小さくて柔らかい指を伸ばした。

 緩めていたネクタイを手に取ってからため息交じりに続ける。

「ま、暑いのはわかるけど……こういうの、だらしない」

 そう言うと、慣れた手つきで僕のネクタイを上手に整え始める。あっという間に結ばれてしまったネクタイは、自分で鏡を見てやるよりもよっぽど綺麗だ。ちょっと自信を喪失しそう。

「上手だな、ネクタイ結ぶの」

「…アンタが下手なんじゃないの。いっつも結び目が雑だったり傾いてたりするし」

「そうかな」

「そうよ。体育終わりとか特にひどいわよ。まぁ汗かいてるから気持ち悪いんでしょうし……私は、その、別にいいけど。でもほら、そんなんで怒られても面倒でしょ」

 口を尖らせながらそっぽを向く彼女。耳が赤い。

「よく見てくれてるんだね、僕のこと」

「っ、はぁ!?そんなんじゃないし!ばかじゃないの!?私がアンタのこといつでも眺めてるみたいな言い草やめてよね!私がアンタのこと好きみたいじゃん!」

 再び暴れ出す彼女だが、相変わらず膝の上からは動かない。いいポジションなのだろうか。可愛くて自分のことをたくさん見てくれる女の子だから、僕も満更ではない。伝えたら絶対気持ち悪がられるから言わないけど。

「ごめんね、分かってる分かってる。君は僕のことなんてなんとも思ってないんだよね、知ってるよ。大丈夫だから」

「……うぐ、私が言いたいのはそういうことじゃないんだけど…!」

 どう考えてもそういうことだと思うんだけど、何故か彼女は不満げだ。

 ちらりと周囲を見渡す。様子を眺めていた近くの席の友達が「お前が悪い」と口の動きとジェスチャーでアピールしてきた。どうやら僕が悪いらしい。なんで。

「まぁとにかく!私がアンタのことを気にかけてるみたいに勘違いされるのはムカつくって話。隣の席がアンタみたいなやつじゃなきゃよかったのになぁ」

 ちらっ。こっちの様子を伺いながらちくちくと棘を刺してくる。何だ、何を求められているんだ。分からない。

「えっと…そっか。うん、ごめんね、隣の席が僕なんかで――」

「あっ、えと…その…そこまで言うつもりじゃ……大体、私が素で居られるのとか、なんでかわかんないけどアンタだけだし…」

 瞬時に慌てたようにわたわたと手を振りだす彼女。どうやら違ったらしい。

「でも、君みたいな子に好きになってもらえる人は幸せ者だね。いいお嫁さんになるよ」

「っ、は、アンタ、急に何言ってんの、え、ちょっとまって……待って、急にそんなこと言われても…え」

 ぽかん、と目を丸くした彼女は、次の瞬間分かりやすいくらいに顔を真っ赤にして混乱し始める。心なしか僕の方に体重を預けているような気がした。

「な、なんでアンタはその、そういう風に思うわけ…!?特に理由とかそういうのはほんとうに全然ないんだけど、アンタが言うってことは理由があるってことだし、私以外聞く耳持たないだろうから聞いてあげる。はやくおしえて」

「なんか…さっきよりくっついてない?」

「気のせいだから!はやく!」

「いろいろさ、細かいところにも気が付いてくれるし、ちゃんと相手のこと考えられるからさ。困った時とか文句言いながら誰よりも先に助けてくれそうだし。ちょっと意地っ張りだけど、でもそういうところも可愛いし…」

「じゃあそれって……さ、アンタが私のこと……好きってこと?」

 そう、なるのだろうか。僕は自分の言葉を振り返ってみた。

 君に好きって思われることは幸せなこと。

 いいお嫁さんになるよ。

 いろんなところに気が付いてくれるよね。

 意地っ張りだけどそこも可愛いね。

 いや、いやいや。いやいやいや。

 …どう考えても口説いているとしか思えない内容だ。嘘を言っているつもりはないし、好きか嫌いかで言われれば大好きなんだろうなとは自分でも思うけど。

 怒っているだろうか。急にこんなこと言って困らせてしまっただろうか。

 恐る恐る膝の上の少女を見る。

「……どうなの」

 心臓がうるさい。

 呼吸が上手にできない。

 信じられないほどの緊張。きっとこの子にも伝わっているだろう。

「そりゃ、好きだけど」

 今更隠しても仕方がない。僕は潔く降参した。

 僕の返事を聞いた彼女は何やら呟き始める。

「……あっそ……そっか、そうなんだ。アンタ、私のこと好きなんだ。えへへ、そうなんだ。ふーん、そうなんだ。気持ち悪…えへへ」

 気持ち悪いと言いながら、その表情には笑みが隠せていない。

「ま、そこまで言うなら付き合ってあげなくもないわよ」

 両腕を回してコアラみたいに抱き付いてきた彼女は温かくて柔らかい。

 甘えるような声が僕の耳朶を打つ。

 今の彼女は、過去に類を見ないくらい、すこぶるご機嫌の様だった。


「アンタみたいなどうしようもないやつ好きになってあげるとか、私くらいしかいないんだからね!……大事にしなさいよ、ばーか」

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