恋人は違うけど結婚はしたいって言ってくる幼馴染

『君たち、付き合ってるの?』

 小学生のころから飽きるほど聞いてきた言葉は、大学生になった今でもまとわりついて離れない。

「え、えへへ、そう見えちゃう?」

 そしてまた、勘違いや噂されるたびに嬉しそうな幼馴染もくっついて離れない。距離感的な意味ではなく、物理的にくっついて離れない。あったかいからいいけど。

「昔からね、よく言われるんだ。二人付き合ってるんだよね!って。まぁそんなことないんだけど…」

 右腕に絡みつくこの子が苦笑しながら否定する度、辺りが驚愕の声を漏らす。僕もそう思う。どう考えても付き合ってるとか付き合ってないとかそういうレベルではない近さだ。僕も傍から見たら同じ感想を抱くことだろう。

「お前がいつでもくっついてくるからじゃないかな。勘違いされたくないならどこでも抱き付いてくるのどうにかしたほうがいいと思うんだけど」

「それはそれでなんか変な虫が寄ってきそうでさぁ。君は私の幼馴染なんだし、私がちゃんと認めた人としかお付き合いしちゃダメだと思うんだよね」

「とんでもない彼女面だ」

 本当にとんでもない彼女面だ。

「でも君も私が変な男に絡まれなくて済むから満更でもないんだよね~うりうり」

「否定はしないけど、腹を突くな」

「え~いいじゃん、えいえい」

 周囲の人間の目つきが変わる。具体的にはこう、疑念に満ちたというか。『どういう関係なんだ…?』という困惑の表情だ。まぁ真昼間から人前で服の中に手を当たり前のように突っ込んでいる男女など、バカップル以外の何物でもない。

『それで付き合ってないんだ…』

 僕たちに向けられた言葉、というよりも、どちらかといえば独り言に近いような呟きに僕たちは声を揃えて答えた。

「「付き合ってないよ。でも他の人と付き合うのはムカつくから牽制してるだけ」」

 再び、困惑の空気が満ちて、誰ともなしに『じゃあここで…』みたいな雰囲気で解散が始まる。

 いつもこうだ。僕たち二人が戯れていると、いたたまれなくなった皆が去っていく。結局残るのは僕とこいつ二人だけなのだ。人生とは、こうやって孤立していくものなのだと、中学生のころから僕たちは既に学んでいた。

「また微妙な空気になっちゃったね」

「いつものことだよ。僕はお前がいればそれでいいし」

「あ、今のちょっと彼氏っぽい!」

「別に褒められてる気にはならないな。彼氏じゃないし」

 ところ変わって彼女の自室。クリーム色のベッドに並んで腰かけながら、僕たちは中身のない会話を繰り広げていた。いつもやっていることだが、やはりこいつと一緒だと楽しい。他の人間に束縛されるよりは絶対にマシだと思うから、この関係を辞められないし、今更恋人とかそういう相手を探すのも億劫で仕方がない。

「でもまぁ、多分世間一般の言葉で言うと僕はお前が好きなんだろうな」

「それはね~、そうだよ。だって私で抜けるじゃん、君」

「性欲と感情を同一視するな、抜けるけど」

「私も同じ~。ゴムまだあったらあとでセックスしよ。シチュは痴漢で」

「またマニアックな」

 僕たちもそりゃ、年頃の男女なわけで。そういう行為にもある程度認識があるし、何より相手の性事情にはやたら詳しい。大学生になってからは親公認の同棲状態なのでより詳しくなった。いいのか、これで。

「今更気にすることないじゃん、私も君もお互いに性的魅力を感じているわけだし?これでも私は結婚するなら君かな~って密かに狙っているのだ」

「全然密かじゃないけどな」

「あれだけ牽制してれば、そりゃそっか。バレバレか」

「僕たちは別に『恋人』になりたいわけじゃないんだよな、ずっと一緒に居たいから結婚はするんだろうけど」

「そうなんだよねぇ。でもまぁ嬉しいものは嬉しいけどね。君と恋人扱いされるの。自分から『恋人だぞ!』っていうのはなんか違うなぁって気持ちなんだ」

「僕も違うなって思いつつ実際満更じゃないよ。お前めちゃくちゃ可愛いし」

「あ、口説かれた。照れちゃうな……うん、そうなんだよね。悪い気持じゃないんだけど、もうそういう恋人的な甘酸っぱい関係って私たちの間に望めないっていうか、あっても変な感じになっちゃう気がするんだよね~」

 僕の膝の上に頭を載せて転がりながら言う幼馴染。「君の膝の上は安心するな~住みたい」などと意味不明なことを言ってはいるが、なんとなくニュアンスは理解できる。

「自意識過剰じゃないと確信して言うんだけど、お互いにとって『こいつは自分のものだ!』って認識が当たり前すぎるんだよね僕たち」

「あ、そうそう。それだ~分かってる~。なんか他の人が近づいてくると…なんて言えばいいんだろ。恋人に対するそれってよりは、どっちかっていうとお気に入りの玩具を取られちゃった気分に近いのかな。私がずっとそれで遊んでたいのに!って感じ」

「いい表現だな、それ。僕もおんなじ気持ちだ。別にお前が何してようが止める権利はない気がするんだけど、それはそれとしてムカつくからずっと一緒にいる感じ。今更他の人と付き合ったとしても多分お互い三日くらいで『あいつだったら分かってくれたのにな』ってなって喧嘩になるんだと思う」

「あ~それ!めっちゃ分かるかも。グループワークの時とかめっちゃイライラするもん!私が『アレ』って言ったらこれのことに決まってるじゃん!っていっつもイライラしてる。君は私が言う前に視線で分かってくれるから……」

「めちゃくちゃ理不尽だけどな、それ。でもご飯食べてる時に僕が『…ん』って言ったら、ティッシュ欲しいのか水が欲しいのか食器が欲しいのかくらいは分かってほしいよね」

「それもだいぶ理不尽じゃないかなぁ~」

 膝の上の幼馴染は抱き付いてくる。

 僕は彼女の頭を優しく撫でる。

 今までに何度も繰り返してきたシチュエーションだけど、他の誰かを想像するとやっぱり違う。僕たちは互いに長く浸りすぎたのだ。


「でもそんな理不尽も私なら分かってあげられるし、大きくなったらゆるっと結婚しちゃお~。うちのママもパパもそのつもりみたいだしさ~」

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