自他ともに認めるロリコンなせいで彼氏ができない女友達

「ロリってさぁ~可愛いよねぇ」

 机に突っ伏してほわほわと世迷言をまき散らすのは隣の席の女の子。だぼっとしたカーディガンが良く似合っている。髪は亜麻色のゆるふわボブカット。

 今日も一日の授業が全て終わり放課となるのだが、毎日僕は彼女のぶっ飛んだ会話に付き合う羽目になっていた。高校に入学したての頃、勇気を出して隣の女の子に話しかけてみたのだけど、まさかロリコンだったとは。

「今日も言ってるよ」

「明日も言うよ~幼い女の子は軒並み可愛いのだ~。うわ~拉致したい」

「なんで捕まらないのかが不思議なくらい正々堂々と犯罪者だな。今朝も舐め回すように幼稚園児見てただろ」

「あ、女の子のこと盗み見るなんていけないやつだなぁ君は」

「いけないのはどう考えてもお前の方だろ。保護者の方とかは何も言わないのか」

 僕の質問に小首を傾げた彼女は少し考えて、

「う~ん、いっつもみんな『おねえちゃんだ~!』って手を振ってくれるし、お母さんたちも挨拶してくれるよ。今日も頑張ってね~って」

 えへへ、とはにかんでいる姿は確かにどこからどう見ても人畜無害だ。彼女の性癖を知らない人間からすれば子供に優しいお姉さんのようにも見えるのかもしれない。見た目も可愛いし、愛嬌だってたっぷりだ。

「君も一緒にロリコンになろうよ、楽しいロリライフを満喫しよ?」

「それお前が可愛い女の子だから許されているだけであって、僕みたいな友達少ない根暗陰キャが同じことしたら即刻通報されるからな。僕の第一印象の悪さを舐めるなよ」

「わ、凄い怒っとる。てか可愛いとか普通に言われちゃった。照れるかも~」

「あ……ごめん、キモいよな、首吊ってくる」

 よく考えたら僕みたいなヒョロガリ根暗オタクに話しかけられる時点で発狂ものなのだ。可愛いなんて言われた日にはPTSDを発症しかねない。すみませんでした。

 僕はのろのろと彼女に背を向けて歩き出す。その背中に慌てて彼女が飛びついてきた。柔らかくていい匂いがする。冬服越しに触れているというのに、女の子が密着しているという事実だけで心臓の動きがめちゃくちゃになる。童貞だから仕方がない。

「いやいやいやいやいや、落ち着こうよ、幼稚園行く?」

「どのみち絞首刑だもんな……どっちでもいいか」

「わ~~~~っ!!なんでそんなにナイーブになっちゃったの?!ちゃんと殴ってあげなかったから打たれ弱くなっちゃった?」

 ごめんね、ごめんね、と何故かしきりに謝りながら僕の頭を撫でてくれる。嬉しいけど、どういう感情で向き合えばいいのかよく分からない。本気で死ぬ気もないのに自殺をほのめかす質の悪いオタクジョークが微妙に通じていない。それともこれも冗談に乗じているのか?分からない、女の子の感性とか全然知らない。

「君に死なれたら私は誰にロリの魅力を吹聴したらいいんだ~!ロリとくっつくことを生き甲斐としながら、ロリに触れることを拒むロリコンの鑑だと知っているのは君だけだというのに~!」

「いざ言葉にされるとめちゃくちゃ怖いなお前」

「女の子で良かったなって思うよ、最近めっちゃ思う」

 ふと互いに冷静になって声のトーンを落とす。

 夕暮れの教室、とんでもない性癖を大声で叫ぶモンスターが細長い根暗の自殺を必死に止めているという構図を彼女も想像したのだろう。視線を向けずとも渋面を作ったのがよく分かった。

「何やってんだろうね、私たち。ロリがどうのこうのって、よく考えたら私って性犯罪者じゃないかな~!」

「そんなんだから可愛いのに彼氏ができないんだよ。あとしれっと僕をロリコン仲間に入れるのやめようよ、僕は同級生みたいに年が近い子が好きなんだよ」

「あ、ロリから逃げるな、卑怯だぞ!……また、かわいいっていわれちゃった」

 背後の彼女は抱きしめる力をぎゅっと強くして、にやついた声で続ける。

「ロリからは逃げられても~、私からは逃げられませ~ん。残念でした!」

「あ、やめろ、僕は童貞だぞ。女の子に免疫がないんだ、あまり過剰に接触すると勘違いしてしまう。ってか接触とかいらない、毎日おはようって言ってくれるだけで『もしかして僕のこと好きなんじゃないか?』ってありえないレベルの邪推をしている。キモいな、死にたい」

 徐に窓枠に足をかける僕。

「わ、わわわやめろやめろ!冗談なのはずっと分かってるけどもし本当に死んじゃったらどうしようってなって悲しくなるから~!!!」

「優しいな」

「大体全然勘違いじゃないよ!ばか!」

 窓から引き剥がすように体重をかけて僕を引っ張ると、できた隙間に回り込むようにして彼女が入ってくる。うっすらと目には涙が浮かんでいる。本当に悲しませてしまったらしい。罪の意識を感じる。

「ご、ごめん。泣くなって、冗談だ、もうやめるよこういうこと言うの」

 カーディガンの裾で涙を拭いながら、彼女は頬を膨らませた。怒ったり泣いたり忙しい子だ。

「それはもういいけどさぁ~!君はいい加減私の気持ちに気が付いてくれてもいいんじゃないのかなぁ!」

「えっと…?怒ってるのは死をほのめかしたからでは…?」

「それも、怒ってるけど…でも、それよりも!君のその…『もしかして僕のこと…』ってやつ、ほんとにそうだから!」

「…………え」

 心臓の鼓動が露骨に早くなる。呼吸が上手にできない。えっと、まさかそれって。希望が生まれる度に、そんなわけないだろ、と脳内でそれを打ち消す。彼女と出逢って今までずっと続けてきた習慣だった。

 もしそれが間違いだったとしたら?

 ――勘違いだということ自体が勘違いだったとしたら?

「君は特別なの!緊張するけど毎日お話したり一緒に帰ったり、たまにはこうやってスキンシップ頑張ってみたりしてるんだからいい加減君のことが好きなんだって気づきなよ!ばか!」

 ぽかぽか、と僕の胸の中で拳を振り回して暴れ出す。本当に悔しそうだ。「絶対告白させてやるって思ってたのにぃ~!!」と嘆いている。

 こういう時、どう言えばいいんだろう、と思ったけれど。僕なんかに気の利いたことが言えるわけがない。

 結局口をついて出たのはこんなつまらない言葉。

「えっと…僕なんかでいいの?その、ロリとかじゃないけど」

「む、何言ってるんだよ~」

 それでも小さく笑ってくれた彼女。

 僕に頬ずりをして…愛おしそうに言葉を紡ぐ。

 この時の台詞はやっぱり、彼女らしいな、と。そう思う。


「も~、私に付き合ってくれるのなんて君くらいなんだからさぁ~!ロリと君は別腹なんだよ~!!!」


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