かれこれもう1ヵ月くらい僕を監禁しているお姉さん
「ねぇねぇ、そろそろ気が変わった?私と結婚してくれる気になった?なったなら早くサインと印鑑欲しいな。私生まれた時からずっと待ってるんだよね、君と結婚するの」
「………嫌です」
「ん、まだ殴られたりない?私は言葉で教えたいな、暴力って獣の躾だから。それとも君は殴られるのが好きなんだっけ。私がお嫁さんになったら毎日殴ってあげるよ。優しくされたいなら毎日甘やかしてあげる。一人じゃ呼吸もできないくらい」
だから早く結婚してほしいな、等と言いながら僕の顔を遠慮なく殴ってくるお姉さんが目の前に立っている。モデルなんかをやっていそうな綺麗な人だ。すらりと伸びた手足。引くほど小さい顔。笑顔がとんでもなく可愛くて、目を細めた表情はとっても美人で、殴る力は結構強い。自分の今の顔は久しく見ていないけど、多分痣だらけになっているんだと思う。
「だから、できませんって結婚は…」
「もう、強情だね。何が不満なの?言ってごらん」
僕の髪を鷲掴みにして強引に視線を合わせて微笑んでくるお姉さん。
芸術品みたいに可愛いのが一周回って怖い。鬼みたいな表情してくれていた方がまだ覚悟は決まるのに。
「痛いです…」
「えー、今まで何万回も殴ってきたじゃん、今更こんなので泣き言?」
吐き捨てるように笑うお姉さんの顔はやっぱり可愛い。だからこそ怖くて、何度見ても「この人には勝てないんだ」って本能で理解させられる。
「別にさ、私と結婚できないって言うならお付き合いからでもいいよ。何なら友達からでもいい。あ、都合のいいセフレとかから始めようか?君が望む関係性で私は構わないよ。だからちゃんと君の世界に私を取り込んでほしいな」
「…前も言いましたけど、僕にはお付き合いしている彼女が――」
僕はそう口にしてから、しまった、と自分の軽率さを恥じた。この人は僕が彼女の話をしたとき、手より刃物が出る。1週間くらい前、迂闊にも僕はその話題を出して肩口に包丁を刺されたばかりだ。貧血気味で眩暈がするしまだ傷も塞がり切っていない。
「あっ…ごめんなさい…っ」
「ふふ、怯えちゃってかわいい~。でも大丈夫だよ、もう君を刺すことはしないから」
けれど、恐れていた鋭い痛みは訪れない。
僕はぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開いた。
楽しそうに笑う、素敵なお姉さんがそこにはいるだけ。
「え…っと」
「今までごめんね、痛かったよね。毎回ちゃんと消毒して手当はしてたけど、傷はすぐ塞がらないよね、本当にごめんね。もう自分の身体以外で君に
にこにこ、と。むしろその話題が出るのを待っていましたと言わんばかりにお姉さんは笑っている。口角は今にも裂けそうな鋭さ。凄絶な笑みだ。
「なんですか…それ」
「あーこれ?」
ふと気づく。この部屋には真っ黒なゴミ袋が部屋の隅にいくつか並べられていた。昨日はこんなの無かったはずだ。中身は色のせいで見えないけど、何かがいっぱいに押し込められているように張りつめていた。
「ふふ、知りたい?」
お姉さんはその中の一つを重そうに担いで僕の目の前まで持ってくる。
「…………なんですか、この臭い。冗談ですよね」
それを動かした途端、突如として赤錆びた鉄の匂いが広がった。殴られたとき、自分の口に感じる感覚と同じ、いやそれよりももっと濃い。濃密な、生物の残骸の臭い。
「久しぶりの再会だね、君の大好きだった彼女さん。ほら彼女さん、彼氏くんだよ~こんにちはしようね~」
そう言って結ばれた袋を開く。見たくない、けれどその中身が気になる僕の前。僕が覗き込むより早く、零れ落ちてくるものがあった。
「…っ、ぉえ……っ」
目だ。目玉、眼球。きっとあの子の。
もう光は消え失せているけれど、それでも分かる。僕を見ている。
ごろり、と零れ落ちたそれは僕の足元まで転がってきた。もう、生き物ではなくなってしまったそれを見て、怒りや後悔、いろんな感情が喉の奥から噴き出してくる。
「あっ、ひどいな。彼氏なんでしょ?彼女見て…うわ、本当に吐いてる。勿体ないからあとで容器に掬って食べるね」
「アンタ…狂ってる…」
「そうだよ?私、君のことが好きだもの。君の好きなもの全部消していけば私のこと好きになるの、当たり前だよね」
「そんなわけ…ないだろ」
こんなことするやつと結ばれるなんて死んでもごめんだ。
「あはは、可愛いね。強情だね。でも君が真っ先に好きだって私のことを言ってくれればこの子は死ななくて済んだんだよ。もう君が殺したようなものじゃん。本当に好きな相手だったら遠ざけるべきじゃないの、護るためにさ」
「何勝手なこと言ってる…殺したのはアンタだろ」
「ん、煩いね。立場がまだ分からない?君が私と結婚するっていうまで君の大切な人たちはゴミ袋にどんどん入っていくんだよ。そんなに難しいことかな、私と一生を誓うだけでいいんだよ。もういいじゃん、君の彼女、もう死んでるんだよ。死んだらもうセックスもできないじゃん。諦めて私と一緒に居ようよ」
「くそっ…!外せ!」
藻掻いてみても手錠は外れない。僕の骨に噛みつくみたいに食い込むだけだ。
僕の感情を全部嘲笑うみたいに、冷たい温度と痛みを返してくる。
お姉さんはそんな僕を見て楽しそうに微笑んだかと思うと、そのまま自分の着ていたジャケットを脱いだ。
僕と、転がっている彼女の眼球に見せつけるみたいに丁寧な所作で、内側のシャツも、ハイウエストのスキニーも、下着も、全部。
そのまま僕の上に跨って、弾むような上気した声で僕の耳朶を擽る。
お姉さんからは、致死量の砂糖みたいな匂いがした。
「外さないよ。それよりさ、せっかくだし、彼女さんに見てもらおうよ、私たちが繋がるとこ。君、手錠で繋がれてるからすっごい溜まってるだろうし、彼女さんも君のこと見てたいだろうし、ちょうどいいよね」
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