私生活まで普通に管理しようとしてくるマネージャー

「いいですか、ちゃんと聞いてください。今日はこのままお家に帰って、20時半までに夜ご飯、21:00までにお風呂に入ってください。ちゃんと聞いてますか、先輩」

 隣で元気に揺れるポニーテール。快活な声音には少し叱るような響きが籠っている。時刻は19時を過ぎたあたり。部活の備品を片付けた僕は帰宅するところだった。

「全く、先輩は自己管理がなっていませんからね。私がこうやって毎日毎日丁寧に指導して初めて理想の部活動生活が送れるのです」

「だからって家に泊まり込んでるのはおかしいと思うんだけど!」

「いえ、おかまいなく。両親は既に他界しておりますので」

「重いよ、話が重いから言い返せないよ」

「先輩のところもご両親が海外勤務とのことで先輩一人ですし、ちょうどいいじゃないですか。私も一人暮らしだと力仕事とかストーカー被害とか、いろいろ気にすることがありますので」

「そりゃ…僕の方も、いろいろ生活を管理してくれるのはありがたいけど」

「ですよね。先輩は一人じゃなんにもできませんので」

 少し突き放すような口調とは裏腹に、マネージャーは僕の手を握って指を絡めてくる。俗に言う、恋人繋ぎ。

「こういうの、人に見られたらまずいんじゃないの。噂されるよ」

「先輩と噂になるとかほんとありえません、最悪です。そんな不快な妄想をされるくらいなら両親のもとへ行きます」

「だめだ、まだやりなおせるよ、考え直して」

「あ、先輩のご両親の方です。ご挨拶にと」

「お前ほんと僕のこと好きなのか嫌いなのかはっきりしてほしい」

 後輩はいつでもこんな感じだ。

「もちろん、嫌いですけど。でも先輩が一人だといろいろ危なっかしいじゃないですか。キッチンで火が出たら困るのは先輩だけじゃないんですよ、アパートなんですから」

「料理くらいできるよ、幼稚園児じゃないんだから」

「じゃあ料理作るのやめてください。私の存在意義が……じゃなくて、こう、持ちつ持たれつじゃないですか」

「なんで弱気になるんだよ。お前が作った料理の方が好きだから手伝いに専念するよ僕は」

「は、気持ち悪。ほんとあり得ない。口説いてるんですか?今日は特別にアイス買っていいですよ」

「怒ってるのか照れてるのか分かりにくいやつだなお前」

 二人手をつないだままスーパーに向かう。ひんやりとした空気が半袖には少し寒くて、腕をさする。

「多分同級生いるよねここ、繋いだままでいいの」

 クール系のこいつは他人の目を結構気にするんじゃないか、と思っていつも声をかけているのだけど、後輩の返事は決まっている。

「だって、繋いでおかないとどっか行くじゃないですか、先輩」

「お前が方向音痴なだけだよ。『お肉探しに行ってきます』って言いながらお菓子売り場でずっとうろうろしてたこともあったし」

「あれは夜食用のベビースターを探していただけですけど。あまり馬鹿にしないでもらっていいですか。ベビースター舐めてるんですか」

「お前を舐めてるんだよ」

「馬鹿にされたものですね。まぁいいですけど。先輩は年齢以外私に勝ってませんからね。私がいない生活をもう忘れてしまった生き物が、吠えています。あ、今日は豚こまが安いですね。あとはもやしとキャベツと……味噌ちょっと入れて、いい感じにしますかね」

 くだらないやりとりをしながらも、マネージャーはいろいろ栄養価などを呟きながらカゴに食材を入れていく。どうやら栄養士としての勉強もしているらしく、態度はともかく他の部分は完全に信用してもいい。

「あ、何か失礼なことを考えましたね、先輩。今日は床で寝ますか?」

「もしかして心が読めるひと?」

「私、心理学も勉強してますし、何より先輩には詳しいですから。先輩は失礼なことを考えるとき、人差し指に力が入るんですよ」

「…え、そうなのか」

「もちろん嘘です。手を繋いでいるのに特に理由とかないですし。恋人みたいですね」

「さらっとそういうこと言うね」

 レジを済ませ、帰途に就く。マネージャーは手際がいいので買い物にはそう時間はかからない。

「食費はまたレシート出してくれたら渡すね。いつもありがとう」

「いえ、これくらい。ギブアンドテイクです。先輩のためにやってるんじゃないので。そのへんは勘違いしないように」

「はいはい。分かってるよ。荷物重いでしょ、僕が持つよ」

「…じゃあ、お願いします」

 とか、こういうやりとりをしながら家に到着。

「先輩、どうぞ。荷物重いでしょうし先に入ってください」

 いつの間にかしれっと持っていた合鍵を使って家の扉を開けてくれたマネージャーに感謝しつつ、家に帰ってくる。一人暮らし用のワンルーム。少し広めにはしているけれど、それでも二人だとちょっと狭い。

「今日もお疲れ様。大変だったね。いつもありがとう」

「別に。大変なのは先輩も同じでしょう。大会も近いのにテストも控えてますし。授業中もちゃんと起きて集中していると聞きました」

「誰に聞いたの」

「え、先輩と同じクラスの人ですけど」

「怖いけど…?」

「本当はおんなじクラスで受けたいのに、人伝での監視で許してあげているワタシって多分優しいと思うんですよね。提案なんですが、先輩、留年しませんか?」

「気軽な提案で僕の人生を狂わせるな」

「いいじゃないですか。そしたら部活辞めて私と一緒にデート…じゃなくて勉強したりデート…じゃなくて買い物とか行ったりして、仲良く…でもなくて、えっと、いい感じに暮らしましょう」

 子気味いい音を立てて野菜を切りながらマネージャーはそう言って小さく笑う。突拍子もない意見だけど、この子は本気でそういうことを言う。

「ここから通えるところに大学は行くつもりだよ」

「…む、それだと私が先輩と離れるのが寂しいみたいじゃないですか」

「違うのか」

「違いませんけど、認めるのが癪なので歯向かってみました。私先輩のこと、結構強めに好きなので。不満ですか?こんな愛情表現の下手な女に好かれて」

 包丁を動かす手を止め、振りむく彼女。

「僕、今更お前がいなくなるとか言われても困るけど」

「ふーん、ふー----ん、そうですか。やっぱり気持ち悪いですね」

 悪態をついてはいるけれど、口角が上がるのを堪えきれていない。

 嬉しい、のかな。これ。分かんないけど多分そう。


「………嘘です。いっつも気持ち悪いって言ってごまかしちゃいますけど、お礼とか感謝とか好意とか、ちゃんと言ってくれるとこ、本当は好きですよ。ありがとうございます」


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