かわいくていい匂いでダル絡みしてくる部活の後輩

「やー、せんぱいせんぱいせんぱい、抱っこしてください」

「いきなり何。自分の年齢を思い出せよ」

「え、女の子に数字に関すること聞いちゃうんですか?デリカシーなさ過ぎでしょ、今年で16ですけど」

「一個下なんだから知らないわけないだろ」

「じゃあなんで聞いたんですか。タイムリープしてきたとか?」

「後輩の年齢で年代特定しようとするガチで気持ち悪いやつみたいな扱い辞めてもらっていい?その年齢で何駄々こねてるんだって言ってんだよ」

 文芸部、と言えばこう、お堅いイメージがあるかもしれない。日々詩を書いて小説を書いて研究を重ねていく。青春を文学の中に突き落とすような、そんな世界を想像されるかもしれない、が、現実はこうだ。

 僕はラノベを読む。

 後輩こいつは僕にダル絡みをする。

 そういう場所だ。そして文芸部の残りのメンバーは5人ほどいるが全員幽霊部員。幼児退行したモンスター女に嫌気がさしたらしい。まぁ文芸部って聞いてやってきたらこんなのがいて、部長もそいつをあしらいながら読んでるのがラノベだったら帰りますわな。

 そのモンスター女は図書室の長テーブルに横になってごろごろ転がっている。君、図書委員でしょ、いいのそんなことして。

「おい、スカートの中が見えるけど」

「見せてるんですけど」

「見せるな。ってか普通に体操服のハーフパンツ履いてるじゃん。期待させないでよ」

「何ガッツリ見てるんですか、気持ち悪。近寄らないでくれますか」

 と言いながら僕の腕の中に猫じみた動きで滑り込んでくる。お前から近づくのはセーフなんかい。後輩ルールはよく分からない。

 正直平常心は乱れているけれど、後輩と二人の時間を過ごし過ぎたせいか余計な緊張はない。ただコイツ可愛いしいい匂いするなって感じだ。えっとえっとどうしよう、みたいに焦ることはない。お互いにゼロ距離が心地よくなってしまってる。

「てか、もう帰りましょうよ。いい加減帰宅時刻ですよ。ルールを守れない部活動に未来は無し!具体的にはラグビー部!」

「酷いヘイトスピーチだ。あの人たち大会が冬まであるから受験大変なんだよ、見逃してやりなよ」

「まぁ特に恨みはないんで恨むだけにしとくんですけどね、五寸釘ごんごんごん」

「虚無から恨みが生まれてるが…」

 窓の外から練習するラグビー部を覗き見る。後輩は指さしながら何かを喚いているが、僕が頭を鷲掴みにすると静かになった。楽でいい。

「いたい、いたいです先輩」

「ごめん、でもこれも愛情なんだ」

「キツイ形の愛情が来ましたね。ラノベの読み過ぎでは?」

「うわ、なんてこと言うんだお前。愛情って歪んでいればいるほど美しいんじゃないのか」

「…え、先輩そういうのが好きなんですか、じゃあ丁度良かった」

「何がちょうどいいんだよ」

「私の愛情、歪んでるので、ちょうどいいかなと」

 一瞬見つめ合う僕たち。

「…?」

「いやなんでそこで何にも思い当たらないんですか!鈍感とか言う次元じゃなくてもう言語能力にダメージが出てますよそれ」

 暴れる後輩が何かを言っているが、そのまま階段を降りて校門を出る。

 見慣れた帰り道。

「じゃあお前も気を付けて帰れよ、僕はこっちだから」

 いつも後輩と分かれる交差点までやってきたのだが、何故か今日の後輩は腕にくっついて離れようとしない。甘える猫のように喉を鳴らしている。やめろ、好きになるぞ。

「あ、今日はこっちなんで私も。奇遇ですね、先輩と帰り道がおんなじなんて」

「急に帰り道が変化するとか奇遇とかそういうレベルではないだろ、奇跡じゃん、引っ越し?」

「寄り道です、今日は寄っていくところがあるので、そちらへ寄ってから帰ります」

「僕の家の周り、僕の家しかないよ、自慢じゃないけど」

「まさにその通りです、先輩」

 僕が田舎丸出しの自虐ネタで滑ったところで、後輩がびしっと指を突きつけてくる。ほっぺに刺さっている。やめてくれないか、薄っすら痛い。

「私は今日、先輩の家に寄り道するんです。ぱちぱち」

「口で言うな、ぱちぱちとか。はしたない」

「はしたなくはないでしょう。ってか寄り道の件はスルーですか」

「だって親がストップかけるだろ、流石に僕がいきなり後輩の女の子連れて帰ってくるとは思わないだろうし」

「あ、それなんですけどね――」

 後輩が何かを言いかけたタイミングで僕のスマートフォンが振動。さすがに通話中にまで騒ぐつもりはないのか、僕の背中にセミのように張り付いた。ちょっと汗をかいた後輩の女の子の匂いが、僕を困らせた。

「はい、もしもし」

「あ、お兄ちゃん?今日後輩の女の子もついてくるっていってたよね!ごはんもうすぐ出来上がるから急いで!」

 相手は妹だった。いや、それよりも。

「後輩の話、したっけ」

「うん、なんかね、お兄ちゃんのお友だちって聞いた。いっつも先輩にはお世話になってます!って。すごくいい人で、ママともすぐ仲良くなっちゃって、今日夜泊まっていくんだって!たのしみだね!じゃあ早く帰って来てね!」

 妹はそれだけ言って電話を切る。

 僕の家はもう目の前。そして背中には後輩。おかしい。話がうまいこと進み過ぎている。

「どうやって脅した」

「人聞きが悪すぎませんか!?」

 背中の生き物がショックを受けていた。

「私は非合法な手を使ったりはしてないです!ただ先輩の妹さんとお義母さんと仲良くなっただけで」

「気が早い言葉が聞こえた気がする」

「別にいいじゃないですか、どのみち結婚のときはご挨拶しなきゃいけないんですし。遅いか速いかの違いでしかありませんよ」

「なんでお前はそんなに僕と付き合ってるやつっぽい発言をしてるの」

「そりゃあもう、唯一の部活の後輩ですから」

 えっへん、と胸を張る後輩。

「背中で胸を張るな。ふにっとする感触が首筋に来るだろ」

「先輩ほんと私のおっぱい好きですよね、揉みます?今日夜一緒に寝てもいいよって許可もいただいてるので、せっかくなので既成事実でも作っときますか」

「マジでどういう猫の被り方したらその許可が取れるんだよ、初対面の大人から」

 後輩は手が早い。

 というか常識を疑うレベルで僕の暮らしに対する侵食が進んでいる。乗っ取られる日も近いか。

「ささ、今日は朝まで一晩中いちゃいちゃして、明日の昼まで寝ましょう!服脱いだままで、で、めっちゃ匂わせた投稿しましょうよ。マジで部活動停止になるくらいのスキャンダルかましたくて仕方ないです」

「声がでかいし大問題だ」

 あと明日水曜じゃねえか。学校あるだろ。サボる気か。まぁいいけど。

「声が大きいのが嫌ってことは、囁けばいいんですかね。ASMRってやつですか、耳舐めとか、しますか」

「今するな、耳べたべたなるだろ」

 言うが早いか耳たぶを噛み始めた後輩。全く話を聞いていない。

 仕方がないのでそれを背負ったまま帰宅。

 母と妹は「仲がいいね」と笑っていたけど、常識的に考えていろいろおかしい。


 ちなみに夕飯は唐揚げだったし、夜、僕は後輩に喰われた。

 インスタはもちろんネットパトロールに見つかって二人とも停学になったし、停学の間にもめちゃくちゃセックスした。

 マジでしょうもない人生に足を踏み出したかもしれない。

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