放課後バイクで迎えに来る他校のふんわりした先輩

「なぁ、なんか俺たちの方見てない?」

「マジじゃん、え、もしかして声とかかけられちゃうのかな!?」

「しかもあの制服…入試マジでムズい私立のやつ…」

「……気のせいじゃないかな」

 僕は黙ったまま、友達と一緒に教室を出て昇降口へ向かう。大体靴を履き替えているくらいで友達がざわめきだした。曰く、『校門にすげー可愛い人がいる』とのこと。

「お前も見てみろよ!マジでかわいいから!」

「いや…俺はいい」

 知ってるよ、と答えそうになるのをぐっと飲みこむ。見るまでもない。先輩だ。僕たちの放課のタイミングに合わせていきなり校門に現れる美人など、先輩しかいない。

 靴を履き替えて、友達三人に混じってしれっと先輩の隣を通る。のほほんとした、ふんわりとした、ぼーっとした、そんな感じに可愛い女の人が、校門付近に背中を預けるようにして誰かを、というか僕を待っている。

 傍らにはヤマハのバイク。細かい名前は忘れたけど、青くてかっこいいやつ。

「……」

 無言で隣を通り過ぎる僕。

「お、少年。逃がさないよ~」

 そして、首根っこを掴まれた。

 同時に、周囲の視線が僕に向いたのを感じる。あぁ、この感覚はやはり苦手だ。可愛らしすぎる人だから、その相手に対するハードルも上がる。

 僕じゃそのハードルは越えられない。僕は渋面を作った。

「…もう、いっつも駅の裏とかで待っててくださいって言ってるじゃないですか。なんで校門のすぐ横で待つんです。気まずいんですけど」

「え~少年に早く会いたかったし~」

「なんでそっちが拗ねるんですか…」

 背後から友人たちの動揺する声が聞こえる。罵詈雑言も混じっている。

「にぎやかなお友だちだね~。男の子しかお友達作ってなくて偉いぞ~」

 わしゃわしゃと頭を撫でるその手つきは乱暴だけど優しい。こういうところで年上なんだなと感じる。なんだか落ち着くし嬉しい。でも人前ではやめてほしいかな。

「ごめんね、少年は私が借りていくよ~。今日は朝まで付き合ってもらうからね~」

 先輩は友人三人に向かってにっこり微笑んでから、僕にヘルメットを投げて渡す。

「じゃ、行こっか~。今日はどこ行きたい?」

「どこでもいいですけど、暗くならないうちに街まで帰って来れるところがいいです。先輩、運転荒いので」

「え~文句あるの、置いてくよ」

「連れてかないでくださいよ置いてくなら」

 そんな会話をしながら先輩の後ろに座る。何もここで乗らなくても、とは思うけど、このまま二人でバイク押しながら歩くのも妙なのでここは我慢。

「…少年、照れてる?もっとぎゅ~ってくっつかないと落っこちるよ」

「人前なんですけど!同級生の前なんですけど!」

「知りませ~ん」

 先輩は僕の両腕を握って、自分の身体に密着させるように手繰り寄せてくる。確かに、同乗者はしっかり掴まっていないと危険だから正しくはあるんだけど、人前で女の子に抱き付かなきゃいけない僕の気持ちも少し慮ってくれてもいいと思う。

 そのまま緩やかに発進。

「可愛いね、少年は。赤ちゃんみたいだ」

「学年は一つしか変わらないでしょ」

「私はダブってるので2つ上、つまり二年先輩だけどね~」

「それ何回も聞いてますしなんで誇らしげなんですか」

「二年先輩だから~」

 ダメかもしれない、この人。

「で、この後どこ行くんですか」

「ん~とりあえず海。なんかエモいことしよ~。砂浜に流木でラクガキして、君にインスタに『#最強の先輩』『#先輩しか勝たん』『#このまま二人で漂流してもいい』とか書いて投稿してもらうつもり~」

「他人のインスタをなんだと思ってるんですか?」

「え~いいじゃんケチ。私はインスタのアカウント持ってないし、使わせてもらうしかないの」

「作ればいいじゃないですか。先輩は可愛いから、いっぱいフォロワーも増えると思うんですけど」

 何しろ普通に立ってるだけであの注目のされ具合だ。インターネットに私生活を上げるだけでフォロワーが食いつくこと間違いない。てか僕もフォローさせて。

 だけど先輩は、ちっちっちっ、と舌を鳴らして楽しそうに笑う。

「私の私生活は、ゆくゆくは少年の私生活とイコールになるのでアカウントは一つでいいんです~」

「…というと」

「ん~?少年は私と結婚してくれるんだよね~」

 当たり前のように先輩はこういうことを言う。僕のことを気に入ってくれているのか、単純に面白そうだから揶揄っているのかは分からない。

 だからまぁ、僕もふんわりとしたノリでいつも返している。本気でも冗談でもどっちでもいいし。

「先輩がいいならいいですよ。こんな普通の高校生よりもっといい人がいると思うんですけど」

「いないよ~」

「フォローされた」

「ほんとのことだからね~。少年ももうすぐ結婚できる年齢になるし、これは私、本気にしちゃってもいい感じかな~」

 のんびりとした口調だけど、なんだか普段よりも言葉に感情が乗っている気がする。

「まぁ…他に相手もいないし。ってかキスもその先もとっくに終わらせてるのに、今更そういうの確認するんですか」

「ん、一応ね。君がいいって言うんだったら~、そうだな~、今日の予定は変更してもいいかな~」

「僕は先輩が行くならどこでも行きますよ。てか振り落とされるかしがみ付くしか選択しないですし」

 あはは、と楽しそうに笑う先輩。だけど背中越しに感じる先輩の心臓は早鐘を打っている。本気にする、という発言はあながち嘘というわけでもないらしい。

 先輩の声は震えている。明るそうに見えて、どこか不安そうだった。


「じゃあ今日は、私の両親にご挨拶してもらおっかな~」


 笑いながら、先輩はいつもと違う道を曲がる。

 僕はいつもより強く、先輩のことを抱きしめた。






 ちなみに、これは僕が先輩のご両親に大層気に入られた後の帰り道の話。


「実は前々から彼氏がいるって話してたから、少年が『いや結婚は無理っすね』とか言ったら一緒に死のうと思ってたんだよ~」

「…まぁ、女友達作るなって言い聞かせてきてた辺りで、闇が深そうだなとは思ってましたけど。心中ですか」

「あ、バレてたんだ~。そう、心中!なんか魂が一緒に溶けあう感じがして素敵だよね~。結婚した後も浮気とかしたらすぐ心中しちゃうぞ~」

「はいはい」

 これは冗談っぽく聞こえるけど多分、本気なんだろうな…。

 僕はため息をつきながら、今日も先輩の横を歩いた。

 そして、きっと明日からも――僕は先輩の横を歩いていくつもり。



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