初彼女の報告したらマウント取りだす幼馴染

「へぇ、彼女できたんだ。よかったね。何年ぶり…ってか初めてだっけ。それはおめでたいね。ずっと彼女が欲しいなって言ってたもんね。小学校から言ってなかった?ほんとマセガキだったよアンタ。で、どっちから告白したの」

「相手の方から…」

「……だと思った。アンタにそんな勇気ないもん」

 初めての彼女が出来た、と伝えると、幼馴染は呆れたように肩を竦めた。言葉でこそ祝福してくれているようだけど、表情は喜んでいるとも悲しんでいるとも違う。

 敢えて形容するなら、面白がっているような、そんな感じ。

 放課後の教室で二人、隣同士。

「彼女が出来たら、こういう距離感も慎まなきゃいけないのかな」

「え?別にいいんじゃないの。てかアタシとアンタが幼稚園の頃からの幼馴染で、毎日一緒に過ごしてるって知ってて告白してきたんでしょ」

 首を傾げながら幼馴染は続ける。

「アタシたちってもはや兄妹みたいなもんだよね。普通の恋人は自分と付き合ったからって異性の家族との付き合いを制限したりする?しないよね、だから別にいいんじゃないの。ってかむしろもっと距離近くてもいいくらい。だって付き合ってる相手がいるならアタシらがなにしてもだれも誤解しないし」

 誰もいない教室で立ち上がった幼馴染は、そのまま僕の背中に覆い被さるように抱き付いてくる。背中に柔らかい感触。鼻孔を擽る、慣れ親しんだ落ち着く匂い。

「そういう、ものかな。彼女は嫌がるんじゃ」

「アンタはどうなの。大事なのは相手のことじゃなくて自分のことでしょ。恋愛なんて娯楽とか趣味と同じようなものなんだし、そもそも向こうから告白してきたんだよね。だったらそっちに合わせてアンタがいろいろ考える必要はないの」

「まぁ…僕としては、お前とも仲良くできればなって思うけどな。一緒に居て落ち着くし、なんかお前と会った後はよく眠れるし」

「でしょ。なんなら今日一緒に寝る?うち今日親いないから泊まり来ていいよ。最近お風呂もリフォームしたんだよね。広くなったし二人でも入れる。また昔みたいに背中流してよ」

「あー…いいのかな、それ、流石に彼女的にアレっていうか。彼氏が他の女の子と一緒にお風呂入ったり一緒に眠ったりするのは…」

 僕がそう言うと、幼馴染は呆れたように首を横に振った。お前はいつもそうだ、とでも言いたげだ。

「付き合って一日目で気にしすぎだって。さっきも言ってたけど、最初から相手の都合に合わせていろいろやってたらますます素の自分を出せなくなるよ。お互いのことどうせまだほとんど知らないんでしょ。だったら今のうちに普段通りの生活して、それで嫌だって言うならそれまでだったってことでしょ。無理をする関係なんて疲れるだけ。てか普段通りの生活してるだけで不安になるとか、それ信じてもらえてないだけだよ」

「女の子的には…そういうものなのか」

「しーらね。でもアタシはアンタが疲れてまで他のやつと付き合うのは見てても楽しくないし、そんな思いさせるやつがアンタの彼女を名乗ってるのがムカつく。どれだけアンタのことを相手が好きだろうが、アタシが世界で一番アンタのことに詳しいんだよ。アタシが」

「それは…そうだね。お前と僕、クラスが小学生のころからずっと一緒だもんな。いろいろ裏工作するからいっつも席替え僕と隣だし」

「裏工作って言わないでよ、アレは運命の演出」

「まぁ面白いかもな、そういう運命も」

 今日も僕はこいつと隣だしな。先生もいい加減疑ってたけど、別に授業の妨害をするわけでもない僕たちを無理やり割くのも思うところがあるらしく、現状そのまま。

「あはは、まぁ運命は仕組めるものだけど、結局都合のいい形に収まるからね。何か行動して変わったように見えても、アタシにもアンタにも収まるべき居場所があるってこと。そしてそれが、お互いの隣なの。分かるでしょ」

「僕もそう思うよ……って、きつく抱きしめすぎ。胸が当たる」

 ぎゅっ、と背後の幼馴染が腕に力を籠める。人をダメにするような弾力が背中に当たる。大きいわけではないけれど、決して無視できない感触。慣れ親しんだ幼馴染だとは言っても、血の繋がらない、同い年の女の子だ。意識しないわけにはいかない。

 そして多分、こいつは僕が意識するのを分かっててやってる。

「当ててるんだけど」

 ほら。

「…僕、男なんだけど」

「知ってるけど」

「こいつ」

「何、まさか彼女が出来た当日に他の女の子に欲情したりとかしてないよね。アタシは別にアンタがアタシでどんな妄想してようが受け入れてあげるけど、他のやつじゃ耐えられないだろうね」

「だったら」

「ま、アタシはただ胸当ててるだけだし、こんなのいっつもやってるじゃん。だからアンタにとってこれは普通。浮気とかじゃない。だから大丈夫。もしこのくらいのことで文句言うようなやつだったら本当に相性が悪かったと思って諦めたほうがいいよ」

「……そう、なのかな。ごめんね、分かんないんだ。僕の知ってる女の子ってほとんどがお前だからさ、言われたこと、信じてもいいんだよね」

 さすがに内容が内容だったので確認すると、背中側から更に身を乗り出した幼馴染はそのまま僕の顔を覗き込む。上下逆さまで見つめ合うような形で、視線を交わすと、幼馴染は子供っぽく笑った。

「当たり前。アンタと一緒に育ってきた幼馴染が言うんだから間違いない。アタシがアンタに嘘ついたことある?アタシ、嘘つかないよ。…まぁたまに、言い方があれなときはあるけどそれはそれ」

 小さく音を立てて僕と唇を至極当然のような仕草で重ねた幼馴染は、弾むような足取りで荷物を抱えて教室の出口まで歩いていく。僕もそれを追いかけるように鞄を手に取った。

「キスくらい幼馴染は普通にするって言ってたけど、未だに慣れないな…緊張する。お前はそういうの、慣れてるのか?」

「いや全然。めっちゃドキドキしてる。胸触ってみる?」

「それは…流石に」

「いいよって言ってるのに。じゃあ今日お風呂入るとき、せっかくだから全身洗ってよ。慣れる練習だと思って」

「世の中の幼馴染はそういうもの?」

「そういうものだよ。さ、帰ろっか」

 幼馴染は僕に嘘をつかない。昔からそうだったから信用できる。


 廊下を歩く帰り際。幼馴染は普段と変わらない様子で鼻歌をうたいながら僕に問いかけた。いつもの声音なのに、どこか心に影を滑り込ませるような、底知れぬ響きがったかもしれない。


「もし、さ」

 僕たちを照らす夕焼けに差し込む影。その中に溶け込むようにして笑う。


「もし、アンタがただ普通にしてるだけで否定されたり拒絶されたりするようなことがあったらさ、今度はアタシと付き合ってみようよ。将来ずっと一緒にいるなら、お互いのこと知ってる方が絶対楽に決まってるしさ」


 他の女より絶対上手くいくよ、と。

 どこか確信めいた表情で幼馴染は言う。

 そして僕は、それを信じる。

 幼馴染が言うことが間違っていたためなんて――ないのだから。

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