兄の身の回りのことは妹の仕事と思っているタイプの妹
「兄ちゃん。夜遅くにごめん。ちょっといいかな」
控えめなノック。時間は十一時を回ったあたり。小さくドアを開いて覗き込んでくる影があった。茶色のショートボブが小さく揺れる。中学二年生になったばかりの妹だった。
「いいよ、どうしたの」
机の上に広げていた英語の参考書に栞を挟みつつ、椅子をくるりと回して入り口の方へ身体を向ける。僕のおさがりのパジャマを着た妹は、バツが悪そうにそわそわとしていた。普段は割と元気いっぱい、といった雰囲気の妹にしては珍しい。何か悩みでもあるのだろうか。
「入ってもいい?」
「もちろん。ベッドとか座ってて。ココアでも淹れてこようか」
「んーん。大丈夫。夜も遅いし、歯もう磨いちゃったから。ありがと、優しくて。兄ちゃん大好き」
にこにこ、とほほ笑む妹。中学生にもなればそれなりに多感な時期で、異性の兄弟は蔑ろにされることも少なくない、と聞くけれど。うちの妹は僕を邪険にするどころかより一層距離を詰めてくるようになった。幼稚園や小学校に通っていた時よりも、一緒に寝ようと言ってくる頻度は高くなったかもしれない。
「ん、そっか。それで、何かあったのか?浮かない顔してるけど」
「やっぱりわかるんだ。さすがだね。十年以上私の兄ちゃんやってるだけはある」
「見たらわかるよ、それくらい」
「えへへ、さすがだなぁ。こういうのはやっぱり一番最初に兄ちゃんが気づいてくれるんだよね…でさ、お話ってのは、さ」
そう言うと、妹はやわらかい指先をすっと向ける。その先には僕の部屋のゴミ箱がある。クリーム色の箱にスーパーの袋を被せるように入れた、何の変哲もないゴミ箱。
「昨日の夜さ」
「うん」
「兄ちゃん、したでしょ。ティッシュ、丸まってるの入ってたから」
「……えっと」
「ごめんね。気持ち悪いかなって思ったから今まで内緒にしてたんだけど、兄ちゃんのゴミ箱、ずっとチェックしてたんだ。お菓子の袋とかいらなくなったプリントとか、そういうの調べるとなんとなく安心して、幸せな気分になるんだ。兄ちゃんのこと、もっともっといっぱい知れるような気がして」
慌てて取り繕うようにまくしたてる妹。その表情はいつもの可愛い妹なのに、どこか不気味さを感じる。それでも嫌いにはなれない、深淵にも似た妙な愛おしさがあって目が離せない。
「べっ、別にね?怒るとかじゃないんだ。その、男の人はそういうことするものだって分かってるし…私だって、ほら、するし……えっと、私が言いたいのはね」
両手をわたわたと振り回していた妹は、少し声のトーンを落として呟くように続けた。どこか泣きだしてしまいそうな、切ない響きがあった。
「…その、さ。昨日、私と一緒に寝たよね、兄ちゃんの部屋で。私が寝た後にしたんだよね、うん…それが、さ」
「気持ち悪かった、ってことだよな。ごめ――」
「あぁ全然、それはいいんだよ。気にしないで。むしろ気にせずいつも通りにしてくれてて安心したの。でもね、多分使ったの、ネットに転がってる動画…とか、だよね。兄ちゃんいろいろ見てるの、知ってるよ」
こういうのとか、こういうのとか好きでしょ。と言いながら自分のスマートフォンを見せてくる妹。そこには僕のブックマークが完璧にコピーされていた。ご丁寧に日付のメモまでついている。常軌を逸した調査力だった。
妹はその中の一つを強調するようにタップして微笑んだ。
「こういうのだったらさ、私でも、ううん、私にしか出来ないんじゃないかな?こういう兄妹禁断の倒錯近親相姦!とか……ちょうど都合よく兄ちゃんのことが大好きでなんでもしてあげるって妹がいるんだよ。画面見ながら自分でするより、本物の妹使って気持ちよくなる方が絶対いいよ!ね?」
妹は言うが早いか着ていたパジャマのボタンを一つずつ外し始める。
「いや、いやいやいや、待って、落ち着いて」
「む、女の子がこんなに勇気出してるのにビビってるの、兄ちゃん」
「それは…まずいでしょ、流石に」
「大丈夫だよ。ちゃんとゴムとか、用意してるから。…恥ずかしかったんだよ?そこのコンビニで制服のまま買ってきたから、同級生に見られたらどうしようかと思った。次は兄ちゃんが買ってきてね」
そのまま妹は部屋の電気を消す。枕もとの間接照明だけがぼんやりと僕と妹を照らしている。なんかちゃんとそういう雰囲気になってきたけれど、本当にいいのだろうか。
「倫理観がおかしくなる…」
「いいよ、兄ちゃん。私と一緒におかしくなっちゃおうよ」
ぎゅっ、と音がするほどに妹は抱き付いてくる。普段から意識はしないようにしていたけど、この状況になってまで無心で居られるほど自我は強くできていない。
身体に当たる柔らかい感触が、たとえ妹であったとしても――妹という倒錯的な存在だからこそ、背徳感が妙な興奮をそそるわけで。
「えへへ、兄ちゃんも反応してるんだ。嬉しい?兄ちゃんのこと大好きな中学生の妹が誘ってきて嬉しい?もー、しょうがないなぁ」
正面から抱き付いたまま、服の中に手を差し込んでくる妹。
少し熱っぽい体温と混ざり合うようにして、僕たちは朝を迎えた。
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