一緒に学校サボってゲームしてくれる女友達

 午前九時。学校は憂鬱だ。行かなくてはいけないとは分かっているけど、信じられないほどに足が重い。毎朝起きる度に風邪をひいていればいいな、と考えてしまうくらいには、僕は学校が嫌いだ。全くついていけない授業。明らかに異分子扱いされている教室内。何処に居ても誰かが疎ましそうな目つきで僕を見ている。居心地が悪くなって学校を休む。そうするともっと疎ましそうにされる。

 不登校というのは、永遠に這い上がれない沼だ。朝日が自分を責めているように感じるし、母親の「今日は行けそう?」という気遣いに満ちた掛け声さえ泣きたくなるほどに心を痛めつける。

 毎朝毛布を被って世界から逃げている。

 今日もそういう一日のはずだった。

「…ひっ、誰から…」

 着信。知らない番号だった。出るべきか、出ないべきか。画面に映っている電話番号を確認する。学校からの電話じゃない。もちろん両親でもない。じゃあ間違い電話だろうか。

「も、もしもし…」

 結局、迷った僕は電話に出た。

「んー、おは。私は同じクラスの委員長だけど…っておい、今切ろうとしただろちょっと話聞け」

「何……」

 女性らしくない、というか男性的な口調。ものぐさそうなトーンで彼女は続ける。

「別に学校に来いとか言わねえよ。いや先生は来れそうか訊いてみて、とか言ってたけど。しんどいんだろ、そんなグロいこと言わねえよ。鬼じゃねーしな、私だって」

「じゃあなんで…」

「あぁ、それな。ただ遊ぼうかなって思って。暇だろ?」

「……が、学校は?」

「ははっ、お前が言うんかよそれ、おもしろ。学校じゃ私も清楚系委員長で通ってるんだ、欠席の10や20はないのと同じだっての」

 本当に心底楽しそうに笑う声が聞こえる。ハスキーでロックな声だ。

 数えるほどしか学校には行っていないけど、その時の委員長は眼鏡でロングのお淑やかな人だったと認識していた。変わったのだろうか。

「お前の家でいい?」

「え、ほんとに家来る気?」

「嘘ついてどうすんだよ。そう、今から行くの。ってか学校サボるの久々だしテンション上がるな。せっかくだからなんか買ってく。何がいい?ピザポテトとか?」

 電話の向こうからはすごい風の音と、時折鳴らされる自転車のベルの音が聞こえる。この時間に学校の外にいるってことは、本気で学校行かないつもりなんだ、委員長。

「個包装のほうが…いいかも。手が汚れるから」

「あー、頭いいなお前。じゃあなんか、カントリーマアムとかにしとくか」

 それだけ言うと通話を切る委員長。え、てか本当に来るの。

 だとしたら非常に良くない。僕は部屋の中の様子を見る。決して散らかっているというわけではないし、なんなら高校生男子の部屋にしては片付いている方だとは思うけど、配置されているものがものだ。

 いろいろと年齢を誤魔化して購入したそういうゲームやグッズが本棚には結構並んでいる。まさか部屋に誰かが来るなんて予想していなかったから一切隠していない。両親でさえこの部屋にはもう数年間立ち入っていないから油断していた。

「えっと…何から片付ければ…」

 と、考え始めたところでチャイムが鳴る。

「おーす、来た。遊ぼうぜ」

 楽しそうな声が玄関の向こうから聞こえた。本当に来たのか。

「はい…今開けるね」

 もう今更何をしても間に合わない。観念して僕は扉を開いた。

「やー、張り切って買いすぎちまったな」

 その向こうに立っていたのはパーカーにスウェットという出で立ちの少女だった。普段はお淑やかで大人しいイメージがあったのだけれど、耳にはインダストリアルピアスが覗いている。普段とのギャップに混乱してしまった。

 手にはマイバッグらしい袋が提げられている。中からはいろんな種類のお菓子やジュースが見て取れた。

「入っていいか?今日寒くて困る」

「どうぞ…あんまり人に見せられる状況じゃないけどね」

「年頃の男子なんてそんなもんだろ。いいよ別に。うちだってバイブとか転がってるし」

「ばっ…」

 思わず答えに窮してしまう。バイブって、あの?

「反応デカすぎ。童貞かよ、ははっ」

 けらけらと楽しそうに笑う彼女から荷物を受け取り、とりあえず自分しかいない家のリビングへと案内する。父と母と僕の三人暮らしだけど、少し広めのリビングスペース。四人分の椅子があるダイニングテーブルだったり、其れとは別に用意されたテレビ前のソファだったり。家族全員がインドア派なこともあって家庭内の設備は充実している。

「おー、結構いい部屋だな。うちマジでボロアパートだから感動するぜ」

「そうなの…?てっきり君は結構育ちがいいというか、丁寧な暮らしをしているものだと思ってたけど」

 僕が訊くと一瞬目を丸くする委員長。次いで噴き出すように笑った。

「はははっ、まぁ高校ではそう見えるようにやってたからな。品行方正にして眉目秀麗、才色兼備。お前らがイメージするザ・委員長!って感じで振る舞ってるとそう思われるよな」

「高校では、ってことは」

「あぁ、中学まではマジで荒れてたぜ。このピアスも小学生の時から空いてるしな」

「小学生…それはかなり、なんというか、すごいね」

「すげーだろ。親からはそのあたりからもう勝手にしろって言われててな。でもま、流石に高校でまで踏み外してるのはアレだと思って、せめて学校のやつの前では猫被ってるってワケ。進路とかにも響くしな」

 ま、このピアスは学校でも付けてるけど、と笑う彼女。黒髪ロングだと耳元も隠れるし、体育もいつも見学してレポート点で評価を貰っていると聞いている。確かにそれならバレないか。

「で、どう?こういうのちょっと興奮するだろ?普段はお淑やかな委員長が耳にバチバチピアス空いててオフだと口調も雑だったりとか」

「する……あっ」

 つい反射的に賛同してしまった。

「だよな~私もこういうの好きだしわかるぜ。ヤンキーが猫拾ってるのと逆バージョンだよな。こういうのがヘキだから私もこういうスタンスでやってるんだ」

「うん…そういうの、自分だけが知ってるとかだったら猶更テンション上がる。あの人、こうなんだよ、みんな知らないだろうけどって」

「じゃあ私に関しちゃお前がその唯一知ってるやつってことになるな。さっきも言ったけど学校のやつらの前じゃ猫被ってるわけだし」

「え…僕に見せていいのそれ」

「?なんでだ?お前学校嫌いなんだろ?じゃあいいじゃん。最悪知ってても言いふらすダチもいねーだろうしな」

「うぐ」

 痛いところをサラッとついてくる。僕が一瞬落ち込んだのに気が付いたのか、彼女は掌を背中にバシバシ当てながら悪かったよ、と謝ってきた。

「いいよ…僕に友達がいないのは本当のことだし」

 もうバレてるなら隠す必要も無いし、露骨に落ち込む、というか拗ねてみる。すると彼女は何やら考えるように指を顎に当てて何かを考え込むと――

「じゃあ、私がお前のダチになってやるよ。私もダチいねーし。普段からつるむやつは正直めんどくさいっていうか、余計なことしでかしそうで怖いんだよな。学校で話す奴らも私本来の性格を知れば離れていくような奴だし。お前は人畜無害っぽいし、素の私でも全然引いてないし、うんうん、唯一のダチとして歓迎しよう」

「いいの、それで」

「いいんだよ。つまらないこと気にしても仕方ないし、なんかゲームしようぜ。なに持ってる?私ゲーム得意だからな、負けて泣くなよ」

「マリオカートで良かったら」

「お、いいじゃん」

 そうしてゲームを起動。テンションの高い声から始まる、お馴染みのアレ。

 で、スタートしたわけだけど。

「あっ、それはズルくない?何で終盤まで赤甲羅構えてんだよ」

「いや…逆転するためには温存が必要だから」

「てか操作難しいな…くっそー、妹とやった時はもっと上手かったのに!」

「妹さんとも一緒にやるんだ」

「ん、まぁな。あいついっつも壁に突っ込んで逆走してるし。私はちゃんと走れてるから上手い方、お前がうまいだけだからな、勘違いすんなよ」

「あはは、うん、そうだね」

 委員長はそんなに上手い方ではなかった。中の下くらい。でも楽しそうに笑いながらゲームをするからこっちも楽しくなる。

 こうやって順位が付くゲームは相手によってはギスギスしたり最悪友情崩壊したりすることもあるけど、この人はそういう雰囲気にはならないみたいだ。負けた試合も負けた試合として楽しめる人らしい。

「君は、その…怒らないんだね。こういうゲームって喧嘩とかになっちゃう人もいるんだけど」

「…?なんで喧嘩になるんだ。ただのゲームだろ。キレてる方が頭おかしいんじゃね。楽しく遊ぶためのやつだし、何より単純にお前と遊ぶの楽しいし!」

 本気で意味が分からないといった顔で首を傾げる委員長。最後のにかっと笑った顔、凄くかわいかった。童貞だから女の子に可愛いとか言えないけど。

「でもま、確かにちょっと他のゲームとかあったらやってみたいな。協力とかできるやつ」

「あ、他のソフトなら僕の部屋にあるけど…」

「そうなのか、じゃあそっち行こう。善は急げだ」

 言うが早いか、彼女は立ち上がって僕の部屋を探しだす。すぐにルームプレートを見つけたのか、僕の部屋の扉を開けてしまった。

「あ、意外と片付いてんじゃん。てか広。自分の部屋があるだけで羨ましいのに、いい部屋だな。広さも……性癖も」

「もう見つかったのか」

「そりゃ見えるだろ。こういうのって普通ベッドの下とか引き出しの奥とかに隠してるもんじゃねえの。なんでこんな堂々とエロゲ積んでんだよ。親は何も言わないのかよ」

「入らないで、って言ってるから」

「あっそ、折角だしチェックしてもいい?」

「ダメって言って聞くの」

「おー、さっそく私のことわかってんじゃん。手荒に扱ったりはしないし否定したりもしないよ。ただ私が面白がるだけ」

 心底楽しそうに笑いながら彼女は棚の上を調べ始める。あぁ、まさかこんな形で露呈するとは。

 僕はすべてを諦めて自分のパイプベッドに腰を下ろした。

「へぇ、学園ものが多いな。現実はこんな甘くないけど」

「なんてこと言うんだ」

「はは、すまんすまん。でも私みたいなのがいるし、現実も捨てたもんじゃないだろ」

「まぁ、そりゃそうだけど。なんでそんなに自信あるの」

「…え、私って可愛くないのか、もしかして」

「いや…それは…」

「おい、渋るな、言えよ」

「可愛いと、思う」

 すると彼女は耳に手を当てて「聞こえません」のアピール。この人、僕の反応を分かっててやってるのか。

「かっ、可愛いと思います!」

「お、上出来~。でもお前の方が可愛いな、そういう必死なとことか」

「馬鹿にしてる?」

「褒めてるんだよ」

「騙されないぞ…」

「あははは、ほんとなんだけどな。お、こっちは本のコーナーか。一番使用感のあるやつ探したろ」

「マジでそういうリアルな視点から探されるのメンタルに来るんだけど」

「これが一番使ってるっぽいな…えー、何々。タイトルは――」

「読み上げたら出禁にする、必ず」

「分かった、分かった。ごめんごめん。でもお前、こういうギャップある委員長とか本当に好きなんだな。へー、このキャラって舌ピ開いてんのか。私も開けたら好きになってくれる?」

 こちらに振り向きながら目を細めて笑う姿、本当に可愛いと思う。心臓がさっきから変な動きしてるし。

「…っ、そういうの、軽率にいうの良くないと思う。童貞には刺激、強いから。勘違いするから」

 不意に好意をちらつかせる発言をされると、急に心拍数が上がって顔が熱くなる。

。てか大体おかしいと思わないのか。なんでお前の家当たり前のように知ってて、しかも学校サボってまで会いに来てるかとか、考えたことねーの。なかったとしたら私で良かったな。他の女だったら今頃喰われてるぞお前」

 僕の心境とは裏腹に、彼女はからからと楽しそうに笑う。どことなく発言にじっとりと湿り気を感じる。

 僕の手をそっと握りながら、上目遣いで見上げる彼女は、そのまま距離を詰めてくる。

「ま、私も喰うんだけどなお前のこと。ごめんなー、ガチで悪いとは思ってるし、なるべく清純な委員長で行こうかと思ってたんだけど、私自身がお前のヘキだって知ったらもう我慢できないわ。私みたいなのが好きなんだろ?じゃあいいじゃん、私と結婚すれば」

「結婚とか、そんな急に言われても……大体僕なんかじゃつり合いが」

「あ、お前マジで失礼だからつり合いとか言い出すのやめた方がいいぜ。私が好きだっていうものの価値を下げる行為は本人であっても侮辱と変わんないからな」

 ベッドに腰かけていた僕を押し倒すようにして彼女は上にのしかかってくる。石鹸みたいな爽やかでいい匂いの中。若干汗ばんで体温が上がった女の子の、眩暈がするような甘い香りが混じっている。

「ほら、完璧にマウント取った。動けないだろ?可哀想に。でもま、これからはからそれはそれでハッピーだな」

「ちょっ、本気で言ってるの!?もっと自分を大切に…」

 舌なめずりをする彼女は妖艶な表情で笑う。

 細い指先を僕の服の中に差し込みながら言った。


「ばーか、この日のために私は自分を大切にしてきたんだよ。覚悟しろ♡」


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