家に帰ると何故かいる見知らぬ甘やかしお姉さん

「あ、おかえり!今日も寒かったでしょ。ほら、鞄とコート頂戴。毎日毎日お疲れ様。今日のご飯はクリームシチューだよ。丁度出来上がったところだから、手洗ったら早速食べちゃおうか」

 今日もいる。

 親し気に話しかけてくるのは、桃色髪のお姉さん。ショートカットで、髪の毛がつんつんと左右に散るように跳ねている。ボーイッシュで素敵だと思う。顔もすっごくかわいいし。性格は優しくて僕のことを大事にしてくれている。いつも僕が気になっていたことを先回りして全部やってくれるし、落ち込んでいる時はすぐに気が付いて慰めてくれる。細身のかっこいい人なのに、凄く包容力があって優しい。ぶっちゃけ好き。

 ただ、この人には一つ問題があって。

「えっと……今日も、いるんですか。そろそろ、どこのだれか教えてほしいんですけど……」

 僕はこの人に会ったことがない。端的に言うとだ。名前、住所、職業、その他もろもろを一切知らない。社会人になって一年目。ある日家に帰ってきたら、まるで今までずっとそうしていたかのような自然さで出迎えられた。僕の方が家を間違えたのか、というレベルで自然だったのだ。

 お姉さんは微笑んだ。

「え~またそれ?まぁまぁ、いいじゃんか。此処に私が居て困ることある?」

 にっこりと。余裕たっぷりの笑顔。可愛らしいし素敵だけど、仮面じみた強かさも感じる。なんというか、底が見えない。

「だって、不法侵入ですし…」

「それはさ、まぁ、そうかもだけど!でもでも、君に危害を加えるどころか、日常に彩を加えていると思うんだよね。ご飯も準備できるし、お掃除だってお風呂の準備だってお買い物だってしてあげるし、生活費も家賃も私が出してあげられるよ。君がしたいこと、なんだって私にして大丈夫だし。一緒にお風呂入ろっか。背中流してあげるよ」

「それは……」

「あ、ちょっと揺れたね。私は君のために尽くす正体不明のお姉さんだから、遠慮なんてしなくていいんだよ。ささ、冷める前に食べちゃうよ」

「あ、はい…」

 結局、押し切られる。これが刃物を持った暴力的なお婆さんとかだったら僕も遠慮なく通報して引っ越している。だけどこのお姉さんは目下のところ安全だし、なによりかわいい。家に帰ればこの人が待ってくれるって思うだけで仕事だって頑張れる。最近も成績上がってきて上司に褒められたし。

 座敷童、みたいなものなのだろうか。にしては大人びている気がするけど。

 いつの間にかワンルームには二人用の机と椅子が設置されている。自分で買った覚えはないのだが、こういうことは日常茶飯事だ。あまり気にしていても仕方がない。

 音が鳴らないように机の脚には靴下が履かされている。トリケラトプスのマークがついていた。愛嬌たっぷりだ。

「さ、召し上がれ」

「いただきます…あ、おいし……」

 見知らぬ人間が自宅で勝手に作っていた料理、と表現すれば明らかに胡乱なのだけれど、実際目の前にすると思わず飛びついてしまうほど、お姉さんの料理は上手だ。お店のような華やかさというよりも、いつでも食べていたい安心する味わい。

「パンも用意してあるからね。ゆっくり焦らずたべてね」

「ありがとうございます。でも、やっぱりお姉さんのことについて教えてもらうわけにはいきませんか?別に警察に突き出そうって言うわけじゃなくて、僕に出来ることでお返しをさせてほしくて」

「見返りが欲しくて何かしてるわけじゃないよ。君のために生まれてきた生き物だから」

「……じゃあ、えっと。言い方を変えるんですけど、何も報酬を受け取らないところに、一抹の胡散臭さというか、裏があるように感じてしまうんです」

「もう、真面目だなぁ。美味しいご飯と可愛いお姉さんが待っててラッキー!くらいで思ってればいいのに。愛情には理由がなくちゃだめ?」

「そういわれると…」

 返答に窮する。理論としてはめちゃくちゃなのに、何故かこちらを言い負かしてくる。僕がまるで間違っているみたいな気分になる。

「大丈夫。君は世間一般の常識で考えてしまっているんだよね。うんうん、それはある意味正しいこと。でも杓子定規になんでも従えばいいってものでもないよ。ここはお姉さんと君の世界なんだから、君がしたいようにすればいい。で、今は一緒に居て嬉しいって思ってくれてるんだよね?だったらいいじゃない。他の人がどう思うかとかどうでもいいし。私は君のこと好き。いいよね、これだけ分かってれば」

 頬杖をついて僕の表情を覗き込むお姉さん。

 このままでは身を亡ぼす。そう分かっていても受け入れたくて仕方がない。瞳の奥はどこまでも深くて、足を滑らせたらどこまでも堕ちていきそうな、肌が粟立つ心地がする。


「いいじゃん、別に素敵で完璧な人間目指さなくても。失敗ばっかり、疲れてだらしない姿してる君も好きだよ。ゆっくりゆっくり、ダメになりながら頑張っていこ。私がいるし、何かあったら私に頼ってね。なんでもしてあげる。生きてるだけで君は偉いんだよ」

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