無表情で淡々と理不尽にキレてる愛重め彼女

「おはよ。今日もいい朝」

 透き通るような声音。柔らかさはなく、けれど尖っているわけでもない、透明なトーン。廊下を歩く僕の袖をくいくい、と摘まみながら隣を歩く僕の彼女は続ける。

「今日は冷える。朝、起きるのに苦労した。具体的には30分出られなくて、遅刻するかと思った」

「今日、家出てくるの遅かったもんね」

「うん。迷惑かけた。ごめん。明日からはきっと、頑張る」

「別に待つよそれくらい」

「二人で揃って遅刻、いいね。素敵かも。自慢しよ」

「寝坊の何が自慢できるんだよ。ぐっすり眠って時間なくなっただけだろ。てか誰に自慢するつもり」

「んー、奥の方歩いてる、あの女とか」

 150㎝ギリギリあるか、という身長の彼女はだぼだぼのカーディガンの中にある小さな指をすっ、と前へと向ける。綺麗に切りそろえられた爪。その方向には、僕と同じクラスの快活な女子生徒が立っていた。友達と楽しそうに談笑している。

「え、なんで」

「だって、あの女、君のこと、好きだと思う。きっと、自慢されたら悔しい」

「違うでしょ」

「違わない。私、他の女に同じような自慢されたら、殺すと思うから」

「ああいやそこじゃなくて」

 てか殺すのかよ。物騒だな。小動物みたいに丸くて小さいお顔を一切動かさず、当たり前のように呟いてるのが怖いよ。不思議な魅力があるけど。

「?じゃあ何が違う」

 こてん、と首を傾げる仕草。少し子供らしい動きだけれど、愛嬌のある彼女にはよく似合っている。

「あの子は近くの席だから僕と話すだけであって、ただの友達だよ」

「それは君の感想。相手は女の子。私も女の子。だから気持ちがわかる。必ず君のことを狙っている。許せない」

「痛い。手に力凄い入ってるよ。折れちゃうよ指が。てかすごい暴論だし」

「君が無頓着なだけ。裏では結構人気。『あの子結構優しいしよく笑うし素敵だよね』って実は言われている」

「え、ほんと?」

「なんで嬉しそう。私以外に褒められて、そんなに嬉しい?」

 にぎ。彼女と繋がっている右手が軋みを上げる。せめて利き手じゃない方にしてほしい。

 頬を膨らませるでもなく、目つきをじとっとするわけでもなく、ただ真ん丸お目めをこちらに向けている。

「君は私にだけ褒められてればいい。私以外は、敵、危険人物。女の子には近づかないようにした方がよい。なぜなら、私以外の女の子は、危険だから」

「全然理由の説明になっていないよ」

「とにかく」

 遮るように一声。

「君は私だけ見るといい。私占いでもそう出ている。彼女を除いた全女性が敵になるでしょう。ラッキーアイテムは、私」

「全人類の半分が敵になったんだけど。ちなみにそれは今日の占いですか」

「一生の、占い」

「それは苦労するな」

「だいじょうぶ。私がいる。他の女の子に話しかけられたときは必ず私を呼ぶ、そうすれば、困らない」

「いや、困らない、じゃないが」

 ぐっ、とサムズアップ。真顔でそれをやられるとなんかシュールなんだよな。

「君は優しいし、かっこいいから。他の女の子が好きになる前提で、動いてほしい。呼吸しているだけでモテると、意識に刷り込んでほしい」

「とんでもない勘違い野郎になるじゃないか、僕が」

「それはそれでモテなくなるから好都合」

 ひどい。

「そうだ。全然話は変わるんだけど。今日、君のクラス、体育あったよね」

「うん、あるよ。寒いからジャージも持ってきた。準備万端。今日は室内でバレーだから、暑いかもだけど」

「汗かく?」

「…?まぁ、かくだろうけど」

「じゃあ貸して。体操服と、上下ジャージ。悪いようにはしないから」

「悪いようにしようがないと思うけど。でも今日ちゃんと持ってきてるでしょ。昨日寝るまえに準備するって言ってたじゃん」

 実際今も彼女の鞄の中には体操服が入ってる。明日寒いから、と二人で準備したような記憶があるのだが。

「せっかくなら、君が着た後の体操服、着たい。あと、君の名前が付いた服着ると気分がいい。あわよくば先生に苗字を間違えられたい。そして全方位にマウントをとる」

「理由が邪すぎる」

「だめ?」

「いいけど、嫌じゃない?」

「そっちの方がいい。じゃあ終わったら私が迎えに行く、教室で脱いだら貸して。今度私が着たやつも、貸してあげる。いっぱい汗かく練習しておく」

「そういう趣味は……」

「あるでしょ。君も、好きじゃん。えっちのときとか、すごいし」

「……まぁ、否定はしないけど」

 結局、彼女が彼女なら、彼氏も彼氏だった。

「私もおなじ。ただ君が好きなだけ。他の誰かに、渡したくない。それだけ。難しいことじゃない。単純。簡単。明確。分かりやすい。説明上手だね、私。褒めていいよ」

「はいはい、すごい。えらいよ」

「む。雑。腹パンを試みていい?いつかやってみたかった」

「怖すぎる」

「好きだから、あたりまえ」

 それにしたって、彼女の愛は真っすぐで重すぎる気がする。

 彼女はべし、べし、と力のないパンチで僕の腹部を殴ってくる。まぁ、いいか。痛くないし、可愛いので。

 アッシュグレーの髪を丁寧に撫でながら、気持ちよさそうに目を細める彼女を眺めたり。こんなに可愛らしい生き物がいていいのだろうか、と考えたり。くだらない雑談をしばらく続けたり。


 とかしてたら、本当に二人そろって遅刻した。

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