告白断ろうとしたらマジで執着してくる美少女

「好きです、付き合ってください」

 夕焼けが差し込む放課後の教室。この世で最もドラマチックな場所の一つかもしれない。目の前には学年一の美少女。金糸のように煌めく髪。ほのかに香るシトラス系の匂い。染み一つない肌と、冗談みたいに整ったプロポーション。性格もよく、笑顔も可愛い。どのコミュニティにおいても引っ張りだこ。

 その子が、僕に告白している。

 凄く光栄なことだと思った。もし本当にそうなったら、と何度も想像しては諦めていたシチュエーション。目が合うだけでうれしくて、手を振ってもらえた時なんて一日幸せな気分でいられる人だ。それだけ、魅力的な人だ。

 だからこそ。

 彼女が、

 成績も普通、運動も不得意で、容姿だってパッとしない。話が面白いわけではないし、特別性格がいいわけでもない。ただ彼女のことを一方的に好きなだけの、冴えない男子高校生。

 だから、きっとこれは俗に言う嘘告、とやらなのだろう。別に咎めるつもりもない。身内のノリの罰ゲームでそういった内容が飛び出すというのも、高校生ならある話なのだろう。ちょっと、凹むけど。流石に本気で選ばれたなんて思いあがるつもりもない。

 今もどこかで仲間が隠れて面白がって眺めているに違いない。だとしたら、普通に告白を断るのは…きっと彼女の尊厳を傷つける。せめてもっともらしい理由が必要だ。

 こういう場面で、適切な言い訳は――

「ごめんなさい。僕、付き合ってる人が居るので…」

 これ以外にない。これなら仲間内でも『アイツ彼女持ちかよ』とか笑いのネタになるし、彼女のことを傷つけなくて済む。

 と、思ったのだけど。

「ねぇ」

 瞬間、胸元を凄まじい力で掴みあげられる。自分の身体が浮き上がるんじゃないかというほどの力に混乱する僕は、そのまま近くの壁に押し付けられた。

 先ほど僕に告白してきた女の子が、涼しい顔で――いや、どちらかというと冷たい表情で僕を見ている。怖い。素直にそう思う。左腕を僕の隣の壁に押し付ける、いわゆる壁ドンの状況なのだけど。甘酸っぱいそれではなく、もっとこう、恐喝とかそういうそれに近い。

「あのね」

 声音はワントーン下がっていた。

「どうして、嘘つくのかな。。恋人はおろか、友達だって遠方に住んでるネットで知り合った男の子が数人いるだけでしょ」

 追い詰める瞳には色がない。暗い輝きが、捉えて離さない。

「いいじゃん。付き合ってよ。嘘ついてまで私と付き合いたくない?ダメ?どうして?何がダメだった?修正する。顔が嫌?もっと胸は大きくした方がいい?ロングは嫌だった?ショートにしようか?それとも真っ黒で清楚系がいいの?」

「あ、あの…」

「いいよ。なんでも望むようにしてあげる。私の全部、君にあげる。だから私にも君の全部頂戴。ダメかな。どうせ他の誰にも向けてないんでしょ。笑顔も視線も時間も愛情も、全部全部全部。何が足りない?お金?いいよいっぱい持ってるから。これから今後一生働かなくていいよ。私が全部養うから。それでいいよね?」

 有無を言わさないというのはまさにこのことなんだろう。身体全体を使って壁に押し付けるように、僕の股の間に、細くてすらっとした彼女の脚が割り込んでくる。いい匂いがした。僕が気に入っているアロマオイルとそっくりな匂いが、僕の肺腑を満たす。

「この匂い、君好きだよね。シトラスオレンジのやつ。いっつも家で使ってるもんね。体操服からもおんなじ匂いするよ。探すのだって苦労したんだよ。でもこれなら君の世界に溶け込めるよね。ほら、私って努力できるんだよ。顔だってかわいい。何が不満?」

 何から何まで知られている。完璧だと思っていたその姿の裏側まで、本当に完璧だった。理解しているというより、単純に知っている。教えていないことまで、自分が意識しているよりもはるか高い次元で知られている。

「なんで…それ、知ってるの」

「なんでってそりゃ。君のことが好きだから。君は私のこと好きじゃないの?いっつも私が手を振ったら嬉しそうに笑ってくれるし、グループワークで一緒になったら恥ずかしそうに、でも楽しそうだし。一緒に帰ろうって言ったら照れたように先に帰っちゃうし。私の思い違い?でも昨日も私の名前呼びながら夜ベッドの上でいろいろしてたよね。全部知ってるよ?好きな人のことは何でも知りたいから、知っているのが普通だよ。あ、でももし君が私のこと好きなのに、私の私生活を知らなかったとしても、怒ったりしない。時間をかけていっぱい私のことを教えてあげるね。好きな食べ物、毎日のルーティン、眠るときの姿勢、私の身体で気持ちいい場所、なんでも教えてあげる。だからもういい加減諦めて私と付き合ってほしいな」

 にっこりと、口角が裂けるような笑みを浮かべて彼女は笑った。ぞっとするほど美しかった。彼女の前では心すら暴かれてしまいそうな気分になる。

 せめて、何か言い返さないと。

「どうして君、その…僕が友達いないとか…知ってるの」

「それは単純に見たらわかるよ」

「うっ」

 ただ凹まされただけだった。

 虚しい。

 じゃなくて。

 そんな反応を見て彼女は表情を綻ばせる。楽しそうに笑っている。まるで世間話をするように浮かべる可憐な表情に、彼女が語った言葉の全てを看過できそうな気さえしてくる。…というか僕、彼女にストーカーまがいなことをされるデメリットってないんだよな、よく考えたら。好きだし。

「あはは、冗談冗談。ってかどのみち私と付き合ったら他の人間との交流一切絶たせるつもりだし、ちょうどいいじゃん。…で、君が訊きたいのはなんで自分の家でのこととか知ってるんだ!って話だよね。それはね、簡単。毎日君の家で寝泊まりしてるから。ちゃんと防犯意識は高く持った方がいいよ?ベランダの鍵とかいっつも閉めてないでしょ。私がいるから大丈夫だけど、他に危ない人に見つかってたら大変だったよね」

「自分は危ない人じゃない…みたいな言い草だけど」

「だってそうじゃん。君、お金盗まれたりもの壊されたりとかした?してないでしょ」

「…むしろ増えてたような気がするけど」

「あ、バレてる。まぁ運が良かったと思って受け取っといて」

 最近異常に財布が重いと思ったらそういうことか。あとで返しておこう。

「…で、なんで断ったの。君だって悪い話じゃないでしょ。君の好きなようにしていいんだよ。私以外に目移りしないんだったら、心も身体も君の思うがまま。こんなに尽くしてくれる彼女がいたら、人生絶対楽しいと思うけど」

「…いや、罰ゲーム的なアレかな…って」

「……」

「……」

「……この告白が?」

「……はい、すみませんでした」

「え、じゃあ、そうじゃないなら別に断る理由もないってこと?」

 僕は頷く。

 涙を溜めた彼女に、足を思いっきり踏まれた。

 彼女曰く――


「本当にダメかと思ったんだよ……心配させないでよ。ばか」

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