どこにでも着いてくる引っ込み思案幼馴染

 三者面談。放課後の教室で先生に呼び出された僕は、静かな教室で席に座っている。本来三者面談というのは、親、生徒、教師でやるものなのだろうけど、何故か僕は参加している。

「それでは…始めようかな。親御さんがどうしても忙しくて、代わりに君をって言われたからお願いね。この子の成績に関する資料とかも渡すけど、周りの人に見せたりとかはしないように」

「分かってます。すみません、毎年こうなんです。いつもご迷惑をおかけして申し訳ない」

「おね、がいします…」

 隣に座るのはもさもさ髪の幼馴染。前が見えない程に前髪は伸びていて、いつも慌ただしく何かにぶつかっている。成績は中の下。抱きしめて眠ると温かいので特に冬場は重宝する。概要はこんなものか。

性格面に関しては…社交性というのが欠片もない、といえば少し語弊があるだろうか。中学校の頃まではずっといじめられていていたことや、正月すら家に帰っても誰もいないほど親が忙しかったことが原因で人と関わることに恐怖を覚えるようになってしまったという経緯がある。他人にこうした事情を話したがらない彼女だが、先生の方もなんとなく事情があることは察しているのだろう。特に詮索することはないらしかった。

「大丈夫だから、僕もいるし。先生もいい人だ」

「…うん」

 頷くものの、机の下でぎゅっと柔らかい手で僕の左手を握ってくる。心配性というにはあまりに手が震えすぎている。

「あの…こいつ、昔いろいろあって。先生のことを嫌いってより、教師って立場の人間をあんまり信用できなくなってるみたいで。気を悪くしないでください。彼女も彼女なりに頑張っていますから」

 心配そうに眺める先生に、努めて明るい口調で僕は話した。

「ふむ…そっか。君はよく理解しているんだね。幼馴染だっけ」

「そうですね、幼稚園からの付き合いです」

 気が付けばもう知り合って10年以上になる。身も心も、大体のことは知っている。誤解が無いように、苦しまないように、互いに一生懸命伝えあってきたからだ。

 外部の人間との通訳として、基本的に間に挟まることが多い。光栄なことだと思う。心配だけど。

「正直ね、先生はさ。去年の担任の先生から『この二人は一緒にしてください』って言われた時、それどうなのって思ったんだよね。仲良しの男女をセットでクラスに入れるなんて、って考えてたんだけど、ちゃんとそれは正しかったみたい」

 肩を竦めて苦笑いする先生。普段は厳しいけど、ちょっと今の視線は柔らかい。

「君がそうやって伝えてくれなかったらこの子のことも分からないままで、誤解して傷つけちゃうかもしれなかった。頑張ってるんだよね、きっと」

 ふるふる、と隣の幼馴染が首を横に振るけれど、無視して続ける。

「二人でたくさん話して、会話の練習だったり感情のアウトプットだったりもやってますし、上手くいかないなりにも頑張って授業にも参加してますし、凄いことだと思います」

「や…っ、そんなに、褒めないで」

「なんで」

「うれしい、から…」

 僅かに覗く耳が真っ赤に染まっている。少しでも褒められるとこうして照れるところ、可愛いと思う。

「今年は修学旅行もあるから、その辺で困ることもあるだろうけど…先生もいろいろサポート――」

「あ、あのっ!」

 先生が途中まで話したところで、彼女が大きな声を上げた。震えた声だけど、どこか必死に訴えるような声。

「一緒、一緒がいいです。先生。この人と…その、一緒がいい、です。お、お部屋とか…」

 普通なら「いやそれは流石に」となるところだけれど、僕には否定できなかった。過去に一人だけ部屋から追い出された彼女が、泣きながら廊下を歩いて僕たち男子の部屋までやってきたこともあったから。

「…これもきっと、事情があるのよね。でもごめんなさい、流石に教育機関として…年頃の男女を特別に2人部屋にすることはちょっと…」

「そ、そうですか…そうです、よね……ぅ」

 瞬間、彼女は口元を抑えて蹲る。吐き気を堪えるように荒い呼吸をしながら僕にしがみ付いて必死に呼吸を整える。

 きっと、思い出しているのだろう。過去に自分に刻み込まれたトラウマの数々を。

 とはいえ、先生の言い分も分かる。教師という立場上、認められないラインがあるのだろう。

 で、あれば。



「わ、わわ…すごいよ!あれが清水寺!すごい!すごいよ!」

 僕の手を握ってぶんぶんと振り回す幼馴染。もさもさの髪の毛の隙間からうかがえる表情は満面の笑みだ。かわいい。

 修学旅行先とされていた京都に、僕と彼女は二人でやってきていた。使使。これなら学校は面倒を見る必要はないし、彼女も気兼ねする必要がない。一緒の部屋に泊まれば宿泊料も抑えられる。

 大きなみたらし団子を、口元を汚しながら一生懸命頬張る彼女。

「えへへ、おいしい!」

 その口元を拭いながら、二人で来てよかったなと確信する。

 普通に修学旅行に参加していたら、こうして笑う姿を見ることは難しかっただろうから。

「そんなに美味しかったならよかった。どうせ先生も同級生もいないし、暗くなるまで一緒に遊ぼうな」

「うん…!連れてきてくれてありがと!あ、お茶頂戴!」

「はいはい、どうぞ」

 お団子を食べる姿を見ている僕が飲んでいた抹茶を受け取って、一気にごくっと飲み干す幼馴染。

「う、苦い……美味しいけど……」

「一気飲みする物じゃないからね、抹茶。さっき僕が自販機で買った麦茶で良ければどうぞ」

「ありがと…今度こそ、いただきます!おいしい!」

 両手でペットボトルを抱えてリスのように飲む彼女は、やっぱりとてもかわいい。

 こんなに可愛い姿を他の人に見せたくないという下心も、今回の計画には実はあったりなかったり。魅力に気が付かれてしまったら、僕のもとを離れてしまうかもしれないから。

「えへへ、夢みたい。幸せ!」

 旅行先だということもあってか、彼女は人目もはばからずに抱き付いてくる。綺麗な肌と、丸い瞳に心臓が跳ねた。

「これからもずっと一緒にいよう…ね!どこに行くときもついてくから…!」

 …さっき僕のもとを離れてしまうかもしれない、とは言ったけれど。彼女の方は僕のもとを離れるつもりは毛頭ないらしい。

 絶対に離さないとでも言うように、抱きしめて頬ずりをしてくる。こんなにも可愛らしい生き物がいたとは知らなかった。


「約束しよ、いつものやつ。私のこと…一人ぼっちに、しないでね」


 観光地の往来、僕たちは指切りをする。

 子どものころから、何度も交わした約束の儀式。

 きっと僕たちが大人になって、おじいちゃんおばあちゃんになっても、変わらず繰り返すのだろう。その度に、何か新しいことを二人で誓うのだ。


「じゃあ二人で次は何処に行こうか」

「えっとね…次私が行きたいのは――」


 旅行しながら、次の予定を立てる。

 先を急ぎ過ぎな感じがしないでもないけれど。

 一生懸命、僕たちはこれまでの人生を二人で取り戻すのだ。

 それなら――気は少しくらい、早い方がいいに決まってる。

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