図書館のぼっち根暗でかわいい先輩

 図書委員の業務は基本的に暇だ。特に放課後の図書館は人がいない。意識の高い進学校であれば放課後に勉強をしたがる人たちがこぞって集まるものなのかもしれないけど、半分程度が高校卒業後に就職する我が校では人自体がまばらだ。

 だから、暇だ。でも、まぁそれも、の話で。

「ねっ、ねぇ君!きょ、今日も本借りてっ、いいですか…っ!」

 顔を上げる。おどおどした一つ上の先輩が立っていた。だぼだぼのカーディガンに身を包んでいる。若干猫背気味。体調が悪いのか、それとも単純に日焼けしていないのか、袖から見える指先は真っ白だ。目の下にはうっすらと隈があり、落ち着かない様子であちこちを行ったり来たりして……僕と目が合う。そして一瞬で、ぶんっと顔を逸らす。忙しそうな人だな、と思うけど、それでも可愛らしい人だなとも思う。

「はい、もちろん。てかそれが仕事ですし」

「え、えへへ…そうだよね。ご、ごめんね…また私変なこと…」

 僕は肩を竦めて笑う。変わらないな、と思った。

 この先輩と話すのは今日が初めてではない。僕が初めて図書委員になった1年生の1学期からの付き合いだ。

 いや、付き合いとはいっても、定期的にこうして図書館で顔を合わせるだけの先輩だけど。

「今日はどんな本を借りるんですか?」

「え、えへへ、気になっちゃう…?い、いいよ…君になら、教えてあげよっかな…」

 心なしか胸を張って――先輩の胸は大きい――抱えていた文庫本を丁寧にカウンターの上に置く。短く切りそろえられた爪が見えた。綺麗だ。

「こっ、これはね…太宰治っていう小説家の――」

「分かりますよ太宰治は、僕でもさすがに」

「あっ、あはは…そうだよね、ごめんごめん。今日は太宰治のこの小説が読みたくって…すごく素敵なんだ……も、もしよかったらちょっとだけお話しても…いい?」

 もし彼女が犬だったら尻尾を千切れんばかりに振っているんだろうな、と思うくらいにテンションが上がっている。普段はなかなか自分から何かを話すことはない人だけど、本に関して語るときは別。嬉しそうに話をする。

 そしてそんな先輩を見ているのは楽しくて、僕も話に付き合う。僕たちのルーティンみたいなものだ。

「えっとね?このお話は……あ、ネタバレしても…大丈夫?」

「いいですよ。てか太宰治の小説が発売されてどれくらい経つと思ってるんですか。ジャンプ本誌じゃあるまいし、怒ったりしませんよ」

「そっか、よかった…」

「でも、内容は知ってるんですね。以前青空文庫とかで読んだ、とか?」

 ぶんぶん、と首を横に振る先輩。

「う、ううん…お家にあるんだ、この本の古いやつが」

「じゃあなんでわざわざ図書室まで……俺に会いに来てくれたとかですか?」

「………だめ……?」

「…………いいですけど」

「…………ん」

 気まずい沈黙。いけない、照れる。

「…それより。先輩の好きな本の話、してくださいよ」

「わっ、わかった…じゃあ、えっと…するね?」

 そこから、先輩はぎこちなく、けれどすぐに楽しそうな声音で本の話をする。正直僕はあんまりそうした文豪の作品は読まないけど、こうして先輩が話している内容を聞くのは苦じゃない。楽しそうに、まるで子供に語って聞かせるように、幸せそうに言葉を選んでいる。

 本当に、本が好きなんだろうな、と思う。何かを好きになって、そんな風にたくさん誰かに伝えることって素敵で楽しいことだ。その感情が僕に向いているなら、それはまた光栄なことだと思う。

 大体十分くらい経った頃。先輩は小さく息を吐いて、照れたように笑った。

「ま、また話しすぎちゃった…ごめんね、私ったら好きなものの話をするときってどうしてもこうなっちゃうんだ…いつも聴いてくれてその…あ、ありがと。他の人は私がこうやっていっぱい話すと、つまらなそうにしちゃって…」

「楽しいですよ。先輩とこうして一緒にお話するの、幸せです」

「…っ、!そ、そんな、私と一緒に居られて幸せだなんて…」

 ちょっとニュアンスが違う、と訂正するよりも先に真っ赤な顔で先輩は続ける。

「わっ、私もね、君と一緒にいるときが…っ、一番生きてて幸せで…嬉しくって……私ね、クラスでその…あんまりお友だちとか、いないんだけど…でも、ここに来れば君がいてくれるから…毎日頑張れるんだよ?」

「そ、そうですか……そう言っていただけると嬉しい、です…」

 流石に、こうも正面から嬉しそうにされると僕も照れる。でも先輩は羞恥心よりも喜びが勝っているようで、僕の掌を両手で包み込んできた。華奢なのに柔らかくて冷やっこい。ずっと触っていたくなるような感触。

 そしてそのまま、勢いに任せて先輩は続けるのだった。


「あ、あのねっ、私その…お家が、古本屋さんでね?高校、もうちょっとで卒業なんだけど、そしたらお店…継ぐことになる、から…っ、えっと…」


 慌てて喋りすぎたのか、一つ呼吸を置く。

 より一層僕との距離を縮めながら、先輩は言った。


「…い、一緒に働いて、くれませんか…っ、お給料は…その、いっぱいは出せない、かもしれないけど……ずっと!一生涯っ、君のことっ、終身雇用、するから…どうかな……私と一緒に、いてくれないかな…?」

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