よく分からんけど異常に懐いてくれる後輩

「先輩!今日もお昼空いてますよね!」

 疑問ではなく確認の声が、昼休みへの突入と同時に降り注いだ。廊下側の窓から身を乗り出して姦しい声を放つのはポニーテール姿の少女。健康的に日焼けした肌に、眩しいくらいの笑顔が似合う可愛らしい少女。確か部活は、女子ソフトテニス部。

 よく通る明るい声音に、教室中が一瞬ぎょっとした顔付きでこちらを見る。次いで「あぁまたか」といった表情に変わって各々自分の行動に戻っていく。

 いつものことだった。接点が特にあるわけではない後輩が、何故かクラスでも浮いてる一人ぼっちの僕に構ってくるのはいつものこと。

 この状況に未だになれない僕は、また毎度の如く戸惑いを隠せない声色で返事をして、そそくさと教室を後にする。彼女のおかげで居心地の悪い教室を抜け出すことが出来るのだから感謝をしなければならないと感じる一方で、彼女の存在がより教室を居心地の悪い場所にしているな……とも同時に思う。

 輝きを放って目立つ生き物が、根暗な人間に話しかけているのを見ると、人はやはり疎ましく思うようで。最近は陰口を叩かれる回数も増えた気がする。まぁいいけどさ。

「先輩?話聞いてますか?」

「えっと……ごめん、何の話だっけ」

「もー、また考え事っすか?昨日のテレビの話っすよ。先輩ももちろん見てましたよね。芸人さんが落とし穴に落とされるやつ」

「あぁ…うん、その話だったね。見てたよ、面白かったよね」

「っすよねー!いやー先輩の笑いのツボってそこなんだーって思いながら見てたんですけど、ちょっと意外でそれに関しても面白かったです」

「…僕の、笑いのツボ?」

 彼女が作ってきたお手製のお弁当を屋上でいただきながら話をする。僕、気を抜いている間に自分のツボに関する話をしたのだろうか。彼女のつくるお弁当はとっても美味しくて、毎日でも食べたいくらいなのだけれど、食べた後は異常に眠くなって仕方がない。今も少し、頭がぼーっとしているのかもしれなかった。

「そうっすよ。あ、話は変わるんすけど、昨日足ぶつけたところって大丈夫っすか?小指、箪笥の角にぶつけてたのすっごい痛そうで…」

「…あれ、君にその話したっけ」

「んー、まぁその辺はどうでもいいじゃないっすか。今は先輩の容態の話なんで」

「えっと…そうかな」

 どうして僕が話していないことを君が知っているんだ、と、問い詰めたいけれど。なんだか少し目つきが怖い。楽しそうに目を細めて笑っているのに、明るい声で俺に話しかけているのに、垣間見える目の奥に光がない。

「まぁ多分私が手当しといたので大丈夫だとは思うんすけど……あ、それより気になることがあるんでした」

 表情は笑顔のまま崩さず、彼女の掌が僕の左手に重なる。華奢で綺麗な女の子の指だけど、篭る力は尋常じゃない程強い。このまま骨ごと折られてしまいそうなくらいの力。

「昨日、通話してた女の人って誰っすか。随分楽しそうに名前を呼んでましたけど」

「えっと……それは、友達だけど」

「そうっすか。でも会話は二度としないでくださいね。絶対あの女、性格悪いクズなんで。ああいうのっていろんな人に愛想振りまいて囲われたいだけのゴミみたいな性根って決まってるんですよ」

「え……っと…」

「ほんと嫌ですよね。先輩も断り切れなくて仕方ないから通話に応じてるだけだってのはよく分かります。そんな先輩の優しさに漬け込むとかマジで最悪っすよね」

「別にそういうわけじゃ」

「あ、そうそう。なんで今日も教室で他の女子に話しかけられてるんすか。先輩には私がいるじゃないですか。他の女とかガン無視でいいと思いません?」

「あれはただ勉強が分からないところがあるって言われたから…教えてただけで」

「違いますよ、絶対あいつ先輩の事気になってるんすよ。私の先輩に色目使うとか、ほんとありえないっすよね先輩が女の子にしてほしいことは全部私がやります。何してほしいですか?洗濯料理掃除セックス、なんでもしますよ」

「あの…あんまり、そういうこと言わない方が…」

「先輩はお人好しだからそういうのに気が付かないんですよね。可哀想に。先輩を怒るのはお門違いでした。こんな後輩を愛してくれてありがとうございます。許しちゃいけないのは勘違いした馬鹿な女の方でした」

「愛して…?」

「え、愛してないとか言わないですよね。毎日先輩のもとに足繫く通って、ご飯も用意して、おはようからおやすみまでずっと一緒にいる私を、愛していないと」

 有無を言わさない口調。否定したら殺す、とでも言いたげな眼差し。昼下がりの温かい屋上で美味しくご飯を食べている昼休みだというのに、背筋が凍るような感覚がする。

「愛してくれてますよね」

「う、うん……そうだね」

「あーよかった。私の勘違いかと思っちゃいました。じゃあ大丈夫ですね。皆さんの方には私の方からお話しとくんで大丈夫っすよ。私と先輩は相思相愛、余計な粉かけるのやめなねって、伝えときます」

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