第1話

「ナナー…わっ!」


 ドンッ!


 階段のすぐ近くで。

 大親友のナナの姿を見つけ、勢いよく駆け寄ったユメミは、突然立ち止まって振り返ったナナの額に強かに額を打ち付けて仰向けにひっくり返った。

 ような気がした。

 倒れ込みながら、真っ暗になった視界に、星が飛んでいる。

 ような気がした。


 けれども。


 ハッと気づくとそこは、中学校の体育館ほどの広さの、劇場のような空間。

 ただ、そこには劇場には必ずあるはずの観客席は無い。


「あれっ?シキ、こんなとこでなにやってんの?出番まだでしょ?」


 突然、タキシードにシルクハット姿の少年に話しかけられ、ユメミはびっくりして仰け反った。

 けれども、少年はユメミの反応には我関せずの様子で、ブツブツとつぶやき始める。


「ん?シキ、じゃないな?でもこの顔は、『ナナ』の親友のユメミだよね。…もしかして、ホンモノ?いや、まさか」


 小さく笑ったあと、真顔になって少年はユメミを見る。


「で、キミ、誰?」

「わたしは…」


 ユメミが答えかけたとたん。


「いい、やっぱ答えなくて」


 少年の言葉に、遮られてしまった。


「キミ、ホンモノのユメミだね。なんできちゃったかなぁ?ここ、普通は人間は入ってこられないはずなんだけど」


 ま、いっか。

 そう呟いて、少年は続ける。


「ここはね、『ナナ』が眠っている間に見る夢を作る、『ゆめつくり』の部屋なんだ」

「ゆめつくり?」

「そう。知ってるかな?人間が眠っている間に見る夢ってね、起きている間に体験した記憶を元に、ユメツクリ達が作っている、その人間が主人公の、その人間のためだけの物語、なんだよ」

「えっ」


 少年の言葉に、ユメミは驚いてあたりを見渡す。

 確かに、そこには見たことのないマシンが置かれていて、一番奥の正面には広くて大きな舞台がある。


「『ナナ』のユメツクリは、全部で9人いてね。ああ、人間にはね、誰でもみんな9人のユメツクリがいるんだけど。もちろんキミにもね、ユメミ。でも、ユメツクリの存在に気づいている人間は、残念ながら誰もいないんだよ。ユメミも、知らなかったでしょ?なぜなら、彼らの姿を見ることができる人間は、一人もいないからね。…いないはず、なんだけど、ね…」


 あはは、と乾いた笑い声をあげると、少年は小難し顔をして黙り込んでしまった。


(ナナのユメツクリ?9人?なに、それ)


 言われて見てみれば、確かに隣に立つ少年とユメミ以外に、その場所には9人の人物-正確には、8人の人物と1匹の生き物-がいた。

 空間の半分以上を埋め尽くしている、大きめの風船のような、フワフワとした色とりどりの丸いボールに埋もれかけている人。

 その人を見ながら、暇そうに椅子に座っている人。

 ブラブラと歩いている人。

 見たこともない不思議なマシンをいじっている人。

 などなど。


(…と、言うことは…この人は、誰?)


 じっとユメミが少年を見ると、その視線に気づいたかのように、少年が視線を上げた。


「ん?なに?」

「あなたは、誰?」

「え?僕?あははっ、僕はね、ドリィ。分かりやすく言うと、夢の妖精、ってところかな」

「妖精…」

「そうそう…おっと!」


 突然飛んできたフワフワの丸いボールをひょいっと躱し、ドリィと名乗った少年がボールが飛んできた方に顔を向けると、そこには両手を腰に当てて不機嫌そうな顔をした少女の姿が。

 それは、先程までボールに埋もれかけていた人。


「なにが『妖精』よ!『妖精』に謝れっ。つーか手伝え、ドリィ。どーせまたケチつけに来ただけでしょっ!」

「えー、それは僕の仕事じゃ・・・・」

「緊急事態なのっ!いいから手伝えっ!そっちのアンタもっ!」


 少女が腰から片手を離し、人差し指でピシッと指さしたのは、なんとユメミ。


「えっ?!わたし!?」

「早くしないと時間がないです」


 大きな砂時計を抱えた男の子が、いつの間にかユメミの隣に立ち、じっとユメミを見ている。


「仕方ないな、予想以上に『記憶』がとっ散らかっちゃってるみたいだし。さ、ユメミも一緒に片付けよう。タム、どこからやればいい?」

「ソコの棚。ちゃんと順番通りにね!」

「オーケイ。さ、ユメミも来て」

「えっ?!えっと、あのっ」


 訳が分からないうちに、ユメミも何かを手伝うことになってしまった。


「あの、わたしは何を?」

「棚から飛び出しちゃった記憶をね、元通りに戻してくれる?」


 手にフワフワの丸いボールを持ち、覗き込むような仕草をしてから、ドリィはひとつひとつそっと、そのボールを棚へと並べ始める。

 見れば、四面ある壁の一面にはズラリと棚が並んでいて、あたりには無数のボールが散らばっている。


「記憶・・・・?」

「そっか、そうだったね」


 拾い上げた淡いクリーム色のボールを胸の前でポンポンと投げ上げながら、ドリィは笑った。


「ユメミは知らないんだったね、ここのこと。じゃ、僕が教えてあげる。・・・・特別だよ?」

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