第4話

 記憶喪失からっぽの私は、からっぽの家で目覚めた。

 ごくわずかな家具のほかには、何もない。


 その家は、私のもの……らしかった。

 そこで目覚めたことで、前の持ち主から譲り受けるという契約が成立したのだ、とレーヴェが言っていた。それを示す書類もあった。


 行くあてのない私は、ひとまずそこに住んでいる。

 日記にも、そう書いた。


 だからだろうか。


 その家で過ごしたのは、まだほんの数日だ。

 それでも、どこかに出かけて帰ってきた時、姿が見えれば安心できる場所に──なっている、はずだった。




 湖から戻ると、見知らぬ男が家のまわりを歩き回っていた。

 時々立ち止まって手をかざし、庭や、部屋のようすをうかがっている。


 砂に汚れたマントと、大きな荷物。

 服装からは、旅人に見える。


 ぎくっと立ち止まった足元で、レーヴェがのんびりと言う。


「廃墟にしか見えぬ建物だ。コソ泥のたぐいは、寄りつかぬであろう」


 猫が鼻を鳴らしたところで、向こうもこちらに気づいた。

 振り返って、おや、というように眉を上げる。


「もしかして、キミはここに住んでいるのかな?」

 

 温かさと、人懐っこさを感じさせる表情。

 それからおおらかな声に、うなずいてしまった。


「魔女の住んでいる家があると聞いて、調べに来たんだが……」


 猫いわく「廃墟にしか見えない」家と、こちらを見比べる。


 目覚めた場所に、そんないわくがあったとは。

 レーヴェを見ると、知らん顔をしている。


 彼は結論を出したのか、明るく笑った。


「猫を連れていても、キミは魔女には見えないな」


 魔女。

 それが本当なら、記憶喪失と、何か関係があるのだろうか。


 調べに来たというなら、何か知っているかもしれない。


「記憶喪失? ここで目を覚めまして……ふむ」


 事情を話すと、彼はしばらく考えてから、顔を上げた。


「俺はリヒト。考古学者でね。しばらくこの街に拠点を置いて、周辺の調査をするつもりなんだ。魔女のことも調べてみるから、よかったらたずねておいで」

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