第3話

 広げた地図を眺めていると、レーヴェが手元にもぐり込んできた。


「街の北東に、湖があるだろう。うまい魚がとれるぞ」


 鼻を鳴らして、地図の上の湖をあたりのにおいをかぐようなしぐさをする。


 屋根裏をさがすと、古びた釣竿を見つけた。

 釣竿があるならと、それを担いで湖に向かうことにする。


 林の中にある、湖へと続く道を進む。

 日差しが木の葉でやわらいで、心地よい。


「まだ街の中のようなものだ。魔物が出ることもない」


 道案内をするように、レーヴェが前を歩いていく。

 機嫌よく揺れているしっぽを眺めながら、そのあとをついて行った。


 のどかな午後になりそうだ。

 3つも書くことがない、という日もあるかもしれない。


 そう思っていたのだが──




 キンと高い金属音を鳴らして剣を鞘におさめると、少年はゆっくりとこちらを振り返った。可愛らしい顔立ち。そして、じっとりとした目つき。


「武器も持たずに、一人で街の外に出るなんて……あなた、何考えてるんですか?」


 一人ではないと言おうとしてレーヴェを見ると、猫は黙り込んで、足元に寄り添っていた。少年とおなじようなじっとりとした目つきで、彼を見ている。

 レーヴェも、大きなオオカミに襲われてびっくりしたのだろうか。


「ちょっと! 聞いてるんですか?」


 そのオオカミを追い払ってくれたのが、彼だった。

 助けてもらったお礼を言うと、少年は顎を上げて、ふいっと目を逸らした。


「見捨てるわけにもいきませんから」


 ユーリといい、親切な人に助けられてばかりだ。

 何かお礼をしなくてはと思っていると、少年が言う。


「最近は、街の近くだろうと魔物が出るんです。腕におぼえがあるならまだしも……」


 オオカミはオオカミではなく、魔物だったらしい。

 どうりで大きいと思った。

 

 つい、そんな感想がこぼれる。

 

 すると、少年はまた可愛いらしい顔を歪めた。


「魔物のことも知らずに、外に出たんですか⁉」


 悲鳴のような声に、ごめんと謝る。

 記憶喪失とはいえ、いや、だからこそ。下調べなり、準備なり、するべきだったのだ。このことは、日記にしっかり書いておかないと。


 反省していると言うと、少年はまじまじと私を見た。


「記憶喪失……なんですか?」


 うなずく。

 すると、少年は何か言いかけて、その口を閉じた。

 それから、ぺこりと頭を下げる。


「そんな事情があるとは思いませんでした。一方的に怒鳴って、すみません」

 

 さっきまでの、イライラした雰囲気がなくなっている。


「僕はシオンといいます。あなたの……名前は、おぼえているんですか?」


 首を横に振る。

 自分でつけた名前はあると、それを伝えた。


「街の外は危険です。行きたいところがあるのなら、護衛を雇うか、自分の身を守る力をつけてからにしてください」

 

 イライラしたようすはなくなったが、引き続き、厳しく注意された。

 わかったと返事をすると、シオンの表情が穏やかになった、気がする。 


「僕は、時々ですが、街外れ鍛錬をしています。ほかに予定がなければ、護衛として同行してあげないことも、ないです」


 少年は顎を上げて、またぷいっと目を逸らした。

 その横顔に、声をかける。


「ここまで来たから、釣りをしていきたい? ……少しだけなら、付き合ってあげます。少しだけですよ!」

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