三人の吸血鬼と一人の人でなしは、愛に溺れる

 それなりに広い、ただそれだけの部屋。しかし今そこは、天国へと早変わりしていた。敷布団を並べ立て、四人が横になってもはみ出すことのないそこで、愛しの三人が僕を待っていた。


 「ん……早くこっち来る」


 「そうですよ! 今日は寝かしませんからねー!」


 「うふふっ……あなたが満足するまで、愛し尽くしてあげます」


 互いの顔がぼんやりと見えるだけの、薄暗い部屋。僕は三人に誘われ、中央に座った。僕の視界のほぼ全てを占領する彼女たちは、もう待ちきれないとばかりに目をギラギラさせていた。


 「じゃあ、まずは私から」


 まず、白芽が僕に飛びついてきた。体全てで彼女を抱きしめる。何度もこうしているのに、飽きることなどない弾力性と素晴らしい包容力だ。頭を撫でて白芽を楽しむ。ここ何日か手入れが放置されていたらしいのに、素晴らしい手触りだ。


 「はぁぁぁ……幸せ」


 漏れ出る白芽の言葉もまた、僕を昂らせる。すると、僕の横に移動していた霞と凛子が、左右から耳元に息を吹きかけてきた。


 「っ!」


 「えへ……せんぱぁい、今びくんってしましたぁ。耳元に息吹きかけられて、気持ちよくなっちゃったんですかぁ?」


 「私たちは三人ですが、あなたの体は一つです。ですから、一人の相手をしている間は、こうして……勝手に励君を誘惑しますね」


 白芽を抱きしめて、その頭を撫でる。その間も、左右から二人の艶めかしい吐息が、僕の耳を刺激する。じんわりと温かくて、けれどどこか熱い。これだけでもう、頭がおかしくなってしまいそうなほどの快感だった。


 「励ぃ……こっち見てぇ……」


 途端に視界が、全て白芽で埋め尽くされた。白芽の顔がくっつくぐらいに近く、いやもはやくっついていた。彼女の唇が、僕の口元に被せられる。蕩けるような甘いキス。否応なしに、意識を白芽に持っていかれるような激しいものだった。


 「同い年の子にキスされてるのに、もう二人も女の子侍らせてるなんて、先輩は変態さんですね」


 「変態。こうやって情けなく罵られてるのに、反論の一つも出来ないなんて……人として終わってますよぉ?」


 言い返そうにも、口は白芽が塞いでいるせいでくぐもったものしか出ない。それがまた、霞と凛子を高揚させる。最初に愛して貰えなかった鬱憤を晴らすように、そのささやきは甘く、苛烈になっていく。


 「ざーこざーこっ、先耳元で変態呼ばわりされて喜ぶ、ざっこい先輩。こんな先輩を好きでいてくれるの、私達だけですよ?」


 「へんたいさんには、いくら言っても無意味みたいですねぇ。へんたい、へんたいっ、へんたいっ!」


 白芽がその口を、呼吸のために離した。ゆっくりと、狙いを横にいた二人に向ける。まずは、霞からだ。その小さな体躯で煽られては、彼女からやらなければならないだろう。凛子は、その次だ。


 「っむうう!!??」


 霞の唇を、強引に奪う。霞が幼く見えることもあり、その潤んだ目も、驚いた声すらも、全てが犯罪チックになる。しかしまぁ、このしてやったと言う顔を見るに、あの馬鹿にする口調はわざとだったのだろう。僕の意識を彼女に向けさせるための、愛情表現だったのだ。


 霞の口内を、縦横無尽に駆け巡る。その歯を、歯肉を、舌をとことんまで味わう。霞もまた、それに応戦するかのように唾液を絡ませてくる。酸素も、涎すらも共有し合う僕たちは、混じり合って溶けてしまいそうだ。


 「むぅあ……えへへ、先輩の唾液、美味しかったれす」


 恍惚とした表情で感謝を伝える霞。その姿は、そっちの筋の人が見れば欲情して襲いかねないほど、危ないものだった。僕にはそう言った趣味は無いが、新たな性癖に目覚めてしまいそうだ。


 「ほらほら、次はこっちだよ?」


 霞の姿に見惚れていると、後ろから凛子が襲ってきた。押し倒され、強引にキスをされる。一切の配慮を感じない、彼女の愛の濁流が襲い来る。その全てを受け入れる覚悟で、凛子の顔を後ろから抱え、お互いに離したくても離せない状況になった。


 「ぷはぁ……ふふっ、まだまだ励君には負けませんよ」


 先に根を上げたのは僕の方だった。彼女の濃密な口づけは、瞬く間に僕の酸素を奪い取り、僕の意識を刈り取ろうとしてきた。最後まで抵抗を続けようとした僕だったが、流石に体が持たなかった。一瞬力を抜くと、凛子はその舌に僕との白い軌跡を描きながら、僕を解放したのだった。


 「励君? 負けた君は、私を抱きしめて甘やかさないといけないと思います。なので、先ほどの白芽さんのようにぎゅーって、してください」


 まるで僕の愛を確かめるかのように、今日の凛子は甘えていた。今ここで僕を傷つけるような真似をすれば、今までの全てが台無しになってしまうと言うのもあるのだろう。ならば、凛子が満足できるまで、でろでろに甘やかそう。


 「ぁ……! これが、ハグ……なるほど、結構良いものですね」


 「あぁー-!? ズルい! 私が先のはずでしょ! もう、次こそは私ですからね!」


 「……励、私も相手してくれなきゃ、嫌」


 今度は凛子を強く抱擁して、その髪を撫でる。白芽の髪とは真反対に近い、キラキラと輝く金色は、白芽のものと同等の艶やかさを持っていた。その髪が手に馴染むほどに、ドンドンと吸い込まれていくような不思議な感覚。まさに魅惑の髪であった。


 「れぉ……あはっ、先輩また体が跳ねた。意外と耳が弱点なんですか?」


 「はぁあむ……もっともっと、私を感じてね」


 油断したころに、霞と白芽は仕掛けてきた。今度は吐息を吹きかけるどころではない、耳の穴に舌を突っ込んできたのだ。ぐちゅぐちゅとなる音と、鼓膜近くを刺激する色っぽい舌。センシティブな声も反響して、僕の理性はなすすべも無かった。


 「えへぇ……先輩、耳の中まで美味しんですね。私が綺麗にしてあげますよぉ」


 「ん……励の老廃物なら、どんなものでも食べてあげる」


 打ち上げられた魚のように、体をビクつかせる。凛子を撫でることに集中などさせないとばかりに、最初からフルスロットルで耳を暴れる霞と白芽。その行為もまた、僕を満たしていく。僕の予想以上の愛は、留まるところを知らなかった。


 「うふふっ……結構良かったですよぉ? 励君のなでなでは」


 凛子は相変わらず微笑を浮かべて、まだまだ余裕そうだ。絶対に、その顔をめちゃくちゃにして見せよう。それが、僕がすべき愛し方だから。


 「じゃあじゃあ! 今度こそ私の番です! 先輩には、私を味わってもらいます!」


 霞は、自分の肩を露出させると、それを僕に見せつけた。健康的な白い肌が、僕の眼を輝かせる。そこに口を近づけると、彼女は持参したお馴染みのナイフで、自分を切りつけた。途端に、じわっと赤い液体が流れ出てくる。いけない、このままでは布団が汚れてしまう。何より、霞の好意を無下にしてしまう。それは、良くないことだ。


 「あっ……先輩が、赤ちゃんみたいに私の血をちゅーちゅー吸ってますぅ……! 私の首に、先輩専用だって証を、くっきりつけてくださいぃ……!」


 霞の血を飲むたびに、僕まで吸血鬼になってしまったようだった。その血液が僕のものと混ざり合って、霞との繋がりを強く強固にしていく。そしてそんな僕たちが気に入らない二人が、僕の後ろにはいた。


 「むぅ。私も、励の血が飲みたい」


 「では、頂きましょうか。ちょうど、食べてくださいと言わんばかりに無防備ですからね」


 霞の首筋に吸い付く僕の後ろで、白芽と凛子は僕の首に噛みついた。白芽はいつもの定位置で、凛子はその反対から。同時に吸われるという感覚は初めてだったが、霞の血のおかげでいくら吸われても大丈夫に思える。


 「えへ……励の血、やっぱり美味しいよ。流石私の眷属こいびとだね」


 「私の眷属たべものでもありますからね。励君の体は、その全てが極上の品です」


 一人を愛す度に、二人から愛される。こんな幸せなことがあるだろうか。僕の心は、これまでの人生の中でも類を見ないほどに満ち満ちていた。白芽の愛が、霞の愛が、凛子の愛が絶えず僕の心を埋め尽くしていく。


 その速度は驚異的で、僕の寂しさや飢えはあっという間に消えていく。僕は間違いなく、疑う余地がないほどに幸せだった。こんな僕を愛してくれた三人には、これ以上の愛を返さなければならない。もっともっと深く、何処までも落ちていくようなとびっきりの愛で、三人を満たしてあげよう。


 それから僕は、三人が望む愛情表現を続けた。むしろ、それを越えてやるつもりで臨んでいたのだった。


 「私の髪、食べて?」


 僕の大好きな白芽の、その象徴たる銀髪を食べてくれと言われた時には、喜んで彼女の髪を食んだ。ただ、これほどまでに綺麗な髪を、切り落として言い訳が無い、そこで、代替案として彼女の髪を傷つけることなく、食べることにしたのだ。


 「あぁ! もっともっと、私の髪食べて!」


 僕以外がいると言うのに、その顔を緩めながら叫ぶ白芽を抱きしめながら、彼女の銀髪を味わった。歯を立てずに、食べると言うよりかは舐めると言った方が正しい行為。変態的で、綺麗なものを汚しているような背徳感が素晴らしかった。後、白芽の髪はバイアスが掛かっているとはいえ、本当に美味だった。


 「髪食べて喜ぶなんて、先輩はほんとどうしようもないですねぇ。二度と、私達以外の女の子じゃ満足できなくなっちゃいましたか?」


 「女の子の命をベトベトに汚して、励君は最低のへんたいですね。良いですよぉ? 私達なら、励君の全てを受け入れてあげますからねぇ?」


 もちろん、その間も両耳からは霞と凛子の声が垂れ流し続ける。それが演技だと分かっていても、少し心に来るものがある。だが、それもまた僕の心を埋めるのだ。彼女たちのおかげで、僕は順調に開拓を進められていた。


 「では、次は私です。あなたのこと、もっと抱きしめさせてください」


 今度の凛子のお願いは、彼女にしては可愛らしいものだった。先ほどのハグがよほど気に入ったと思える。存分に凛子の抱き枕として、彼女を愛すとしよう。


 「凄いですね、これ。抱きしめるほどに、もっと好きになっちゃいます。あなたに心臓の音を聞かれていると思うと、どうしてか興奮しますね」


 彼女の心臓のリズムが、とても心地いい。その温もりに愛されながら、僕も彼女を愛し返す。足も絡め合って、永遠にほどけることが無いように張り付き合う。


 「えへへ……せんふぁいのみみふぁぶ、らべちゃいました……」


 「はむっ……うん、すぉいふぉいしぃ」


 当然のごとく、白芽と霞は僕の耳を食べていた。耳たぶや耳介を丸ごと口の中に入れて、もごもごとしながら味わうその姿は、どんな小動物も敵わないほどに可愛らしい。今度は彼女たちの耳を舐めるのも悪くないと思った。


 「先輩の血、私だけ飲んでません! ですから飲ませてください!」


 霞はたがが外れたように、僕の指にしゃぶりついた。以前、霞は首筋からの摂取をせずに、それ以外の部位から飲んでいる。首から飲まなくていいのかと聞くと――


 「マーキングの意味も込めているので、同じ場所じゃ意味無いんです。私は私だけの印を先輩に刻んで、私の眷属かみさまなんだって示すんです!」


 そう言って、霞は僕の指を少し噛み切って、血を飲み始めた。赤ん坊が親の乳を求めるかのように、必死に吸い付く霞は、とても可愛かった。写真が撮れたなら、高解像度でプリントして部屋に飾りたいくらいだ。


 「うへへ……先輩の血、たまらないですぅ……!」


 僕の指をしゃぶる霞を撫でていると、父性のようなものが湧いてくる。このまま一生可愛がっていたい。それくらいに、霞は僕の心をがっちりと掴んだのだった。


 「はぁっ……はぁっ……励、れいぃ……」


 「うふふっ……目の間で励君が他の子を可愛がっているのを見て、お預けなんて……どれだけ私を興奮させるんですか?」


 背中には、まだまだ愛し足りない二人が、今か今かと待ち構えている。その飢えた目を背中に浴びるほに、僕は至上の喜びを感じる。愛して愛して、愛されて愛されて。1が2に、2が4に、そうやって倍々になって膨れ上がった愛情は、何処までも広がっていく。


 次は白芽、またしても情熱的なキスをした。


 「ふむぅ……もっろぉ、もっろちょうらい……!」


 次は凛子、彼女の血を飲んだ。


 「これはこれは……確かに、良いものですねぇ」


 次は戻って霞、その胸に顔を埋めた。


 「先輩、私の胸大好きですもんね。我慢した分、たっくさん触って良いですよ?」


 その次は、その次、次、次……繰り返される愛し合いは、何時までも続く。しかし、どれほど欲望をぶつけ合っても、それが鎮火することは無い。勢いを増し、それまで以上に濃厚な愛を作り上げていく。


 僕にとって、それは望んだ結果だった。粘度を増し、ジメジメとした仄暗い感情。偏愛と言ってもいいほどの、歪んで重たい愛情。それこそが、僕を満たし離れることはない愛情なのだ。


 引っ付いて、こべりついて、洗い流しても残るような、愛。僕はただひたすらに、その愛に溺れ続けるのだった。

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