幼馴染による、たった一つの冴えたイチャつき方

 「……で? どうして寛乃亮までいるの?」


 「そりゃあ……奢りだったら来るでしょうよ。某、昨日は励の分までカラオケの代金払ったことだし、プラマイゼロということで」


 人の金で学食の最高金額メニューである、ラーメン特盛チャーハンセット(600円)をバクバク喰らうこの男は、もう一人の僕の友達である、東寛乃亮あずまかんのすけだ。一人称がそれがしという、中々奇特な男だが、焦ると普通に僕と言う。では何故、あえてそのようなことをしているのか、聞いたことがある。その時の答えは、「カッコいいから」だった。


 「人の金で喰う飯ほどうめぇものは無いねぇ~。誠一も遠慮せず、いつも食ってるうどんセット頼めば良かったのに」


 「お前が奢らせなきゃ、俺がそれを喰ってたっつうの。要するに、お前のせいだ。だからそのチャーハン寄こせ」


 「嫌だね。君はみみっちく、その焼きそばパンとサンドイッチで我慢することだ」


 「お前一口もチャーハン食ってねぇだろ! 普段パサパサした栄養補助食品で満足する癖に、奢りだからって調子乗んな!」


 「あぁっ!? 返せよこの馬鹿! 某は励の金で食う飯が、世界で5番目くらいには好きなんだよ!」


 僕の目の前で楽しそうに、僕の少ない所持金で買ったチャーハンを取りあう二人。後、誠一が遠慮したと言っても、その差はたったの百円程度だ。こいつは奢りとなると、絶対に自分じゃ頼まないメニューを頼む奴だった。


 「はぁ……」


 「「…………」」


 しかし、これからのことを考えると憂鬱だ。決して白芽の好意が嫌と言う訳では無い、無いのだが……


 「はぁ……」


 「ねぇ、なんで励はあんなにため息ついてるの? もしかして、流石に食いきれない量頼むのは不味かった?」


 「お前の無神経はいつものことだろ。そうじゃなくて、今日の一限に、色々とあったみたいでな」


 「ふーん……どうせ吸血鬼絡みのことでしょ。白芽ちゃんの前で、他の吸血鬼とイチャイチャした、とかさ」


 「当たり。しかも昨日は俺たちがこいつを連行したせいで、倉持が大分お怒りだ」


 「うっはぁ! それめちゃ面白いね!」


 人の不幸をゲラゲ笑う寛乃亮。そうだ、こいつはそういう奴だ。自分が面白いと思ったことに正直で、空気を読むつもりなんて更々ない。こいつの無神経さを見ていると、これくらいドンっと構えている方が良いように思えてしまう。実際はキレた白芽に蹴飛ばされたり、霞に眼鏡を壊されたりしているので、多分それは間違いだ。こいつの真似だけは絶対にしてはいけない。


 いつもは昼食についてくる白芽が、今日に限って来ていないのがまた怖い。白芽の傾向的に、関りが薄かった日にはそのバランスを取るため、夜に何かを仕掛けてくることが多い。もしや、前に言っていた暗示ぐずぐずコースだろうか。白芽を甘やかすだけの機械にされるという、あれなのだろうか。


 どう白芽を落ち着かせようか悩む僕の目の前に、チャーハンが置かれた。顔をあげると、ドヤ顔した寛乃亮がこう言った。


 「ほら、某のチャーハンあげるから、元気だしなって! これ食ってスタミナ付けて、白芽ちゃんを返り討ちにしてやんなよ!」


 清々しいほどの笑顔を浮かべながら、僕にサムズアップする寛乃亮。うん、それ僕の奢りだし、単純に食えないだけだろ。良いことしたぜみたいな顔をするな。まぁ、貰うけど。


 「……食後の牛乳もあったら、元気でる」


 「おい誠一、某はもうチャーハンあげたし、お前が奢ってあげなよ」


 「お前、一銭も出してねぇじゃん……」


 結局、牛乳は誠一が奢ってくれた。彼らのおかげで、少し元気が出た気がする。それに、一週回って何でも来いと言う気持ちになってきた。やはり、友達との食事は心の栄養だ。僕は覚悟を決めながら、決戦の放課後を待っていた。


------------


 「励……帰るよ」


 「お、おう……帰るか」


 いつも通り無表情な白芽は、放課後になると僕の教室へやってきた。準備を終えると、僕の手を引っ張ってグイグイ進んでいく。


 呆れたような顔をした川瀬が、ひらひらと手を振っていた。僕が明日も正気だったのなら、また会おう。


 帰り道、僕たちは無言だった。いつもなら学校で話せない分を埋めるかのように、他愛もない話をするのだが、白芽はずっと無言だった。


 僕もまた、彼女に心配をかけてしまったという負い目から、気の利いた一言も言えないでいた。と言っても、普段から気の利く言葉が言える訳ではないので、そういう意味で僕は平常運転だった。


 ただ、僕の手を引きながら前を歩く白芽。子供扱いされているようで、少し恥ずかしい。実際白芽から見たら、今日の僕は子供と同じくらいだったということなのだろう。


 駅に着き、自宅の最寄り駅に到着するまで、僕たちは一言も会話をしなかった。なんとも言えない居心地の悪さを感じていると、駅を出た白芽が最初に切り出した。


 「もう、良いかな。ねぇ励、少し鞄貸してもらって良い?」


 「良いけど……何するの?」


 「荷物チェック」


 ゴソゴソと、近くに設置してあるベンチに座って、僕の鞄を物色する白芽。少しして、彼女はあるものを外側のポケットから取り出した。


 「これ、何?」


 「お守りだよ。この前、修学旅行に行った蓬莱先輩に貰ったんだ。」


 学業成就と書かれたそれは、少し大きめの何処にでもありそうな物だった。お土産として渡されたそれは、カバンの外ポケットに入れっぱなしだったのだ。それが一体、なんだと言うのだろう。


 「ふーん……ちょっと待っててね」


 「? 分かった」


 スタスタと僕の眼が届かない場所に行くと、すぐに白芽は戻ってきた。理由は分からないが、機嫌が良くなっていた。


 「はい、返すね」


 「何の意味があったんだ?」


 「ちょっとね。あえて言うなら罰当たりな人への忠告、かな」


 そう言うと、白芽は僕の腕に抱きついて頬擦りし始めた。心なしか胸を押し当てている気がする。ただ、そのことについて触れると、また霞の二の舞になることは目に見えていた。それに、今日は彼女に随分と心配をかけた。これくらいなら、いくらでもやってくれて良い。


 「今日、励の家に泊まっても良い?」


 「え? あー……ほら、父さんと母さんがどう言うか分からないから……」

 

 ここで渋るのには訳がある。僕の両親は、白芽のことをあまり良く思っていない。吸血鬼という存在を迫害することは無くとも、肯定することもない。ただ、分からないものを恐れているだけなのだが、大人になってから考えを変えるというのは存外難しいらしい。


 だから、白芽と顔を合わせると少し余所余所しいのだ。彼らは大人なのでそれを全面に出すことは無いが、それでも何となく分かってしまう。それはどんなに隠そうとも表情に、言葉に、態度に出てしまう。白芽には、出来る限り悲しい思いをしてほしくないのだ。


 「ん……じゃあ、私の家にしよっか」


 「それこそ、美幸さんが許さないんじゃない?」


 美幸さんは、白芽の母親の名である。白芽と同じく吸血鬼であり、白芽の最後のストッパー。白芽も母親に対しては素直に従うのだ。美幸さんは、将来的に僕と白芽が深い仲になったり、責任を取るようになることは望んでいるものの、それを強制することはない。あくまで僕たちに選択の余地を委ねている。


 「大丈夫、許可は貰ってる。あらかじめ私自身に暗示をかけて、約束はきちんと守るって言ったら許してくれた」


 「そっか……なら、良いよ」


 「うんっ!」


 ようやく、ちゃんとした笑顔を見れた気がした。白芽は自分に暗示をいくつかかけており、その内の一つに表情の固定化がある。僕と両親以外に笑顔を決して見せないように、彼女は自らの表情を動かさないようにした。だから、例え僕の前だけだろうと笑ってくれるのは、本当に嬉しい。


 一度家に帰って母親に今日は泊まることを伝える。案の定、心配されたがなんとか説得する。ここに父さんはいないが、居たら同じようなことを言うだろう。だが、二人とも白芽が嫌いだからこんな風にしているのではない。ただ、僕のことを心配しているのだと分かっている。


 それでも、僕は彼女の元に行く。そこに下心が一切無いとは言わないし、言う資格は無い。僕はいつだって下心満載で人助けしている。そこに正義だとか秩序だとかの高尚な理由無く、ひたすらに僕の自己満足のためなのだ。白芽をあそこで助けたからには、これからも助け続けなくてはならない。それが僕の責任だ。


 「あら~、こんばんは」


 「どうも、お邪魔します」


 白芽の家に入ると、美幸さんが出迎えてくれた。女性ながら、この年の平均より少し上くらいの身長の僕よりも大きく、それでいてどこも無駄な所がない。時代が時代なら絵画の一つでも残っていそうな美人が、そこにはいた。


 「お母さん、今日ご飯要らない」


 「えー……励君連れてくるって言うから張り切ってたのに……」


 「すいません。今日は付きっきりの約束なんです」


 すぐさま部屋に僕を連行しようとする白芽だが、美幸さんが僕を呼び止めた。渋々と僕を引き渡すと、「早く来てね」とだけ言って二階にあがっていった。僕は、ニコニコとしている美幸さんに向き直るのだった。


 「自分の娘ながら、似なくていい所まで似ちゃって……励君には迷惑をかけるね」


 「迷惑だなんて、これっぽちも思ってませんよ。ただ、暴走するのだけは勘弁してほしいです」


 「ふふっ……今日は大丈夫よ。みすみす自分からチャンスを逃すような子じゃないもの。あの子は基本的に、優しい子だから。まぁ、励君が絡むと少し頭がお花畑になっちゃうけどね」


 クスクスと笑いながらそう語る美幸さんからは、本当に白芽が大事なのだと伝わってくる。ほんの少しだけ、白芽が羨ましい。僕は、これくらい両親に愛されているとは思わないから。比べる意味も無いのに、そんなことを考えてしまった。


 「ただ、いくら娘が可愛いからって、あなたが暴走しちゃ駄目よ。それから先は、もう少し大人になってからじゃないと許しませんから」


 「はい、分かってます」


 僕の返答を聞いた美幸さんは、僕の頭を撫でて微笑んだ。流石は白芽の母親である。不覚にも、ついドキッとしてしまった。


 「ねぇ……そろそろ返してよ」


 「あなたはもう少し、余裕というものを持ちなさいな。そんなんじゃ、励君に愛想つかされちゃうわよ?」


 「大丈夫。私と励は赤い糸で繋がってるから」


 「はぁ……メルヘンな娘でごめんなさい。白芽を、よろしくお願いします」


 返事をしようとすると、白芽が僕を持ち上げてそのまま自室へと連行されてしまった。何処か甘い匂いのする、白芽の自室。その部屋の隅にあるベッドに放り投げられると、白芽はそのまま僕に抱き着いてきた。今朝のような首に手を回すやり方ではなく、脇の下から背中に腕を回して、締め上げるような抱き着き方だ。


 「ふぅっー……はぁー-。励の匂い、安心する。けど、まだ全然足りない。励も抱きしめて」


 「分かってるって……ほら、ぎゅーだ」


 「これ、すきぃ……! もっともっと、ぎゅーして!」


 僕に甘えてくる時の白芽は、少し幼児退行する。何だかそういうプレイみたいだが、決して邪な気持ちは無い。無いと思いたい。だって、この時の白芽は本当に可愛いのだ。普段見せないような、蕩けた顔をした白芽が全身を使って愛情表現してくる。これを見て何も思わない奴は男じゃない。


 「励、なでなでも。私の髪、もっと触って」


 「うん……白芽の髪は、本当に綺麗だね。サラサラで、手触りも良い。ずっと触ってたいよ」


 「いいよ……? 私の髪、励だけのために手入れしてる髪、励だけが触って?」


 この背丈の半分以上もある髪を手入れするのは、きっと大変だ。そのおかげで、この髪は本当に触っていて飽きない。指を入れても、滑らかな銀の糸は絡まることなく指を撫でていくだけであり、天然のシルクのようだ。髪を梳いて、頭も撫でる。その度に甘い声を漏らすので、僕の理性はゴリゴリと削れていくのだった。


 「あぁ……励の血飲みたい……でも、我慢する。私、偉い?」


 「偉い偉い。ちゃんと約束守る白芽、大好きだよ」


 「っっっ!!!!」


 白芽の耳元でそう囁くと、彼女は僕の首元に吸い付いた。きちんと約束を守って、血管を傷つけるようなことはしない。ただ、血も出ないのにちゅぱちゅぱと赤ん坊のように吸引してくる。


 「んあっ……ちゃんとマーキングしないとね。励は私のだって、あいつらに見せつけないと」


 甘く、溶けていくような感覚。濁流のように流れ込んでくる白芽の感触は、理性を擦り減らすばかりだ。だから、僕は少し欲望に負けることにした。必死に首元にキスする白芽の髪に、僕は顔を突っ込んだ。


 「っうあ……!」


 綺麗な銀色の髪。僕があの日守れた、白芽の宝物。そこからはフルーティーな香りがして、僕の嗅覚を刺激する。幸福な気持ちが段々と高まって、もっと嗅ぎたくなる。白芽の大切な髪をこうして楽しめる僕は、世界で一番幸せだ。もう、これで死んでもいいとさえ思える。


 「えへへ……どう? 私の髪の毛は、気持ちいい?」


 「最高だ。これなら食える」


 僕は白芽の髪を、白芽は僕の首元に顔をくっつけて、お互いに貪り合う。その行為は、扉から美幸さんの声がするまで続くのだった。


------------


 私だけの、励。私が好きな、励。私を思う、励。私を見る、励。私を嗅ぐ、励。私を撫でる、励。私を味わう、励。私の声を聞く、励。


 その全てが、たまらなく愛おしい。その全てを私で満たしたい。その全てで、私を蹂躙して欲しい。


 もう、誰にだって励を見せたくない。誰にも話させたくない。誰にも触れさせたくない。


 今日は、たくさん我慢した。朝は少しだけ気持ちよかったけど、それからは最悪だ。あの贅肉の塊も、傲慢な悪魔も、私から励を奪おうとする。


 それは、駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。渡さない。髪の毛の一本、吐きだす息すらあげない。


 でも、我慢した甲斐があった。今日の励は少しだけ積極的なのだ。普段は私の髪を物欲しげな顔をするだけだったのに、今日は自分から来てくれた。嬉しい。


 もっともっと、励を味わいたい。まだまだ、満たされない。深い深い愛を、彼に示したい。


 だから、少しだけわがままになる。励が眠った隙をついて、彼の上に乗る。馬乗りの姿勢は、征服感があってとても気持ちいい。けど、それで満足するつもりは無い。


 スースーと寝息を立てる口元を見る。恥ずかしがって、いつもはしてくれないこと。口づけを、今日はしたいと思う。これくらいなら、私たちの年の子は皆してるよね。だから、これは大丈夫。


 まずは一回。軽く唇を合わすだけの、シンプルなキス。じんわりと体が温かくなって、ビリビリと痺れるような電気が体を駆け巡る。次は、顔の全体にキスの雨を降らせる。


 一つ、二つ、三つと、どんどん数を増やすたびに、仄暗い喜びが私の脳を壊していく。普段の行為がまるでおままごとみたいな、激しい愛情表現。無防備に寝息を立てる励が悪いのだ。私より早く寝てしまって、私を満足させない励が悪いのだ。


 まだまだ、今日の埋め合わせは足りていない。顔が終わったら次は上半身、両腕、次は下半身、両足だ。大まかにキスを終えると、今度は脇の下、首、踵まで満遍なくマーキングする。全身から私の匂いがして、全て私色に染めた。もう、他の女の臭いなんて一切しない。


 でも、後もう少しだけ足りない。最後に、これだけして今日は寝よう。私はゴクリと唾を飲み込んで、励の首に手を回す。


 今度は、軽いキスなんかじゃない。重くて深い、本物のキスだ。励の口に舌を這わせて、ゆっくりと彼の口内に侵入する。生暖かい、彼の口の中。少しづつ、ピンク色の穴を探索していく。その歯を、舌を、粘膜を堪能する。


 「れろっ……ぬむっ……はぁああ……!」


 息が続かなくて、舌を抜いて息を吸う。もちろん、間に励をかませることを忘れない。彼の成分が入った空気しか、今は吸いたくない。


 もう一度、彼の口に侵入する。歯を一本一本舐めて、彼の汚れを拭っていく。彼の唾液と私の唾液を混ぜ込んで、一気に飲み込む。彼の舌と私の舌を絡ませて、その感触を楽しむ。


 どれも頭がクラクラしてきて、それでいて脳内がバチバチとショートするほどの快楽だった。体も、熱くてたまらない。励にそれを慰めて欲しくて、彼の手を私の頭に持ってくる。自分で動かしても、あまり気持ち良くない。


 「あっ……」


 でも、私の想いは通じた。寝ているのに、彼は私の頭を撫でてくれた。あまりにも嬉しくて、彼の優しさに溺死しそうだ。それを示すように、私は彼の体を力一杯抱きしめた。


 すると、私の奥からしまい込んだはずの欲求が現れる。彼の血液だけでなく、彼の体そのものを食べたいと言う衝動。許されないそれが、ゆっくりと手を伸ばしていた。でも、それを私は暗示で何重にもして封印する。私は励を楽しむことはしても、傷つくような真似は絶対にしない。そこは励にたかる吸血鬼どもとは違うのだ。


 彼が私色になったことで満足すると、心地良い眠気が襲ってきた。明日もあるし、もう寝よう。彼の鼓動を聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。彼の心臓から流れる、血液を想像しながら、私は眠りについた。明日は、朝一番の出来立て血液を楽しもう。励、大好きだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る