金髪お嬢様吸血鬼先輩 当然のように愛が重い
耳元に暖かな風を感じて、目が覚めた。頭が上手く回っておらず、それが声だとは気づかなかった。ただ、反射的に音の発生源を確かめようと手を伸ばした。そこに何があるのかも見ずに。
「きゃっ!」
「ん……? やわっこい……」
背中に汗がつうっと伝って、僕の中に焦りが生まれた。この世のものとは思えない、弾力性を持ったこの物体。モチモチとしていて、肌触りも良いこれは一体なんだ? 視線をゆっくりと手に持っていき、そこにあるものを確認する。
そこには、顔を真っ赤にしながら固まっている霞がいた。そして、僕の手は彼女の胸の辺りに収まっていた。状況が理解できず、とりあえず手を動かして揉んでおく。柔らかい。胸の柔らかさは、胸の柔らかさとしか形容できない。とにかく、柔らかかった。
「んぅ……先輩……」
「はっ!? 僕は一体何をっ!?」
急いで手を離す。顔を真っ赤にしながら、こちらの様子をちらちらと伺う霞は、酷く煽情的だ。頭の軽い奴だったら、この場で襲ってしまいそうなほどの魅力を垂れ流している。とにかく、僕はとんでもないことをしてしまった。ベッドの上で、土下座の姿勢を取る。
「大変申し訳ありません!!罰はなんなりと受けますので、どうかこの件は内密にっ!!!」
欲望のまま触っておいて、虫のいい話だということは分かっている。けれど、恥を忍んででもこの事実を誰かに知られるわけにはいかない。そんなことになったら、学校での僕の評判はセクハラ変態野郎に格下げされ、白芽からの雷が落ちるだろう。
特に、白芽がやばい。彼女ならこれを不貞行為と考えて、前に言っていた折檻コースにご招待されるやもしれない。三日三晩、暗示でグズグズにされ続けるそれは、僕のこれからの生活に多大な影響を及ぼすこと請け合いだ。絶対に知られるわけにはいかない。
「良いんですよ? 先輩が触りたいって言うなら、もっと触っても。ほらほら、白芽さんじゃこれは味わえませんもんね? 存分に楽しんでください」
ニコニコと笑いながら、僕の手を掴んでまた胸に押し付けようとしてくる。いや、それはとても魅力的な提案なのだが、それを受けてしまうと僕の貞操やら精神やらの保証が無くなってしまう。最近は、白芽の沸点が徐々に下がってきているのだ。どこで地雷を踏むのか、分からない。
「何、してるの?」
心臓がキュッとなった。今の状況を一番見られたくない人の声がした気がする。ゆっくりと声がする方を見ると、不機嫌な白芽がいた。無表情で、普通の人はこの状態の白芽を見ても何とも思わないかもしれない。ただ、長年白芽と付き合ってきた僕は分かる。これは、ヤバい。
「ッチ……いえ、嫌がるようなことは何も。先輩が私に触りたいと言うので」
「いやっ……触りたいとは一言もいっ」
「行動で示してくれたじゃないですか。私の胸を確認してから、もみもみって」
「……は?」
あ、まずい。今のは完全にアウトだ、しかも白芽が少し気にしている胸の話題、ダブルプレーだ。いつも通りのはずの顔は、しかし明らかにキレている。つかつかと目の前に来ると、強引に僕の手を取った。そのまま僕を引き付けると、首の後ろを掴んで引きずっていく。喉が締まって、声が出ない。霞は僕を見るとにっこり笑って、こう言った。
「では、また今度。次回はもーっと凄い事、一緒にしましょうね?」
火に油を注いでいきやがった。僕はそのまま、空き教室まで引っ張られるのだった。
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「で? 本当に触ったの?」
「はい……触りました……」
とある空き教室で、僕は正座をしていた。普段はイケイケのグループが使っているそこは、鍵の開いていることが教師に知られていない穴場である。また、ここに男女で入っていくことが多いことでも知られていた。つまり、そういう場所である。
「反省、してる? 浮気は駄目だって、あれほど言ったのに」
「う……ごめんなさい……」
今回の件に関して、僕は何も言い訳出来ない。白芽の気持ちを知っていながら、他の女子のデリケートな部分を触ったのだ。浮気以前に、犯罪である。
今の僕に出来るのは、白芽に誠心誠意謝ること。それしか道はない。例えどんな罰も、僕は受ける所存だ。白芽は僕を見下ろしながら、僕の眼を見て言った。
「じゃあ、私にも同じことして」
「……いや、それは……約束を破ることに……」
あの日、白芽の血を吸うと決めた日。僕は白芽のお母さんと、ある約束をした。それは、彼女と淫らなことはしない事。するとしても、それは僕が責任をしっかりと取れるようになってからだと、そういう約束だ。
僕も今年で17になる。しかし、まだ未成年だ。甲斐性もなく、稼ぎの無い僕に白芽の人生を歪める責任を取れると、言い切ることは出来ない。だから、どんなに白芽が暴走しようと、今までは一定の線引きをしていたのだ。これは、それを越えてしまうのではないだろうか。
「大丈夫、心配しないで。励は何も悪くないんでしょ? 全部あの泥棒猫が、勝手にやったことなんでしょ?」
「いや、そうじゃ……」
「少し、触れてくれるだけでいいの。私にも、励の愛を分けて? だってあなたは、私の
「っ,,,」
悲しそうな顔をする白芽を見て、僕の心はどんどん揺らいでいく。触ってしまったものは触ってしまったのだから、その責任は取らなければいけない。それは、霞はもちろん白芽に対しても同じかもしれない。白芽は、僕のせいでこんな顔をしているのだから。
だったら、彼女の願いを叶えてあげるべきなのではないか? それが例の約束に抵触する恐れがあっても、僕にはそれを履行する義務が生じるのでは? 約束を取るべきなのか、白芽のお願いを取るべきか、簡単に選ぶことの出来ないものだった。
その僕の葛藤が、白芽には気に入らなかったらしい。
『私の胸を触って』
「っ、駄目……!」
耳元で小さくそう呟かれると、僕の体は勝手に白芽の胸へと吸い込まれていった。自分で選ぶのと、選ばされるのは違う。これは、僕の意思で動いているものでは無いのだ。このまま胸を触って、その責任を白芽に押し付けるなど、してはいけない。それはあまりにも、無責任だ。
しかし、体が止まることは無い。そのまま、僕の手は白芽の胸の中に……
「そこまでに、して頂けるかしら?」
教室の扉が開かれて、誰かが入ってきた。すると突然、体が後ろに引っ張られていく。この感じ、僕は何度か経験したことがある。この学校に在籍する最後の吸血鬼である人。振り向くと、自信に満ち合ふれた顔をしたその人が、僕の首に手を回していた。
「
「あらあら……あなたの所有物でも無いのに、随分と横暴な事ですね。そんなことでは、彼に嫌われてしまいますよ?」
綺麗な金髪に、モデルのような体形。さらにお金持ちという非の打ち所がないこの人は、蓬莱凛子さん。僕の一つ上の先輩である。
いい香りがすると話しかけられ、この学校に入学した頃に出会ったのだが、蓬莱さんは神出鬼没だ。何処にでも現れるし、どんな情報もどうしてか知っている。本人曰く、それは「運命」らしいのだが、今回もその謎パワーで来たのだろうか。
「励は私の
「はぁ……会話が成り立ちませんね。私も暇では無いので、手早く終わらせましょうか」
「蓬莱さっ!?」
僕の体を持ち上げた蓬莱さんは、そのまま教室を出ていく。もちろん、後ろから白芽も追ってくるのだが、どんどん離れていく。ついには、あの白芽を振り切ってしまった。部室棟まで来ると、彼女はその一室に入っていった。そこは物置部屋のような場所で、少し埃っぽかった。
「蓬莱さん……ありがとうございます」
「いえいえ、後輩がふしだらな行為をしようとしていたら、それを止めるのが先輩の役目です。一応、これでも風紀委員ですしね」
これで今日は白芽に締め上げらること間違い無しだが、突発的に仕掛けられるのと準備をして臨むのとでは、雲泥の差がある。それに、ここは学校だ。僕にその気があろうと、ここでおっぱじめるには問題があり過ぎる。
「それにしても、どうしてあそこに? 今は授業中なのに」
「あぁ……川瀬君があなたを探していたので、話を聞いたんです。それで私も協力をしたんですよ」
そうだったのか、後で誠一にも礼を言わないといけないな。それと、蓬莱さんにも。優等生の彼女に、授業をさぼらせてしまった。
「大丈夫ですよ。私のクラスは今、自習です。励君が気に病む必要はありません。だって、悪いのはあの女なんですから」
「そう……ですか。それでも、すみません」
白芽は悪くない、悪いのは僕だと言いたかったが、助けてもらっておいてそんなことを言うのは、違うと思う。白芽の気持ちを知りながら、それを約束や責任だとかで保留にしている僕がいけないのだ。蓬莱さんは僕の身を案じて助けてくれたと言うのに、当の僕はこんなことを考えている。そう思うと、彼女の顔を見れなかった。
「僕は……間違ってるんですかね? 白芽の気持ちを知ってるくせに、それを見ないふりすることが本当に正しんでしょうか?」
「さぁ……? 私にはわかりません」
「で、ですよね……突然、ごめんなさい」
「ですが、正解は無いと思いますよ。例えあなたが倉持白芽を捨てようと、はたまた橘霞を選ぼうと、それは間違いじゃありません。あなたの未来を決められるのは、励君だけですよ」
「僕……自身」
蓬莱さんはいい人だ。何かと僕の悩みを聞いてくれる。だから、つい弱音を吐いてしまうのだ。蓬莱さんなら、きっと適切な言葉をくれるだろうと思って。
確かに分かったことがある。それは、僕は逃げてはいけないと言うことだ。数分前に逃げておいて、何を言っているのかと思うかもしれないが、これは精神的な話だ。いくら白芽の愛が重かろうと、そこから逃げることだけは絶対にダメだ。どんな結末になろうと、僕は白芽に答えを出さなければならない。
「ありがとうございます。おかげで、きちんと向き合えそうです」
「それは良かっ……!?」
蓬莱さんはにこやかな表情を一転させて、全身で僕の体を包み込んだ。驚く僕に、彼女は小さく囁いた。
「倉持白芽が近づいてきています。少し窮屈でしょうが、我慢してください」
蓬莱さんはそう言うと僕の体を持ち上げて、隅に置いてあったロッカーに体を押し込んでいった。当たり前のように、蓬莱さんの色々な部分がくっつく。流石にこれは不味いと、声を出そうとした時、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「……おかしい、ここから励の匂いがしたのに」
よく見えないが、白芽の声だ。あそこからこの短時間で潜伏場所を割り出すなんて、流石の蓬莱さんも予想外だったようだ。白芽はゆっくりと歩を進める。コツ、コツと足音が近づくたびに、心臓がバクバクとしていた。それは白芽に見つかってしまうのではというものもあったが、蓬莱さんの体温が感じられるというこの状況に対してもだった。
すると、蓬莱さんからもっときつく抱きしめられる。吸う息全てが蓬莱さんを通って、僕の肺に収められていく。密室で抱き着き合う状態と、この体制。頭は茹って、ぼうっとしていく。明らかに酸欠だった。
「励が、汚されてる気がする。早く見つけないと」
白芽は、ロッカーに潜む僕たちに気付くことなく、その場を立ち去って行った。それと同時に、僕も意識が朦朧としてきた。頭が沸騰しそうなくらい熱いし、くらくらする。
「ふぅ……あら? 励君?」
情けないことに、僕はそのまま気絶した。
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「酸欠……ですかね。少し押し付け過ぎましたか」
ロッカーを出て、彼の呼吸や脈を確認する。中々こんな機会は無いので、少しやり過ぎてしまったようだ。ついでに色々な所をまさぐる。美味しそうな彼の体を見て、少し涎が垂れそうになった。
「ほんと……無防備なんですから……」
私が吸血鬼だと言うことを、本当に分かっているのだろうか。しかも私は、彼を食べたいと公言しているのだ。こんな隙を見せては、食べてくださいと言っているようなものでは無いだろうか。あの日も、彼は無防備だった。
あの日とは、彼が入学した日。私にとって何ら変わりない日だった。ただ、風紀委員の仕事で新入生への誘導をしていただけの、なんてことない一日。
「ねぇ……あの人ってもしかして……」
「絶対そうだよ……! 私、吸血鬼って初めて見たかも……」
後ろから聞こえる、愚民どもの声を無視しながら仮面を被る。人を珍獣のようにジロジロ見るものだ。本当に煩わしい。出来ることなら私の力で引き寄せて、二度とそんな口が聞けないほど痛めつけてやりたい。不躾にも私をジロジロと見る彼らのせいで、私はイライラしていた。
しかし、そんな不満を吹き飛ばすかのような出来事が起こったのだ。なんら変哲もない、三人組。長身の男と、眼鏡をかけた男、そして……彼がいた。一目見た瞬間に、ただ食べてみたいと思ったのだ。何の変哲もない、ただの新入生をだ。
こんなことは今まで一度だって無かった。血を飲みたいと思うことは多少あったが、その人の血肉を喰らいたいだなんて、あり得なかった。この気持ちの正体を確かめるべく、私は彼に近づいた。もう少し気の利いた事を言えれば良かったのだが、その時の私は舞い上がっていた。
「そこの君、ちょっといいですか?」
「え……? な、なんですか?」
「少し、あなたの匂いを嗅がせてもらって良いですか? まぁ、駄目だと言われても嗅ぎますけどね」
「ちょっ!?」
手を引いて、校舎裏に彼を連れ込んだ。周りの目が無い事を確認すると、私は彼の匂いを隅々まで嗅ぎ始めた。まるで変態のようだが、それくらいに彼の香りは私を狂わせたのだ。甘くて、それでいて芳醇な香り、最高だ。
ひとしきり嗅ぎ終えると、私は彼の名前を聞いた。
「えっと……遠山励です。あの、そろそろ良いですか? 早くしないと、白芽が……」
「励、その人誰?」
彼の名前を頭で何度も反芻していると、そいつは現れた。銀髪の赤い眼をした、私と同類の吸血鬼。その眼を見ただけで分かった。こいつもまた、彼に狂わされた一人なのだと。
彼が敵意剥き出しな彼女を必死でなだめている間に、私は静かにその場を立ち去った。これから準備をしなくてはいけなかったから。どうせ、またすぐに会うことになるのだ。焦る必要はない。
私には、どんなものも引き寄せることが出来る。それが物体であろうと、現象であろうと、例え運命であろうと例外は無い。だから、私は今まで欲しいと思ったものを全て手に入れてきたし、失敗をしたことが無い。
彼が欲しい、そう望めば運命は私に味方するだろう。どれほど付き合いが長かろうと、どれほど彼を慕おうと、最後には収束する。未来は私の手の中だ。
ただ……流石に一年以上も待たせられるとは思っていなかった。考えていたより、彼の奥底にはあの女が根付いているらしい。あまり直接的に関わらなくても手に入ると思っていたが、もう我慢の限界だ。これからはどんな手を使ってでも、彼を手に入れる。
その下準備は、既に済ませた。彼は私を良き先輩だと思っているし、相談も良くしてくるようになった。そろそろ、本気を出してもいいだろう。あの傲慢な女達に、彼は相応しくない。彼の熟成されたその肉体を味わうのは、この私だけでいい。
気絶した彼を背負って、部室棟を出る。彼の体温とほのかに匂う汗を楽しみながら、彼の教室に向かう。その途中の連絡通路で、見かけたことのある人物がいた。川瀬誠一だ。二限が終わっても帰ってこない彼を心配して、探しに来たのだろう。友達思いのいい子だ。
「あんたっ……! 励になにしたっ!」
「私は、何も。ただ倉持白芽に襲われそうになっていた彼を、助けただけですよ。嘘をついていると思うなら、後で彼に聞きなさい」
彼を降ろして、川瀬に身柄を渡す。少し残念だが、彼から悪印象を抱かれていいことは無い。川瀬もまた、彼女らとはまた違えどこの子を大切に思っている。私は貞淑のある女なのだ。欲望のまま彼を貪る倉持白芽とは違う。
「……俺は、あんたを信用してない。こいつは吸血鬼のせいで、人生を無茶苦茶にされてる。あんたも、そこに含まれてるのを忘れるなよ」
「ふふっ……肝に銘じておきます」
そのまま私は教室に戻った。そこでは私の友達を名乗る者たちが、口々に授業をサボってどこに言っていたのかを聞いてくる。私はそれを誤魔化しながら、片耳にイヤホンを付ける。そこからは、環境音に混じって彼の声が聞こえてくる。
「たくっ……心配させんなよな」
「ほんとごめんっ……今日の学食奢るからさ、機嫌治してよ」
「おっ、言ったな? じゃあ、ラーメンと焼きそばパンとコーヒーと……」
「財布空っぽになるって! 少しは遠慮しろ!」
彼と楽しそうに話す川瀬に、少し嫉妬する。学年が違うため、こんな方法でしか彼の声を楽しむことが出来ないのだ。早く彼の全てを占領してしまいたい。彼の声を聞くたびに、その想いだけがどんどん募っていく。彼のお腹を引き裂く妄想。彼の首筋に歯をたてる妄想。彼の血を飲み干す妄想。その全てが私をじらしていく。
私は軽く授業を流しながら、彼の吐息や呼吸に耳を傾けるのだった。その頭を、彼の妄想で一杯にしながら。
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