第8話 プロポーズしちゃったこと、あんだよね
「僕はね、誠くんは……、こんなことを言うと不躾かもしれないけど……」
そういって、しばらく黙った後、思い切って、という風に言った。
「彼は今回の巨大生物に殺されたのかもしれないと思ってる」
一瞬頭の中が真っ白になった。誠と、俺が見たあの生物とを結びつけるのが難しかったからだ。
「どうしてそう思うんですか?」
割と間髪入れずに桐谷が聞いた。ちょっと意外だった。
「警察が湖から見つけた美吉くんの制服は引き裂かれていたそうだ。彼が何らかの理由で湖に落ちたとして、そこへあの巨大生物が来たとしたら、可能性はある。実際、近藤くんは咬まれた。誠くんが食われたとしても不思議じゃない」
理解が追いつかない。というより、食われた、ということを信じたくない方が勝っている感じだ。
「……そんな前からいたんですか?」
桐谷が聞く。まさか、と言いたげだ。
「僕はそう思う。もう随分前から学校の周りにいたんだと思う」
「いつぐらいからですか?」
「去年の今頃だと思う」
「なんでそう思うんですか?」
「太一くん、」
「はい」
急に名前を呼ばれたので、少しびっくりしてしまった。
「去年の今頃くらいから釣り部では、魚が釣れなくなった、って問題になってなかった?」
「あぁ、はい、そうです」
「魚は多分、あの巨大生物にほぼ食い尽くされた。なんせ五メートルの巨体だ。湖中の魚を食い尽くしたとしても不思議はない。学校の周辺で目眩を訴える生徒が増えたのも、確か今の時期からだったよね? しかも、目眩を訴える人は大体湖の周辺にいた」
「そう、そうですそうです!」
「目眩は、おそらく保護色と関係があるのだろう。いくら周りと同じ色になっているとはいえ、動けば周囲とはズレるからね。それを目眩と感じたか、或いはそれが原因で目眩を誘発したか」
近藤が空中にいたのを見た時、目眩がしたのはそういうことだったのだろう。
「一年も見つからなかったのは、多分擬態能力のためだ。奴はほとんど消えてしまうくらいの強烈な保護色を持っているからね」
「じゃあ、俺たちは、この一年ずっと、奴のことを見ていたんですか?」
桐谷が聞いた。
「そういうことになるね」
そうとは知らずに俺たちは学校で生活していた。じんわりと、恐怖が後から立ち昇って来る。それこそ、眩暈がしそうだ。
気まずい。ものすごく気まずい。
作戦は決行となり、打ち合わせは終わった。それぞれ準備に取りかかることとなり、一旦教室に戻ることになった帰りの廊下。桐谷と二人である。しかも、生物室からウチの教室までは長い。
小学生の頃の話だが、あれは四年生だったか、五年生だったか。
何でそういう状況になっていたのかはよく覚えていない。とにかく俺と桐谷が喧嘩になったのは、誠が桐谷にボコボコにされていたのがきっかけだった。要は誠を助けに行ったのである。ただ当時から桐谷は体がデカく、力もあったので、俺もあッという間にボコボコにされてしまった。
だからか、桐谷は油断したらしく、一瞬隙を見せた。対して、俺はもう必死だったから、無我夢中で桐谷の腕を掴み、必死で、思いっ切り、それはもう思いっ切り、プロレス中継で見たアームブリーカーを見よう見まねでやってみた。すると、結構なニブい音が聞こえた。嫌な感触が肩に残った。その感触は今でも覚えている。
悲鳴と共に倒れた桐谷を見て、やばいな、と瞬間的に思った。桐谷は脱臼をしてしまった。桐谷は野球でピッチャーをやっていたので、親とかも出てきて大変な騒動になってしまった。
あれ以来、桐谷はピッチャーをやっていない。俺も桐谷も、以前にも増してお互いを避けるようになった。
その桐谷が俺に話があると耳打ちした。桐谷的には絶好のシチュエーションである。
「俺さー……、」
ほら来た。しかし、そう言ったきり黙ったままだ。このまま教室まで着いて欲しい。
「死んだから言うわけじゃないんだ……」
どういうことだ? 全く要領を得ないが、話す順番を探っているようでもある。
「俺さー、ホントは……、誠と仲良くなりたかったんだよね」
後半の方は、やや早口で言った。
桐谷と誠が全く繋がらない。
「……何で?」
「それは……」
また、黙ってしまった。探るように何度か目を泳がせた後、言った。
「まぁ……、いいじゃねぇか……」
言えない仲良くなりたい理由って何だ? 全く意味がわからないが、追求するとめんどくさいことになりそうなので、そのままにした。
「怪獣、ホントに見たのか?」
あまりにも急に話題を変えてきた。一体、今日の桐谷はおかしい。
「うん、見たけど……」
「ホントか?」
興味津々といったところだ。
「桐谷も見たんだろ?」
「あぁ、まぁ……」
そう言ったきり、また黙ってしまった。話題を振っといて、黙る。何がやりてぇんだ、こいつ。
「おまえ、葉月のこと、好きなの?」
また話題を変えた。流介の言った通りの展開となった。
「いや……。そういう目で見たことはないけど……」
「そうか……。幼馴染ってのは、かえってそんなもんなのかもな……」
「そんなもんだよ」
「あの女には気を付けた方がいいぞ」
突然、聞き捨てならないことをほざいた。
「……どういうことだよ?」
また、桐谷は視線を泳がせた。ただ、さっきとはちょっと違う、警戒するような感じだった。
「あの女……、俺を誘いやがった……」
もちろん、驚いた。でも、年頃の女子だし、文化祭だし、それほど意外な感じもしなかった。それより、桐谷の響きに自嘲的なものを感じた方が、なんだか引っかかった。
「そんなことはあるはずないと思ってたら、俺の方から乱れてた……」
桐谷は突然立ち止まり、そのデカい両手で怪我した額を覆ってうつむいた。
「あいつが襲われた、って言った怪獣は、多分俺のことだ」
「え……!」
「あいつ、ジャージになってたろ?」
「お、おう……」
ジャージ持ってったの俺だけど、黙っておいた。
「あれ、服破かれたからだ。その服破ったの……俺だ」
「え……! おまえ!」
俺は反射的に桐谷の胸倉をつかんでいた。合意があるからといって、乱暴にしていいというわけではない。しかし、桐谷は無抵抗だった。
「あの女は俺のことを、多分おまえに色々言うと思う。だけど、信じないでくれ……。あいつの言うことは、全部信じないでくれ。頼む……」
俺に頭まで下げやがった。
「あの女は、ヤバすぎる……」
また桐谷は、額を覆ってしまった。
「桐谷が見た怪獣ってのも、ウソなのか?」
「いや……、それは、多分、例のデカい奴、近藤の足噛んで……誠を食いやがった奴だと思う」
「見たのか?」
「いや、見てはいない。体育倉庫……、俺と七瀬は体育倉庫にいたんだけど、そしたら、ドーンってすごい音がして、何かが壁にぶつかったんだ」
ひょっとして、あのヒビはそれが原因だったか。
「俺がデコ怪我したのは、その衝撃のせいだ。体が吹っ飛んだ。で、ぶつけた。体育倉庫、浮いたんじゃねぇかな」
浮いた形跡はなかったと思うが、そう感じたくらいの衝撃だったのだろう。ウチらの教室が壊された時も凄まじかった。
「おまえ、誠と仲良かったろ?」
また唐突に桐谷は変なことを聞いてきた。
「あ、あぁ……」
「仇とろうぜ。誠の……、それと近藤の」
「お、おう……」
なんだかやっぱり、今日の桐谷は変だ。
「なんか、誠とのさ、笑えるエピソード、あったら教えてくれよ」
「え? いいけど……。笑える……?」
今日の桐谷は本当におかしい。まぁ、知ったことではないが。
「そうだなぁ……。幼稚園の頃にさ、俺、誠にプロポーズしちゃったこと、あんだよね」
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