第7話 対策
確かに、一連の異常事は日が大分傾いてから立て続けに起こっている。この高度な保護色と夕暮れ時という条件が合わされば、消えたように見えるし、それにより一連の事件の説明ができる。
七瀬と桐谷が怪獣のことがよく見えなかったのも、この能力が理由だという。船は水中から襲われたにせよ、近藤が宙に浮いたのは咥えられて持ち上げられたのだろうし、地震で窓が割れたように見えたのは、この生物が校舎に体当たりを食らわせていたのだろうと予測される。俺が目撃した五メートルくらいの高さというのも、辻褄が合う。近藤が宙に浮いていたのもそれくらいの高さだったし、二階にある俺らの教室も大体五メートルくらいだ。
「太一くんが釣り場で見た生物が見えたり見えなくなったりしたのも、この擬態能力だと思う。原因は、電気を点けたり消したりしたからじゃないかな。黒く見えたのはそれまでが暗かったから、白く見えたのは蛍光灯の明かりに同化しようとしたから。多分、そんなところでしょう」
「え、それじゃあ、そんなデカくて危険な生物なのに見えなかったら、俺たち、逃げようがないじゃないですか」
現に七瀬と桐谷と近藤は、見えなかったために襲われたと言っても過言ではない。
「うーん……、そこなんだよなぁ……」
その時、ドアがノックされた。
「どうぞ」
校長が応えた。ドアが開いて、教頭先生が顔を出した。年の割には白髪が多く、それもあって、今日はえらい消耗している雰囲気がある。
「校長、ちょっと……」
「どうされました?」
「例の、足を咬まれた生徒なんですが……」
「近藤のことですか?」
桐谷が立ち上がった。
「うん、そうだ……」
「悪いんですか?」
「出血が酷いらしい。輸血の必要があるかもしれない。そのことで校長に話が……」
「あ、わかりました。……すみません、ちょっと抜けます」
「では、一旦解散にしましょう」
七瀬の父ちゃんの言葉に校長は頷き、教頭と連れ立って、そそくさと会議室を後にした。桐谷はうな垂れてしまった。桐谷と近藤は同じ野球部で、背格好も似ていることもあるからか、普段から非常に仲が良い。
近藤は輸血の必要があるという。船が壊れた今、近藤を外の病院へ輸送する手段はない。大丈夫なんだろうか。相当深い傷だったはずだ。手にじんわりと汗が滲む。
会議室を出ると、桐谷が「近藤のところに行ってくる」と言って保健室へ向かった。ただその前に俺に近づき、「赤本、後で話が」と素早く耳打ちした。何だったんだ、あれは……。嫌な予感しかしない。俺としては話なんかしたくねぇんだけど……。ただ、桐谷が俺に耳打ちする前、チラッと七瀬を一瞥したのが気になった。
「七瀬、ちょっと来い。……あ、太一くん、ごめんね。ちょっと、話があるので、先に教室に戻っててくれないか?」
「はい。わかりました……」
七瀬の父ちゃんは「ちょっと、やめてよ」という七瀬の声を全く無視して娘の腕を引き、廊下の角に消えた。
気まずい。非常に気まずいので、俺は足早に教室に向かった。廊下の突当りにまで来た時、「なんてことをしたんだ!」という七瀬の父ちゃんの怒声と、「父さんのためだったんだからね!」という七瀬のヒステリックな叫び声が聞こえた。
俺は慌てて廊下を戻った。角から親子が出てきて目が合った。七瀬の父ちゃんは見たこともない怖い顔をして俺を睨み、七瀬は泣いていた。俺はその場で動けなくなった。七瀬の父ちゃんは俺と気づいてすぐに笑顔に戻そうとしたのだろうが、顔面の筋肉が強張っているのか、前衛芸術家の自画像みたいな顔になってしまった。
二人は、さっきまで俺もいた応接室に消えていった。
「あの二人、付き合ってんじゃないかなあ?」
流介からは、そんな答えが返ってきた。
教室に戻ってから流介に、桐谷から話があると耳打ちされたことを相談した。桐谷が七瀬を一瞥したことも付け加えた後の、流介の答えがこれである。
「マジでえー!」
思わずデカい声が出てしまった。教室のみんながこっちを振り向く。
「声デケぇよ」
生意気にも流介が俺に忠告する。
「何何? 怪獣のこと?」
一応怖がりそうな素振りを見せつつ、目をキラッキラ輝かせながら、普段俺なんかとはまるで口もきかないような男子制服女子連が近づいてきた。
「いや、あの、ウンコもれそうな時の対処法について話してたんだ」
うざいので女子がもっとも嫌がりそうなウソの話題を提供した。「赤本サイテー」という捨て台詞を残し、男子制服女子連は去って行った。おまえらこそサイテー。ホントはブス。太一の話の続きを聞いた。
「さっきね、太一がウンコ行ってる間に葉月さんがウチの教室来たんだよ。それで、桐谷呼び出して。二言三言会話して、葉月さん、どっか行っちゃったんだけど、その後桐谷も教室出てったんだよねー」
俺が教室の扉で桐谷とすれ違った時か。
「逢引きでもしてたんじゃない? 文化祭だし」
「うーん……」
色々と思うところはある。よりによってあの二人か。しかし、お似合いと言えばそうかもしらん。まぁ、そりゃカーストトップだし、一方の七瀬は東京帰りのアカ抜け女子だし……。
二人がデキているのであれば、二人とも怪獣に襲われたって言ってたから、もしかしたら、一緒にいるところを襲われたのかもしれない。そうだとすると、これまた辻褄が合う。
「でも、気をつけてね」
「何が?」
「小学校ン時の因縁があるんでしょ? 桐谷の腕折っちゃったり……」
「折ってねーよ。脱臼だ」
「それに太一は葉月さんの幼馴染だから、俺の女に手を出すなー!、とか、思ってんでしょ?」
「なんでそうなんだよ」
「え? 好きじゃないの?」
「そういう目で見たことねーよ」
その時、教室の前の方の扉が開いた。七瀬の父ちゃんだった。
「赤本くんはいるかな?」
こういう時はさすがに学校用の呼び名で俺を呼ぶ。隣には桐谷がいた。
「太一くんのおかげで対策がとれた」
「どういうことですか?」
俺と桐谷は七瀬の父ちゃんに生物室に連れてこられた。七瀬の父ちゃんはいつもここにいる。いわば、生物教師である葉月先生の城だ。それにしても、桐谷と並んで座るというのは、非常に居心地が悪い。
「件の生物は通常の状態であれば、その高度な擬態機能から、その姿を見つけるのは極めて難しい。しかし、太一くんの話から判断すると、周囲の状況が急に暗くなったり明るくなったりすると、いかに高度な擬態機能をもってしても、その環境に自分の体色を合わせるためには、ある程度の時間が必要であることがわかった。だから、今回の危険生物の周囲を常に明滅させてやれば、消え続けることは難しいということになる」
「あ、なるほど。明るさを目まぐるしく変化させれば、それについていけなくなっちゃうんですね」
「そういうこと」
「でも、どうやってそれやるんですか?」
「学校中の電灯を一斉に明滅させればいい。そうすれば、あの生物の姿を目視することができる。どこにいるかわかれば、逃げることもできるし、何らかの対処をすることもできる」
「対処……、ですか……?」
「うん。相手の位置がわかれば、撃退、殲滅することも可能になると思うんだ」
「撃退……!」
「上手くすれば殺すことができるかもしれない」
「殺すんですか?」
「そうだ」
「でも、殺さなくても……」
さすがに殺すのはどうかと思った。多分、あれは未知の生物だ。もちろん怖くはあるし、危険極まりないとも思うが、研究・保護の対象には充分になるだろう。そんな生物を殺すというのは生物教師らしからぬ態度である。
七瀬の父ちゃんは改めて俺たちの顔を順番に見た。
「そういえば二人とも、小学校から同じだな」
「はぁ……」
それぞれに曖昧な返事をした。
「誠くんがいなくなったのは、今日だったね……」
二人とも返事をしなかった。
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