第20話 知らない間に彼女ができた
落ち着いて状況を整理しよう。
俺が朱乃の彼氏ということは、即ち二号の影響で俺と朱乃が付き合うことになったということだろう。
過去の約束をなかったことにしたのが具体的にどう作用してこんなことになったのかはわからないけれど、ひとまずは受け入れるしかない……とわかってはいるのだけど。
やっぱり、何かの間違いだったりしないだろうか。
「朱乃、お前は知らないかもしれないが、彼氏っていうのは主に恋愛関係にある男女のうち男性を指す言葉で、幼馴染の隠語とかではないぞ」
「真夏、やっぱりおかしいわよ。一回ちゃんと病院で診てもらった方が……」
「やっぱ何でもない。何でもないから、その可哀そうなものを見る目はやめろ」
朱乃が彼氏の意味を勘違いしているという自分でも薄々無理があるとわかっている可能性に賭けてみたけれど、案の定というか朱乃から望んだ答えは返ってこず俺の頭の具合を心配されてしまった。
こうなっては認めざるを得ない。
なぜかは知らんが、この改変後のセカイにおいて俺と朱乃は彼氏彼女の関係らしい。
「何というか、その、いいのか?」
「いいのかって何がよ」
「だから、その、俺なんかが彼氏でいいのかって話だ」
朱乃がなぜ俺なんかと付き合っているのかわからず問いかけると、彼女はムッとした表情を浮かべ少しだけこちらへ近づいてきた。
「何よ。私と付き合ってるのが不満だって言いたいわけ?」
「違う、そうじゃない。別に不満があるとかじゃなくて。ただ、どうしてお前が俺なんかと付き合ってるのかわからないだけだ」
「どうしても何も、そんなの好きだからに決まってるでしょうが」
「ん……」
今の朱乃は二号の影響を受けており俺の知る彼女とは幾らかズレがある。
なので、事態を把握できるまでは安易に彼女の言うことを真に受けるべきではない。
もちろん、それは弁えているつもりなのだけれど。
いきなりこんなこと言われると、流石に落ち着かないな。
「まったく、そんな下らないこと言い出すなんて何か不安になるようなことでもあったの?」
朱乃は呆れた様子でため息を吐き出してから、俺の隣に座り重心をこちらへ傾けてきた。
必然的に、朱乃の頭は俺の肩に乗り互いの上半身は密着することになる。
いや、まあ、元々朱乃は距離の近いところがあったし、別に嫌なわけでもないのだけれど。
それにしたって、訳もないのにくっつき過ぎな気がしてならない。
「いや、別に何もないから心配するな」
落ち着いて状況を把握するためにも俺が一端距離を取ろうとすると、朱乃は両腕を俺の首の後ろに回し逃げられなくしてからそのままそっと目を瞑った。
「じゃあ、はい」
目を瞑ったまま朱乃が何かを促すかのように声をかけてくる。
訳がわからず俺が硬直していると、焦れたように再び朱乃の口が開かれる。
「早く」
「早くって、何をだ?」
何を急かされているのかわからず問いかけると、朱乃は目を瞑ったまま俺の首に回した腕の力を強め強引に自分の方へ引き寄せ始めた。
「もちろん、キスよ。真夏が余計なこと考えないで済むよう、私の好きな人が誰なのか行動で教えてあげるわ」
朱乃が喋り終えると、いよいよ彼女の顔が目の前に迫り長い睫毛や高く通った鼻梁がよく見えるようになる。
そして、柔らかそうな赤い唇へ俺の唇が重なり……。
「……って、待て!」
互いの唇が触れ合う直前に急いで朱乃の拘束を解き、がむしゃらに後ろへ下がる。
危なかった。
いつもと違う朱乃にのまれて流されそうになってしまったけれど、何とか未遂に終わらせることができた。
「ちょっと、何で逃げるのよ」
朱乃は目を開きこちらを不満そうに見ているけれど、いくら朱乃と俺の距離が近いといってもキスなんて今まで一度もしたことはない。
いきなりこんなことされて、逃げないわけがないだろう。
「朱乃、とりあえずキスはやめろ。何というか、そういうノリでこられるとちょっと変な気分になる」
「……なればいいじゃない」
朱乃は拗ねたように呟き、上目遣いでこちらを見つめてきた。
正直、可愛いとは思う。
でも、今の彼女が朱乃らしいかと言われると、そこには些か疑問が残る。
朱乃は俺が彼女を一番に優先していないとすぐに機嫌が悪くなるし、普段から一緒にいることが多いせいか付き合っていると誤解された経験は一度や二度じゃない。
だけど、本当の朱乃は俺なんかよりずっと強い。
神社の境内でただひたすらにスケッチブックへ筆を走らせ続ける孤高の少女。
それが俺の知っている折笠朱乃の本質だ。
もちろん、家にいるときくらい好きに寛げばいいと思うし、こうやってキスをせがまれるのも嫌じゃない……というか、寧ろ、嬉しく思う気持ちも無きにしも非ずだったりするのだけど。
今の朱乃は俺と付き合っているとか、まだプロとしてデビューしていないとか、そういうのとは違うもっと根本的な部分で俺の知っている彼女とは違う気がする。
……いや、流石にこれは俺の考えすぎか?
今の俺は二号の改変によって変化した環境に適応しきれず混乱している。
だから、最も身近な存在である朱乃の変化に対し過敏に反応してしまっているだけかもしれない。
実際、俺は朱乃と共にいることに居心地の良さを感じている。
本当に朱乃が根底から変わるような変化が起きていたのなら、俺がこんな風に感じるはずはないだろう。
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