第49話「少女探偵と新たなスキル」
”この頃の
DADタイムズ書評より
Starring:スーファ・シャリエール
旧市街は、もともとの富裕層が住んでいた煉瓦の街である。
「蔵書がすごいからね。家賃の割に広いここはうってつけなのさ」
なるほど、それほどの人物なのか。
「おーい師匠! いないんですかぁ」
ベルも鳴らさず中に入り、ユウキは玄関から叫んだ。親しき中にも礼儀ありなんじゃないだろうか? そう思っていた、同じような怒鳴り声が聞こえてきた。
「うっせーぞクソ弟子! 入りたきゃ入ってこい!」
口調こそ汚いが、女性の声だった。
「さあ、許可が出たから入ろう」
ユウキは、左の手のひらで奥の部屋を示した。
机に向かっていた「師匠」は、作家のイメージ通り、机に向かって万年筆を走らせていた。
「この方が僕の師匠、ジョージ・フォート先生だ」
どう? 驚いただろ? ドヤ顔で問いかけてくるユウキにいらっとして、完全無視を決め込む。そう、ジョージ・フォートと言えば、スーファが唯一新作を追いかけている作家だ。それで彼女の作品を読んでいると言った時、ユウキは喜んだのか。
まさかユウキ・ナツメが本物のプロに師事していたとは。いつもの大仰な言動は口だけではなかったと言う事だ。
「あの、お会いできて光栄です」
社交辞令的な言葉になってしまったが、好きなのは本当だ。暇つぶし感覚ではあったけれど。その考えが見透かされたか、ジョージは手をひらひらさせた。
「言葉はありがたく貰っとくけどな、嬢ちゃんは時間を使ってあたしの本を読んでくれたんだろう? あたしには千の言葉よりそっちの方が嬉しいけどな」
ジョージ
「そうそう、ジョージ・フォートはペンネームだよ。男性の名前を使った方が有利な事もあるからねぇ」
スーファは、割と肩ひじ張って生きている。「しょせん女は」「これだから子供は」なんて言葉には意地を張って実力を証明しようとしたし、今まで証明できていた。だけど彼女の生き方も選択肢としてアリだと思う。いや、敬意を払いたい。
「それで、今日はなんの用だ?」
ジョージの問いに、ユウキは食い気味に身を乗り出した。さあスーファ、あれ出してと。はっきり言ってプロ相手に気が引けるのだが、渋々鞄からノートを取り出す。
ジョージは気が乗らない様子でページをめくっていたが、やがてその手が速くなる。
「悪くないな」
「……ッ!!」
ノートを閉じると、彼女は言った。ついでにユウキは、何故か狼狽した様子。「悪くない」のセンテンスに、そんな驚く意味はあるのだろうか?
「今時間がないからノートを借りるよ。問題点と改善点を書き出しておいてやろう。夕方また取りに来い」
ジョージはノートを丁寧な仕草で机に置くと、また万年筆を取った。
どうやら話は終わりと言う事らしい。
「そうそう、並行して執筆も進め給え。時間が無いからな」
ジョージはしっしと手の甲を振って見せる。
まあ、スーファにとって、なかなかに充実した時間だった。帰り道、あの多弁なユウキ・ナツメが終始無言だった事を除いては。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:ユウキ・ナツメ
気が乗らない。と言うより作品に入り込めない。いつもの空き教室でまた、書き上げた文章をバツで消した。
『悪くない』
その一言を師匠から言われるまで、自分はまる3年かかった。だんだんと辛辣になる駄目出しに、半泣きしながら書いた事もある。
それをスーファ・シャリエールは処女作で引き出した。
戦闘では負けない。策謀だって一枚上手だと自負している。だけどなんで、一番負けたくない分野で惨敗するかね。
そして何より、自分のみっともなさが嫌だ。後進だろうと、優れた人間には敬意を払う。それが出来ない人間は、決して上には行けないと教わった。このザマはなんだ。思考が堂々巡りし始めた時。
「おーおー若人、やっとるな」
小さな体に細い腕。ドロシー・ナツメは手をぶんぶん振りながら近づいてきて、ユウキの傍らに立った。
「久しぶりやなぁ。このモードのユウキは」
おちょくられて苦笑する。はっきりとものを言ってくれる、姉の気遣いが嬉しい。
「僕さぁ、才能ないよね?」
「ああ、無いと思うで」
バッサリ斬り捨てる姉だった。ユウキの作品は彼女から「良くできている」と言われても、「面白い」と言われた事が無い。それがコンプレックスだった。ドロシーにその言葉をかけられた時、作家としてのナツメ・ユウキは始まると思う。
「スーファの作品は読ませて貰ったかい?」
「うん、図書館で頑張って書いてたから半ば無理矢理。面白かったな」
ここでも出た。「面白い」が。
「はっきり言うなぁ。事実だけど」
ドロシーは無情にもにひひと笑い。飴玉を差し出した。そう言えば、頭を使ったのに糖分を補給していなかった。
「キミが本気でやってないならこんな事言わんで? でも、おべんちゃら言われて傷付くのはキミやからなぁ」
そう、分かっている。だからこそ楽しませたい姉なのだ。
「姉さん」
「なんや?」
ユウキは吐き出したい感情を呑み込んで言った。
「絶対面白いと言わせてやる」
ドロシーはまたにししと笑って、彼の頭をポンポン叩いた。
「待っとるで」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:スーファ・シャリエール
「どうだ? 何かあれば今のうちに聞いておけ」
添削されたノートを受け取り、赤字の修正をぺらぺらとめくる。
・王様の設定が原典に寄り過ぎる。性別か、「魔法使い」の部分だけでも変えたらどうか。
・「宝玉」が原典と同じようなものなのも問題。何か別のアイテムにしては?
・起承転結のバランスが悪い。学院の図書館にその手の本があるだろうから一読すべし。参考文献をいくつか挙げておく。
・上記の問題と連結するが、無駄なシーンが多い。もう一度構成表を作って吟味……。
その他もずらっと箇条書き。本文にもたっぷり赤が付けられている。プロとは言え、この短時間でこれを書くのはさぞ大変だったと思う。
「ありがとうございます」
スーファがぺこりと頭を下げると、ジョージは紅茶に口をつける。何か、言いたい事があるのに言いにくい。そんな感じだ。
「うちのバカ弟子、きっちり叩きのめしてやってくれ」
「えっ?」
いきなり弟子を叩きのめせと言う。師弟の関係が良くないのか? いや、そうならば「うちの」は付けないだろう。
「どう言う事でしょう?」
彼女は「ふむ」とだけ返事をして、紅茶に砂糖をドバドバと入れだす。ずっと座ってるのに健康は大丈夫なのかこの人。
「あんたな、格闘技やるんだったか?」
「はい、
ジョージはまた「ふむ」とつぶやいて紅茶を飲み、顔をしかめた。どうやらいつも砂糖をぶち込んでいるのではないらしい。
「あんたがバリツを始めたばかりの頃、ずっと頑張ってきて今も努力してる先輩がいた。始めたばかりの自分が、そいつより強い事に気付いてしまった。そしたらどうする?」
「どうもこうもありません。杖を握ったら皆対等。全力で戦います」
「だよな」
そこで論旨をたどる。つまり、今の自分はユウキ・ナツメに
「あいつはな。何を書いても凡庸になる。基本は押さえているがとび抜けたものがない。あいつが
「ただの努力、ですか?」
言わんとしている事は分かる。何も考えず杖を振っている者は上達しない。目の前に敵がいる事を想像し、杖を振る。自分に足りないものを常に分析し、トレーニングを行う。漫然とした努力は無意味、いや有害だ。
ユウキ・ナツメもクレバーな努力が出来る人と言う事だろう。そうでなければ、あのような拳法は使えない。
「あたしはあれを買っている。あいつと絡むのは面白い。だから最後まで面倒見るつもりだ。奴が作家になろうとなれまいとな」
ジョージは最後の一滴を飲み干し、カップを置いた。
「全力で戦ってくれ。ライバルになってやってくれ」
「私の本業は、探偵ですよ?」
彼女はふっと笑い、今度はポットに手を伸ばす。
「構わん。兼業作家もいいだろ?」
自分は、何をしたいのだろう? ちょっと前のスーファなら、こんなものは自分と関係ないと断じていただろう。だが今はユウキ・ナツメの、クロエ・ファーノの顔が浮かぶ。
悪くない。そう思ってしまうスーファがいるのだった。
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